14話 一週間の滞在

結局、起きたのは次の日の朝だった。

丸一日近く眠ってしまったらしい。

…もうお酒は飲まない…。


ダイニングに顔を出せば、ドナさんから開口一番に「お酒を飲ませてしまってごめんなさい!」と謝罪されてしまった。


▽ ▽ ▽


「え、帰っちゃったの?」


朝ごはんを食べながら昨日、あれから何があったのか話をしてもらったのだけど……。

冒険者さん達はもう街に帰ってしまったのだという。


「うむ、あの巨大な狼を見て血相を変えてな」


グリントさんが言うには、あの冒険者さんは皆、冒険者ギルドの職員さんだったみたいだ。

わたしに話を聞きたがっていたようだけど、それ以上にあの巨狼のことが重大だったようだ。


「あのサイズともなるとヌシ級…そうでなくとも一度に50頭もの狼がいなくなったとなれば森の生態系に少なからぬ影響があるということでな」


つまり、捕食者のいなくなった森は他の生き物が大幅に増える可能性があり、それに加えヌシ級の個体が倒れたなら新たなヌシ級が現れることになる可能性も高くなる。

それにより森の生態系が乱れ、場合によっては氾濫スタンピードにも繋がるのだそうだ。


冒険者さん達は対応を協議する為に急ぎギルドに報告に戻ったそうだ。

おそらくは近く大規模な間引きと生態調査が行われるだろうということだ。


「それで…事後承諾になるのだが、調査の為にあの狼の躯は彼らが持って帰ってしまったのだ…シズさんが仕留めたのに申し訳ない…」

「ううん、大丈夫」

「そう言ってもらえると助かる。ギルドに行けば素材や報酬は受け取れるそうだから、街に行ったらそうしてもらえるだろうか?」

「うん」


えーと、街には3日後に行くんだったよね。

ベラさんに確認してみると「バカを言うんじゃない」と怒られてしまった。


「あんた、その腕じゃ日常生活もままならんだろうに無茶なことを言うんじゃないよ」

「でも、もう痛くないし…」

「嘘言うんじゃないよ!ポッキリ折れてたじゃろう」

「大丈夫だよ、ほら!」


添え木を取り払ってブンブンと腕を振り回して見せると、皆目を丸くして驚いていた。


「魔素との新和性が高いと怪我の治りも早いのは知っていたけど…シズさんはまた特別みたいね」

「本当…もうくっついてるみたいだわ」


ドナさんとラナさんが本当に大丈夫かとわたしの腕を触って確認していると、「シズさん…で良かったよね」と声をかけられる。


「挨拶が遅れたね。僕はリード、ラナの夫だ。村の窮地を…ラナとコロンを救ってくれて本当にありがとう」

「どう、いたしまして」


リードさんはとても真摯な目でわたしと目を合わせてお礼を言ってくれた。

その勢いに少したじろいでしまうくらいに。


「それでなんだけど」とリードさんは一つ提案をしてくれた。


リードさんはまた行商の為に街に向かう予定のようだ。今回のことで捕れた狼の素材をお金に変えてわたしへの謝礼をしたいそう。

その支度の為に時間がかかるから、それまで村に滞在して一週間後に一緒に街まで行かないか、ということだ。


「実は慌てて帰ってきたから戻りの護衛を頼むのを失念していてね…シズさんにお願いできると助かるんだけど」

「わたしはそれで大丈夫。でも……」


リードさんの背中の後ろ、ラナさんが頬を膨らませて不機嫌だぞーっと思い切り顔に出している。

わたしの視線を追ってラナさんの表情に気づいたリードさんは「あっ…ラナ」とばつが悪そうに冷や汗を流す。


「説得、頑張って」


コロンをドナさんに預けたラナさんがリードさんをどこかに引っ張っていってしまった

すぐに「もうちょっと村に居てくれてもいいじゃない!コロンだってまだ小さいのに…」とラナさんの怒りの訴えが聞こえてくる。

リードさんは「あぁ」とか「ごめんよ」とかしか言えてないし…あれじゃ説得には当分時間がかかりそうだね。


「ヒャヒャ、お熱いことじゃねぇ」とベラさんが笑い、皆も暖かい目をしている。


ポンと頭に手が置かれる。

「あなたがこの日常を護ってくれたのですよ」とマニさんのしわくちゃだけど柔らかい手がわたしの頭を撫でてくれた。


そっか…わたし…今度は護れたんだ…。

確かに感じる手応えはきっと自信なのだろう。

わたしは、強くなった、なれた、はっきりとそう信じることができた。

でもまだまだ足りない。

今回のこともウルスラとテラフィナの権能あっての勝利だ。

わたしはもっと強くなる。なりたい。護りたいものを護れるように。

…わたし頑張るから…そう誰にともなく誓った。


▽ ▽ ▽


一週間は飛ぶように過ぎた。

とにかくやることが多かったからね。


まずベラさん、マニさん、ドナさん…薬師の3人が一週間で仕込めるところまで仕込んでやる、と意気込んで見習いのラナさんと一緒に薬師の業をガッツリ教え込まれた。

と言ってもさすがに一週間じゃ限界はあったから、冒険者として役に立つ薬草の種類、それと“薬師の魔法”による解毒の方法を中心に教わった。

「毒を使うことは無いだろうけど毒をくらうことはあるだろうからね」とはベラさんの談だ…。

うん…スパイスだけどもう何度も毒をくらったよ…。


それと、狩人さん達に弓を習った。

遠距離攻撃の重要さが身に染みたからね。

ウルスラの魔法も凄かったしあの再現とまではいかなくても弓を使うイメージを掴みたかったんだけど…これが難しかった。

たった20m先でもなかなか当たらない。

それで、行き詰まったところでグリントさんがいしゆみを持ってきてくれたんだ。

連射はできないけど簡単に真っ直ぐ飛ばせるし、魔法での再現が目的だから連射できないのも関係なくてまさにお誂え向きの武器だ。

魔法で作った弩でしっかり狙えば100mくらい先の的なら撃ち抜けるまでになった。

色々使い方を考えないといけないね。


あとは空いた時間にラナさんに魔法を教えてあげた。

幻影がいいかな…と思ったんだけど、ラナさんが教わりたがったのは〖遮音〗だった。

コロンの泣き声対策かと聞いたら、「それもあるんだけど…ほら…家だとリードとその…やだ私ったら!12歳の子供に何いってるのかしら!」だって…。うん…まぁ…これでも色街で働いてたからわかるけどね…仲直りできたようでなによりです。


そして……。


「じゃあ出発しようか」

「うん」


リードさんの馬車がガラガラと音を立てて走り始める。御者台にはリードさんとグリントさんが、

荷台にわたしとベラさんが乗っている。


「気をつけてねー」と手を振るラナさんとコロンに見送られてわたしたちは国境最初の街“シルヴルカスト”へと馬車に揺られながら行くのだった。



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