12話 朝っぱらから
折れた腕に森で拾ってきた木で添え木をしてもらっているうちに魔素も回復してきたみたいだ。
「〖魔法壁〗」
ん、魔法も問題なく使える。
巨狼の躰を壁に載せて持ち上げてみると、ずっしりとした負荷は感じるけれど村までなら運べそうだ。
ズズっと持ち上がった巨狼に狩人達がギョッとした顔をするけどすぐに「まぁ今更驚いてもなぁ」と呆れたような諦めたような、そんな様子になる。
村に帰る道は当然戦った場所を通るわけで、大量の狼の亡骸というか惨殺死体というか…それが散らばっている。
「いやぁ難が去ったから言えますが…少々勿体ないですな。売り物になる毛皮が少ない」
櫓で見張りをしていた初老の狩人がそんなことを言えば狩人達が「あー」と、たしかになぁといった様子で声をあげる。
「こっちのバラバラのは完全に無理として…矢まみれにされたのは売り物にはならんだろうが、まだ使えるな」とか。
「首だけ綺麗に落ちてる奴は問題なさそうだ……6頭分か……」とか。
狩人達は散らばって行って検分を始めてしまった。
なんともたくましい人達だ。
そんな狩人達を放っておいて、ベラさん、グラントさんと村まで戻って集会所の扉を叩くと、少し板を剥がすような音がして、マニさんが不安そうな顔を見せた。
「ベラ姉さん! 無事だったのね…他の方達は?」
「安心おし、みんな無事じゃ。傷ひとつないよ、この子以外はね」
ベラさんに背中を押されてマニさんと顔を付き合わせる。
「シズさん!? 擦り傷だらけじゃない! それに腕も!」
「この子がほとんど独りで狼を片付けてくれたんじゃよ……皆の命の恩人じゃ」
「まぁ!」
マニさんは目を丸くしていたけれど、すぐに驚きから感極まったような顔になり「ありがとう、ありがとう」とわたしを抱きしめる。
様子を聞き付けたドナさんやラナさん、コロン、それに村の女性達やその子供だろう20人ほどの人も次々と集会所から出てきて事情を聞くと、皆泣きながらわたしにお礼を言ってくれた。
「男達が仕留めた狼を選り分けている。皆、準備を頼む」
グリントさんが村人達に何か指示を出している。
準備…何だろう?手伝ったほうがいいかな?
「何かするの?」と尋ねてみると、グラントさんは皆と顔を見合わせた後、鋭い顔を崩し、ニカっと笑ってさも当然だとばかりに答えてくれた。
「もちろん、宴だ」
▽ ▽ ▽
そんなこんなで、早朝から大宴会の準備中だ。
集会所の前のスペースに家々から椅子やテーブルを持ち寄って即席の宴会場が設けられる。
集会所の中では備蓄してあった野菜やハム、チーズなんかを惜しげもなく使って女性達が料理をしていて、出来上がったものが次々と運ばれてくる。
さらに獲れたばかりの狼の肉が焼けるいい匂いがそこら中から漂ってくる。
火がダメなわたしの為に、焚き火じゃなくて備蓄してあった炭火で焼いてくれているみたいだ。
わたしは…一応…ケガもしてるし、座ってていいよってことなんだけど…。
宴会場の一番目立つ感じの場所に一人分のテーブルと椅子を用意されて、わたしはそこに座らせられている。
テーブルにはもう料理が並べられていて、鼻腔をくすぐる薫りに鳴り始めたお腹の音を咄嗟に〖遮音〗する。
「皆の衆!!」
宴会場にグリントさんの声が響き渡ると、騒がしかった宴会場が静かになる。
「何があったかは知っているだろう、我々が今、無事に揃っていられるのは…ここにいるシズさんが夥しい数の狼の群れにたった1人で立ち向かい打ち倒してくれたからに他ならない」
視線がわたしに集中する…。
柔らかく、暖かな感謝のこもった視線だ。
「さて…シズさんは朝から戦いずくで腹ペコのようだ。目の前に料理を並べてお預けにするのも悪いだろう」
バッチリお腹の音を聞かれてた!
恥ずかしくて顔が真っ赤になってしまう…。
グリントさんが木製のジョッキを掲げて、皆がそれに倣う。
「小さな英雄に!!乾杯!!」
『小さな英雄に!!乾杯!!』
大宴会が始まった。
▽ ▽ ▽
目の前に並べられた料理をモッキュモッキュと口に運んでいく。
片手だからちょっと食べにくいかなぁ。
代わる代わる村人達がやってきては、お礼と共に料理を持ってきてくれるから全然無くならないよ。
ふかしたお芋に塩のきいたバターを乗っけたやつがホクホクしていてとても美味しい。
塩漬けのハムに、根野菜を合えたサラダも絶品だ。
狼の肉は初めて食べる。少し筋っぽいかな?
噛み応えがあって、お肉を食べてる!って感じ。
ふと宴会場の様子に目を向ければ皆楽しげな様子だ。
完全に出来上がった村人達が肩を組んで歌っていたり、身振り手振りで戦いのことを話している狩人とそれに聞き入っている人達がいたり……ちょっと聞こえるけど盛り過ぎじゃないかなぁ?
わたしにお酒を勧めにやってきた酔っ払い狩人を追い払いながらベラさんとマニさんがやってきた。
「楽しんでいる?シズさん」
「んぐ……うん。凄い盛り上がり」
「当然じゃな。皆…特に狩人の連中は死を覚悟しとった…それがこうして無事に皆揃っておるんじゃ、タガも外れようっでものじゃ」
「ベラ姉さんから詳しく聞きましたよ…シズさん本当にありがとう。でも無茶は感心しないわね」
「ヒャヒャ、冒険者なんてのは無茶してなんぼじゃよ、マニ」
「ベラ姉さんたら!」
そうして宴を楽しんでいると、「ラナ!ラナ!」と若い男性の声が聞こえてくる。
ラナさんを呼んでるみたいだ。
「リード?…リード!ここよ!」
「あぁ、ラナ!無事だったか…コロンも無事だね…良かった」
現れたのは生真面目そうな印象の男性だ。
短い茶髪に細い縁の眼鏡をかけている。
急いできたのか、元はパリっとしていたであろう白いシャツは皺が寄ってしまっている。
…話しぶりからするとラナさんの旦那さんかな?
た
「村から狼煙が上がったと聞いて慌てて帰ってきたんだ…冒険者さんも一緒だよ」
男性…リードさんの言う通り、物々しい装備の冒険者であろう集団が10名ぞろぞろとやってきた。
ただなんというか、一様に困惑している様子だ。
「…狼煙を上げていたのを忘れていたな」
ドナさんと話しながら食事をしていたグラントさんが「しまった」と呟きながら小走りでやってきて、冒険者さん達に事情を説明しているようだ。やがて話が済むと冒険者さん達の視線がコチラに注がれるのがわかった。
……何?…何だろう?
わたしに用かな?…別にいいけど、ご飯を食べ終わるまで待ってほしいなぁ…。
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