11話 総力戦

 ◎ ◎ ◎


「すげ…あっという間に半分倒しちまった…」

「だが囲まれてしまったぞ!」


 シズが飛び出していってからわずか2分にも満たない激闘に柵の隙間から覗いていた狩人達は驚愕していた。


「ベラさん、彼女は一体何者なのですか?…ベラさん?」


 グラントがシズを連れてきた当の本人、ベラに尋ねようとすると、寸前まで隣にいたはずのベラがいない。

 ギィギィという音に慌てて目を向ければ、ベラが閂を外して柵の扉を開け放つところだった。


「ベラさん、何を!?」

「何をじゃないよ!!あんな小さな子供独りに闘わせて、大の男が柵の内側に引きこもっているんじゃない!さっさと援護に行くんじゃよ!」


 ベラの一喝に狩人達はハッとした顔になると、慌ただしく動き出す。


「そうだ…見ている場合じゃない!」

「弓と矢を持て!」

「あの子を助けるんだ!」


「あたしみたいな婆に遅れるんじゃないよぉ!」と一声叫び、狩人達を急き立てるように、腰と背中の曲がった老婆とは思えないような速さでベラが走り出す。

 狩人達もそれに続き、弓と矢を携え走り出した。


 ◇ ◇ ◇


〈RUOOOONN!!〉


 寸前までいた場所の地面が抉られ、衝撃がすぐ横を通り抜ける。

 立て続けに振り下ろされる野太い巨狼の前足を壁で一瞬受け止めて、そのまま低い姿勢で走り出せば、牙を剥き出しにした狼の口が眼前に迫る。


 踏み台のように展開した壁で頭の上を飛び越え、空中から牽制の〖魔法刃〗を巨狼と着地位置に放つ。


 あれから巨狼に対して周りを走るようにしながら、足を止めないように、牽制と本命を織り混ぜた魔法刃で少しずつ狼の群れに攻撃を仕掛けている。

 さらに5頭、テラフィナの鋏が狼を仕留めたけれど、学習されたのか迂闊に飛びかかってくる狼はいなくなった。

 ある種の均衡状態だ。


 そんな戦いの中、先に決定的な動きをしたのは巨狼だった。

 苛立たしげな一吠え。

 そして、四方から同時に飛びかかってくる狼達。

 捨て身…違う!?

 逃げ道が無くなった瞬間、飛びかかった狼達もろともに咆哮がわたしを直撃した。


「アグゥウウ!?」


 前から飛びかかった狼と、かろうじて間に合った壁が緩衝材になったけれど、大きく弾かれた体が何度も弾んで地面に打ち付けられた。


 起き上がろうと腕をつくと、激痛がはしり体勢が崩れてしまう。

 上げた視線の先、わたしを仕留めんと巨狼と狼の群れが地を蹴り駆け込んで来る。


 その時だ…ヒュヒュヒュヒュンという風切り音がわたしの上を通りすぎた。

 無数の矢が狼達の進路を塞ぐように飛んで行き、矢を嫌がった狼達の足が止まる。


「彼女に当てるなよ!」

「射て射て!!とにかく射て!」

「狼共を近づけるな!」


 いくつもの掛け声にハッとして、振り返るとグラントさんを先頭に狩人達が走りながらも弓を構えて、次々と矢を放っている。


[シズ!アレだよ!]

[うん]


 距離があるからか、矢は狼達に当たりはすれど深く刺さりはしないようだ。

 しかし、鬱陶しさと…僅かな恐怖をテラフィナが感じとった。


「[〖恐気顕幻〗]!」


 わたしのすぐ後ろにズラリと整列する幻の狩人達が顕れる。

 既に弓に矢をつがえた幻の狩人達は一斉に矢を放つ。

 狼達へ襲いかかるのは恐れを抱いた者のみを射抜く幻の矢嵐だ。

 次々と打ち倒される狼達、しかし…巨狼だけは大した恐れを抱かないのか、矢は巨狼の毛皮をなぜるだけだ。


 痛む腕は、多分折れているのだろう。

 上がらない腕をダラリと下げて、矢嵐の中を巨狼目掛けて走る。

 放たれる咆哮にバランスを崩しながらも斜めに躱しては前に進む。

 射程に収めた巨狼の真上に、重く、鈍く輝く黒い刃が顕れ、落ちる。


 寸前で気付き、躱そうとした巨狼の片目を黒刃が抉る。

堪らず〈GYAIIIN 〉と悲鳴を上げ巨狼は大きく飛び退さった。

 追撃にテラフィナの権能を乗せた魔法刃を次々と放つが、わずかに胴体を傷つけただけでほとんど躱されてしまった。

 巨狼は残った片目でこちらを忌々しげに睨むと踵を返し逃走しようと走り出した。


「いかん!手負いの獣を逃がすな!」


 グリントさんの焦ったような叫び。

 慌てて追いすがるが身体能力の差は歴然で、どんどんとその姿は遠くなり、森の方へと進んでいく。

 逃げられる…!


[テラフィナ、何とかならない!?]

[遠すぎる…厳しいね]


 テラフィナでもダメか…逃がすしかないのだろうかと諦めかけていた、そんな時だった。


[私が何とかします!たまには役に立ちたいです!]

[えっ…]


 ウルスラがいきなりそんなことを口走る。


[要するにあの狼を仕留めるイメージで魔法を使えればいいんですよね!さっきからちょっと試していたのですがシズの魔素なら私でも使えそうです!]

[え…使えるの?魔法…でも一体何を…]

[ふふん、これでも長生きしてますからね!色々とネタはあるんですよ!いきますよー!!]


 ウルスラがわたしの魔素で何かやるのが分かった瞬間だった。

 全身の力が抜けて、走っていた体がつんのめって転けてしまう。

 身体強化が解けた?!それに魔素がほとんど持っていかれて回復が始まらない。こんなの初めてだ…。

 一体何が……強かに打ち付けた体でなんとか顔だけ上げると、信じられない光景が目に飛びこんできた。


 わたしの体から飛び出したであろう蒼く輝く魔素が踊るようにしながら、まだ薄暗い空をあちらこちらへと駆け巡っていく。

 周囲の魔素がそれに呼応しているのだろうか、淡い光の粒のようなものが顕れ、さらに強い光を帯びていく。

 光はあたり一体を白く染める程に大きくなり、やがてそれは巨大な弓を構えた、光で象られた精悍な印象を受ける女性の姿へと収束していった。

 5mは優に超える巨大な女性、つがえた弓矢も当然、巨大なソレだ。

 わたしはポカンと口を開けてその女性を見上げてしまう。


[は!?何コレ!?大きすぎ!!でもイメージ的には完璧?!ええい、行ったれ!狩の女神、ディアちゃんの一矢です!]


 引き絞られた光の矢が流れ星の尾のような筋を引きながら放たれた。

 僅かに遅れてドンっと爆音が響き渡り、風が矢を追いかけるように吹き荒れる。

 光の矢は巨狼の消えた森の中へと飛び込んでいき、余波で木々が次々と倒れていくメキメキという音が聞こえてくる。

 光で象られた女性は一仕事終わったとばかりに頷くと弾けて消えてしまった…。


[……私の権能も持っていかれた、かなり溜まってたのに…]


 テラフィナがなんだか悲しそうにぼやいている。


[……どうなったの?]


 巨狼の姿は既に見えない位置でどうなったのかわからない。


[えっと…私にも分かりません!]

[[……ふざけてるの?]]


 わたしとテラフィナの声が重なる。

 ウルスラが[ごめんなさいごめんなさい]と連呼しているのを聞き流して、腕をかばいながら立ち上がる。折れたまま転けたからすっごく痛い。

[ウルスラ…痛い]と文句を言っていると、「おーい!」と呼び声がする。


 狩人達、それとベラさんが追い付いてきていた。


「無事かい!?」

「…何とか」


 答えると、ベシンと軽くベラさんに頭を叩かれた。


「ったく…飛び出していった時はどうなることかと思ったよ…それでさっきの大魔法はなんじゃ」

「えと…大魔法?」

「…無我夢中で出たってとこかね…」

「…あっ…どうなったかわからないから見に行かないと!」


 ▽ ▽ ▽


「…こりゃ…生きてるのか?」

「おい、早く止めを刺さんと起き上がるぞ!」


 狩人達と凪払われた木々の跡を辿っていくとすぐに巨狼は見つかった。

 結果から言うと…光の矢は外れていた。

 矢が着弾したであろう地面は大きくすり鉢状に窪んでいて、その中心から少し外れたところに、耳が欠けた巨狼が横たわっている。

 直撃は避けたものの余波で吹き飛ばされ強い衝撃を受けたのだろう、グッタリと気絶しているようで、僅かにお腹が動いている。


[外してるし…]

[ごめんなさい!ごめんなさいぃい!]


 ウルスラを軽く責めている間に狩人達が止めをさしてくれたようだ。このサイズの魔獣の首を断つのは簡単にはいかないから目から頭の中に刃を差し入れるようにするらしい。


「シズさん…本当に助かった…何と礼を言ったらいいか…」

「やりたいようにやっただけ…それにわたしも助けられたから…ありがと」


 グリントさんに頭を下げられて何だかむず痒い気持ちだ。


「さぁ、村の皆に無事を知らせないといけないな!」


 グリントさんの一声で皆、安心した顔になる。

 時間にすれば30分にも満たないような激闘はこうして幕を閉じた。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

挿し絵

狩りの女神、ディアの一矢

https://kakuyomu.jp/users/Yutuki4324/news/16818093073042576398





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