10話 真っ向勝負
◎ ◎ ◎
その獣は苛立っていた。
妙な匂いを撒き散らし、縄張りを荒らした奴がいる。
匂いの元を辿ってみれば、時折大集団で現れては縄張りの近くで狩りをしていく二本足の生き物…それが2匹いた。
集団ならともかく2匹程度はただの獲物。
小さい上に細く喰うところは無さそうだが、遊びで狩るにはちょうどいいと、配下をけしかけてみればまんまと逃げられてしまった。
生まれてこの方、狩りを失敗したことのなかったその獣はひどく矜持を傷つけられた気がした。
逃がさない。狩りはこれからだ。
配下を集め、匂いを追いかける。
たどり着いたのは、二本足共の巣だった。
この際だ、巣の連中も喰ってやろうと忍び寄ってみれば気づかれたのか、二本足共が慌ただしくなる。
上手くいかない…余計に苛立つ。
さらには、逃げていった小さな二本足がたった一匹で今度は殺気を迸らせて向かってくる。
矮小な獲物の分際で向かってくるとは…逃げ惑っていればいいだろうに!
“喰らい尽くせ!!”
配下を矮小な獲物にけしかける。
このまま、コイツを潰して巣まで踏み込んで一切合切を喰らい尽くしてやろう。
◇ ◇ ◇
〈RUOOOOOOOOOOONNN〉
「来た」
遠吠えに急き立てられるように狼達が一塊にこちらに向かってくる様は、まるで波濤だ。
飲まれるわけにはいかない。
グランマの冒険譚が早速役に立ちそうだ。
氾濫を退けたっていうお話を思い出す。
「まずは脚…〖大地よ、従って〗」
足を止め、大地に魔素を一気に流し込む。
「〖大地よ、ささくれ立て〗!!」
狼達の走る目の前の地面が広範囲に渡り、鋭く尖ったように隆起する。
村までの道を塞ぐように刺の大地が広がってゆく。
〈GYAN!?〉
走る勢いのままに刺を踏みつけた狼が悲鳴を上げて転倒する。
後続を巻き込んで十数頭が刺の大地へと倒れこみ、残りの狼達も足を止めざるを得ない。
畳み掛ける…!
「〖水よ!霧となれ〗」
生み出した水塊に薬壺の中身を叩き込み、霧状に変えた毒で立ち止まった狼の群れの包み込む。
水で薄まったとはいえマニさん、ベラさん特製の麻痺毒は強烈だった。
転倒し動けなくなった狼はそのまま大量に毒を吸い込み、泡を吹いて痙攣しているし、まだ動ける狼達も突如利かなくなった鼻に混乱して右往左往している。
[テラフィナ!!]
[喰らい、断て]
ゾォオオォンッ
テラフィナの権能により虚空に顕れた歪な刃の無数に生えた、異常なサイズの断ち鋏。
お伽噺の竜のアギトのようなソレは閉じる勢いで竜の咆哮のような音を鳴らし、その刃で動きを止めた群れの半数を喰らうように纏めて挟み斬ってしまう。
喰いちぎられた狼達の血肉が辺りを染め、惨憺たる光景とむせ返る血の匂いにわたしは少し眉をひそめる。
あと、半分……。
そのまま、毒の霧を操りさらに群れを包もうとした瞬間だった。
〈GARUOOOONN!!〉
猛烈な衝撃を伴う咆哮が毒の霧を消し飛ばす。
わたしも衝撃に体を浮かされ、数メートル程後退させられてしまう。
消えた霧の向こうから現れた巨狼は仲間を殺された恨みと怒りを湛えた眼でわたしを睨み、牙を剥きながら低い唸りを上げている。
巨狼の怒りの魔素にあてられた残りの狼達も麻痺毒の影響から立ち直り、広がりながら隙を窺う様にわたしを包囲する。
まだ20頭は残ってる…一先ずは釘付けに出来たようだけど、迂闊な隙は晒せない。
さっきの咆哮…巨狼とはそれなりに距離があったのに凄い衝撃だった。おまけに霧を吹き飛ばす為に使われて、だ…壁に乗って飛ぶのは危険かな…。
[テラフィナ…幻影を…熊がいいかな]
[わかった]
「[〖
巨大な
その巨躯は、巨狼に負けるとも劣らず、周囲の狼を威圧するように猛り吠える。
しかし…巨狼へと突進した熊はそのまますり抜けるようにして掻き消えてしまう。
[どの狼も熊を恐れていないよ…怒りが恐れを塗りつぶしてる]
[厄介だね…]
完全に囲まれた状況…ここからは真っ向勝負しかないみたいだ。
[テラフィナ、迎撃はお願い。防御と回避に集中するから]
[任せて]
[シズ!囲まれちゃってますよ!?大丈夫なんですか!?]
[大丈夫じゃない、ピンチ]
[わ、私も何か出来ませんか!?]
え…ウルスラ、何かできるの…?
そういえば、今まで一度も戦いには加わってなかったな…。
[……何か出来そうなら教えて]
[わ、分かりました!]
うん…まぁ…集中しなきゃ…。
膨れ上がる殺気、そして巨狼の遠吠え。
狼達が飛びかかって、あるいは低い姿勢で足に食いつこうと四方八方から襲いくる。
少しずつでも数を減らして、村を護る!
身体強化と防御に魔素を集中させて、狼達を迎え撃つ。
〖魔法壁〗を展開して、左右から飛びかかる狼を弾き返したところで感じた、危険なジクリと熱い魔素。咄嗟に重ねた〖魔法壁〗があっさりと割り砕かれ、防御魔法ごしの爆発的な衝撃に体が宙を舞う。
「カハッ」
なんとか地面に落ちながらも体勢を整えたけれど、体が軋むように痛む。
巨狼の咆哮…何発も喰らえない…。
隙をつこうと駆け寄っていた1頭の狼が、飛びかかった軌道に顕れた大鋏に首を挟まれ、そのまま命脈を断たれる。
それを見た残りの狼達は飛びかかるのは危険だと判断したのか、再度包囲するようにわたしの周りで唸り声をあげている。
これは…厳しい戦いになりそうだ。
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イメージ図
竜のアギトの鋏
https://kakuyomu.jp/users/Yutuki4324/news/16818093072980889109
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