9話 征こう

◎ ◎ ◎


フォレストウルフ共はどうだ?」


警鐘を聞いて、狩人の男達が櫓の下に集まって来ていた。10人程の狩人が弓と矢を確認しており、

村の長、グリントが櫓で見張りをしている者に状況を尋ねている。


「まだ動きはないですな……運良く奇襲をされる前に見つけることができたようで」

「諦める様子は?」

「…ないですな」

「うぅむ」

「おそらく明るくなるのを待っておりますな…連中も特別夜目が利くわけでもない…それにあっちは逆光になりますでな」

「狡猾だな…」

「随分でかいのが一頭おります…歴戦の個体でしょうな…あれが複数の群れを纏めたようで」


そこに薬師の老婆、マニとベラが冒険者の少女シズが操る魔法の壁に載せられてやってきた。

一抱えほどの薬壺も一緒に載せられている。


「麻痺毒の壺を持ってきましたよ」

「急いで作り足したがね、あの数にはちょいと足りるかどうか怪しいね、矢を外すんじゃないよ」

「助かります…村の皆は集会所に?」

「えぇ、今は壁に板を打ち付けたりしていますよ」

「ではお二人も集会所に…シズさんはすまないがその魔法の壁に何人か載せて上空から矢を射かける手助けをしてもらえないだろうか?」


シズは尋ねられ、頷くがすぐに不安な様子で尋ね返す。


「それでなんとかなるの?」

「…厳しいだろうな…なんとか柵の中に入られるまでに弓で数を減らしてあとは犠牲を覚悟で戦えない者を護るしかないだろう…狼煙は上げたが冒険者は間に合うまい」


シズの問いにグリントは苦々しい顔で答えた。


「たぶんあたしのお客じゃねぇ…毒灰をぶつけてやったんじゃが匂いで追われたらしい」


シズとグリントの会話にベラがやれやれとい

った様子で混ざってくる。


「というわけじゃて、あたしも一緒に迎え撃つとしようかね」

「ベラさん、それは…」

「多少、戦いの心得はある…それに骨と皮だけのババアじゃ、喰われるのは最後じゃろ」

「わかりました…おそらく空が白み始めたら襲いかかってくるでしょう、支度を」

「あいよ」

「皆さん…どうかご無事で」

「マニさん、集会所の皆をお願いします」


マニは1人集会所へ早足で向かっていく。

残った皆が覚悟を決めたように戦いの準備をする中、シズだけは悩むような表情で目を閉じた。


◇ ◇ ◇


[シズ、恐れているの?]

[テラフィナ?雰囲気が…]

[それはまた後で…ねぇシズ、このまま戦いになれば、大勢死ぬ…それが恐いのね?]

[うん…わたしはどうしたらいい?グリント?さんの言う通りにしたらいいの?]

[シズ、あなたは強い。自分で思っている以上に…あんな狼なんて物の数じゃない]

[テラフィナ?]

[だから…好きにやってみて…大丈夫、私がついているから]

[……うん]

[あ、ちょっと?!シズ、あんまり無茶はダメですよ!テラフィナも焚き付け過ぎです!]

[ウルスラ…わかった、ほどほどに無茶をする]

[ちょっとお?!]


こんな時でも調子の変わらないウルスラに気が抜けてしまった。

狙ってやってないのなら大した神様だね。

おかげで肩の力が抜けた。


「グリントさん」


意を決して、グリントさんに話かける。

そうだ…テラフィナの言う通り、わたしは恐い。この人達が死んでしまうのが。

それなら…わたしが無茶をするほうが断然いい。

…優しいこの人達はそれを嫌がるだろうけれど、わたしは冒険者だ。

…そう、これはわたしの義務だ。


「シズさん、何かあったかね?」

「…グリントさん、わたしが数を減らす。撃ち漏らしをお願い」

「シズさん何を言ってるんだ!?」

「シズ!あんた一体何を!」


グリントさんとベラさんが血相を変えるけれど、もう決めたんだ。


「わたしは3等級冒険者、シズ。あなたたちはわたしが護る…薬壺、借りていくね」


制止をされる前に、薬壺を抱えて柵を一飛びに越える。

あらんかぎりの魔素を練り上げ、身体強化を行い、全速力で狼の群れ目掛け体を疾走らせる。

…可能な限りわたしに引き付ける…村には行かせない。


「さぁ征こう」

[えぇ、征きましょうか]

[いいよ、征こう]



◎ ◎ ◎


ぐんぐんと加速していくシズの灰色の瞳が微かに揺らぎ、ほどけた幻影の下、元の色が顕になる。

透き通るような蒼い瞳が魔素によって仄かに光を帯びた。

その視線の先、狼の群れの中、暗い灰色の毛並みを持つ巨狼が魔素を乗せた遠吠えを上げる。

群れの長からの強化バフを受けた配下の狼達は一斉に駆け出した。



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