8話 群狼

「ん…」


 …ここはどこだっけ…?

 たしか…ベラさんの家で夕ごはんを食べて…コロンを抱かせてもらって…それから……。

 ズキリと胸が傷む。そうだ…ジョゼのことを思い出して泣いちゃったんだっけ。


 頭を振って、嫌な気分を追い出していると、赤ん坊の泣き声が微かに聞こえた。

 布団から抜け出して、ふらふらと泣き声の聞こえる方に行くとラナさんが泣いているコロンをあやしていた。かなりの大泣きだ。


「あ…」

「あら、シズさん…起こしちゃったかしら…」

「ううん…あの、昨日はごめんなさい…コロンに酷いことを…」

「大丈夫よ…この通り元気いっぱいだから。シズさんこそ大丈夫だった?」


 ラナさんはコロンをあやしながらもわたしのことを心配そうな目で見つめる。


「もう平気……コロンどうしたの?」

「急に泣き出しちゃって、困ったわ…いつもはあまり夜泣きはしないんだけど…おしめも交換したし、お乳もあげたんだけど泣き止まなくて…」


 ラナさんは「皆を起こしちゃうかも…」と心配そうな様子だ。

 それなら、とりあえず……。


「ん…〖遮音〗」

「あら?泣き声が小さく…」

「魔法で小さくしてみた」

「へぇえ、器用な魔法ね」


 小さくしただけで泣き止んでるわけじゃないから…えーと…。


 泣いているコロンに向かって青く光る小さな蝶々を幻影で創って飛ばしてみる。

 しばらく目の前をひらひらと飛ばしていると、興味を惹けたみたいで、大泣きから徐々に泣き止んで、手をパタパタと伸ばして目で蝶々を追いはじめた。

 飛ばす蝶々の数を増やして、色も、赤や黄とバリエーションを加えてみよう。

 ラナさんの周りをひらひらと光る蝶々が飛び回る。幻想的な光景にラナさんまで楽しそうだ。

 コロンもさっきまで泣いていたのが嘘のように「きゃっきゃっ」と笑っている。


「ベラ大伯母さんから凄腕の魔法使いって聞いていたけど、とても綺麗な魔法…こんなことも出来たのね…魔法って」

「ラナさんも魔法を?」

「えぇ、といっても薬師の仕事に必要な魔法を少しだけよ。まだまだ見習いだしね」


 そこでラナさんはいいことを思いついたとばかりに顔をほころばせた。


「シズさんさえよかったらしばらくこの村に滞在してみない?それで私に魔法を教えてほしいの、どう?」

「えと…」


 そういえば、成り行きでこの村に来てしまったけど、どれだけ滞在するとか何も考えてなかったな…。

 追手はどうなんだろか?国境は越えたハズだけどまだ大きな街にもついてないし、この村にまで調べにくるんだろうか…?

 それなら早く村を出ないといけないし……。


 返答に困っていると「何を言ってるんだい」とタイミングを見計らったようにベラさんが現れた。


「シズ、あんたは目的があって旅をしているんじゃろ?グダグダと出発を先延ばしにするんじゃないよ…3日後じゃ、あたしも用があって街に向かうから一緒に村をたつ、いいね?」

「…うん」


 スパッと予定を決めてしまうベラさんが今は有難い。

 わたしだけだと悩んですぐに決められなかっただろうし。

 ラナさんも「あと3日かぁ…シズさん、その間にちょっとだけでもね、ね?」と納得しているみたいだ。


 そこでボーン、ボーンと時計の鳴る音がする。

 4回…4時か…寝直すか迷う時間だなぁ。


「あんた達がペチャクチャとうるさいから変な時間に目が覚めちまったよ…」とベラさんは愚痴っているけど何となくわざとらしい。


「どれ…ちょいと早すぎる気もするが散歩でもしようかね…シズ、あんたも来るかい?」

「散歩…うん、行く」

「私はコロンを寝かせるわね、まだ暗いから2人とも気をつけていってらっしゃい」


 ▽ ▽ ▽


 ベラさんと2人でまだ暗い村の中を魔星石のランタンを持ってぶらぶらと歩き回る。

 30年以上ぶりだからだろうか、ベラさんも「こんな風じゃったかねぇ」と道を確かめるようにしながら足を進めている。ただ、そう広くもない村だ、端から端まで見ても30分もかからないだろう。


「あんたが今考えてることを当ててやろうか」


 不意にベラさんがそんなことを言い出す。


「追手が来てないか、だろ?」

「う…あってる…」

「そんだけキョロキョロしてればねえ」


 確かにしきりに周りを見ていた気がする…そんなに分かりやすかっただろうか?


「まあ、気になるのもわかるがとりあえず村の中ならそう心配することはないよ」

「そうなの?」

「狭い村じゃ。余所者はすぐにそれと分かるし、村人も狩人が大半だ、変な奴がいたら取っ捕まえちまうだろうね」

「みんな強いの?」

「そりゃほぼ毎日、魔獣を狩っているんじゃ、そこらの冒険者より余程強い。気配にも敏感じゃ。外から危険が迫ったときは櫓の奴が警鐘を鳴らすんじゃよ…あぁ、ちょうどこんな…風…に」


 話を遮るようにカンカンカンカンとけたたましい音が鳴り始めた。

 警鐘に気づいた人がさらに家に据え付けられた警鐘を鳴らして村中で音が鳴る。


「こりゃあ…何事じゃ!?」

「あっちの櫓からだった!」


 ベラさんを壁に載せて、警鐘を鳴らし始めた櫓まで飛ぶ。

 見張りの人がいきなり飛んできたわたし達に驚いていたけれどそれ以上に驚くべき光景が村の外に広がっていた。


 まだ暗い空の下、無数の光る双眸…そして微かにだけど浮かぶ特徴的な輪郭は昨日見たばかり。

 柵を飛んで現れたわたし達に注意が一気に向いたからだろう、獰猛な魔素が嫌というほど感じられる。


 そこには50頭を越えるであろう、フォレストウルフが村を遠巻きにして群れをなしていた。















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