6話 抱きしめたいのに

「私はマニよ」と妹さんが自己紹介してくれたので簡単に自己紹介を返す。


 そうしていると奥から「誰だったのー?」と若い女性の声がする。

 通されたのはダイニングだろうか、3人の男女が食卓を囲んでいた。


「ベラおばさん!?無事だったのね!」


 細身の女性が少し興奮して椅子から立ち上がったのを、「はいはい、座って座って」と嗜めて、マニさんわたし達を紹介してくれた。


「ラナは初対面ね…こちらはベラ姉さん、私の姉よ…こちらはシズさん、姉さんの知り合いで冒険者さんよ」

「ベラだよ……見ないうちに人が増えたねぇ」

「シズ……です、よろしく……お願いします」

「ベラおばさん久しぶり!シズさんもようこそ!」


 先ほどの細身の女性がすぐに歓迎の言葉を返してくれる。


「私はドナ、マニ母さんの娘で薬師よ。こっちは旦那のグリント。そっちが娘のラナよ」


 ドナさんは赤毛の背中まであるストレートヘアの朗らかな女性。年は40代くらいかな。

 目尻に皺が少しあるけれど綺麗な肌の美人さんだ。


「ラナよ。はじめまして、ベラ大おばさん、シズさん。私も薬師よ、見習いだけどね」


 ラナさんはドナさんをそのまま若くしたような、20代の女性。快活な美人さん。

 ……ふと、ベラさんの顔を見る。ベラさんも若い頃はこんな美人さんだったんだろうか?


「ベラさんお久しぶりです。それとシズさんもよく来てくれた。私はグリント。狩人で、それと一応この村の村長ということになっている、マニさんの引き継ぎだが……」


 グリントさんは寡黙な印象の少し額の薄くなったグレーの髪に無精髭の男性だ。

 狩人というだけあって、鋭い観察するような目をしている。


「マニ……あんた村長なんてやってたのかい?」

「まぁ成り行きですよ」


 ベラさんが呆れたようにマニさんとおしゃべりをしている。


「椅子を持ってこよう」とグリントさんが一旦席を離れる。

 ただ席は最初からラナさんの隣が1つ空いている。

 わたしの目線に気づいたのか「ここにどうぞ」ラナさんが促してくれた。


「私の旦那が今日は街に行ってるの。行商をしているのよ。赤ん坊がいるのに仕事ばっかりよ」


 ラナさんはため息をついている。


「赤ちゃん?」

「えぇ、もうすぐ1歳になるわ…さっきようやく寝付いたとこなの」


 そうしているとグリントさんが椅子を持ってきて、その場の皆で食卓を囲む。


「エルドスートの領主様が乱心して、大火事を起こしたって風の噂に聞いてずっと心配してたんですよ?」


 食事を配膳しながらドナさんがベラさんに話かけている。


「まぁ、なんとかね……あんまりいい話じゃないからそのくらいにしとくれ」

「あ……ごめんなさい」


 わたしの方を少し気にした風にベラさんが話を切り上げる。


 夕ごはんは、狩人の村だけあってお肉がゴロゴロ入ったシチューだ。少し薬草の風味もあるかな。

 パンも薬草が練り込んであるのか黒パンというよりは緑パンだ。


「たくさん作っておいて良かったわ。連絡も無しに帰ってくるんですもの、手紙くらい先に出してくれたらいいじゃないですか?私も心配してたんですからね」

「気が回らなかったんだよ」

「姉さんはずっとそう。結局、結婚したときと子供が出来た時以外は音沙汰無し。旦那さんは?」

「15年程前にくたばっちまったよ。マニの旦那こそいないじゃないか」

「うちの人は一昨年に、83で大往生、ちゃんと手紙は送りましたよ」

「そうだったかねぇ」

「そうそう、ノンナさんは一度、うちに来ましたよ。冒険者になったんですってね」

「へぇ……あの子がねぇ」


 優しそうな雰囲気なのに終始ベラさんを押しているマニさん。村長さんをやってたみたいだし、なんとなく貫禄がある。


 他愛のない話をしながら食事をしていると、隣の部屋からだろうか、赤ん坊の鳴き声が聞こえてくる。


「あら、起きちゃったかしら、大変」

「ちょっと話し声が大きかったみたいね」


 席を離れたラナさんが赤ん坊を抱いてあやしながら戻ってきてそのまま席につく。


「よしよし、起こしちゃったわね…それともお腹がすいたのかしら?」

「わ……かわいい」


 赤ん坊はぷっくりとした頬っぺたでとても可愛いらしかった。

 そっと指を差し出してみると思った以上の強さで握り返してくれる。


「コロンっていうの」

「コロン……かわいい名前」


 赤ん坊……コロンはすぐに泣き止んで今はあちこち不思議そうに見つめている。


「知らない人がいっぱいね、コロン。シズさん、抱っこしてみる?」

「え、いいの?」

「えぇ……私と同じようにして頭と背中をしっかり支えてあげて」

「うん」


 そっと、コロンを受け取って腕に抱かせてもらう。

 ほのかに湿ったようなぬくもりが伝わってきた。

え?…あれ……え?


「シズさん?」


 涙が勝手に流れていく……全然止まらない。

 急に泣き出したわたしにラナさんが心配そうな声をあげる。


「あ…う…ョ……ゼ」


 ジョゼとの思い出が頭の中をぐるぐると巡ってかき回していく……そして……。


「ひっ」


 腕の中の温もりが一気に冷えていく感覚に背筋が凍る。

 咄嗟に突き返すような乱暴さでコロンをラナさんの腕に押し付けてしまう。

 乱暴な扱いにまたコロンが泣き出してしまった。


「ちょっと!危ないわ、シズさん!…シズさん?大丈夫?」


 少し声を荒げたラナさんと、いまだ涙を流し続けるわたし、大泣きするコロン。

 食卓は一気に混乱したように慌ただしくなる。


「シズ!こっちにおいで!」


 ベラさんの力強い口調に促されるままに手を引かれ、席を立たされる。


「マニ、この子を休ませておくれ」

「こっちに連れてきて、客間があるから」


 そのまま混乱した頭で客間に通されてすぐにマニさんが用意してくれた布団に横になる。


「シズ、ゆっくり息を吸いな」


 ベラさんが側についてくれて背中をさすってくれているみたいだ。

 …腕の中にスペースがあるのが嫌で自分の肩を固く抱いているうちに急に意識が遠退く感覚がした。


[シズ……休んで]


 テラフィナの声が聞こえたのを最後にフッと意識が落ちた。



 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

挿し絵

薬師のマニ


https://kakuyomu.jp/users/Yutuki4324/news/16818023214307496563












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