5話 薬師の家
翌朝、日の出前には2人とも起きて、スープの残りで朝ごはんを済まして荷物をさっさと纏める。
自分の分の荷物を身に付けて、ベラさんの荷物を〖魔法壁〗に載せたところで…
[しず…かべにみんなのったらいいよ]
との啓示をテラフィナから受けた。
うん…そうだよね…結局〖魔法壁〗を使うなら労力はそんなに変わらないんだよね…。
そんなわけで、わたしも荷物を下ろしてしまい。みんな〖魔法壁〗に載せて、滑るように地面の上スレスレを移動している。
籠のように落下防止をつけた壁は小走りくらいのスピードでどんどん道を進んでいく。
この分なら今日中には森の反対に抜けることができるだろう。
ベラさんも「こりゃあ楽チンじゃあ」と上機嫌だ。
順調な旅かと思っていたら……
〈WON WON!〉
茂みの中、こちらに並走するいくつもの影、鳴き声からして…フォレストウルフの群れだ。
魔素の反応からして…数は…8頭。
牙を剥き出しに次々と飛びかかってくるフォレストウルフを〖魔法壁〗で弾き返すけれどすぐに体勢を直して追走してくる。
「ベラさん!スピードを上げるよ!」
上げられるだけ、スピードを上げる。
わたしが全力で走るくらいの速度だけれど、ウルフの群れは難なくついてくる。
…高度を上げるか、仕留めてしまうか…。
振り返りながら逡巡していると、ベラさんがローブの懐から取り出した何かをウルフの群れに投げつけた。
「ヒャヒャ!こいつをくらいな!」
ボフン、と灰色の大量の塵が舞い上がる。
何かの灰…煙幕かな?
〈KYAIIINN!?〉
直撃を受けたウルフが鼻を抑えてのたうち回った。
広がる灰に巻き込まれたウルフも慌てたように灰から距離をとってしきりに鼻を気にしている。
ベラさんがさらに追加で灰を投げ込むと、ウルフの群れは追跡を諦めたのかすぐに見えなくなった。
ただ、一瞬だけ…森のもっと奥深くからジリっとした魔素を感じた気がする…。
本当に一瞬だけですぐにわからなくなってしまった。勘違い……かな?
しばらくスピードを維持していたけれど追跡してくる反応は無さそうだ。
少しずつスピードを緩めて、落ち着いたところでベラさんに尋ねてみる。
「何を投げたの?」
「薬香の灰じゃよ、鼻のきく狼どもには覿面じゃな、ヒャヒャ」
「なるほど」
ベラさんは知識も豊富だし旅慣れしてる感じ。
ただの薬師じゃなさそうだ。
「ベラさんって旅をしてたの?」
「言っとらんかったかの?あたしゃ元々は旅の薬師をしておったんじゃよ」
「そうだったんだ」
ベラさんは少し昔話をしてくれた。
ベラさんは代々の薬師の家系で幼い頃から薬草の勉強を年の近い妹さんとしていたんだそうだ。
薬以上に毒に興味があったベラさんは家のお店を妹に譲って旅の薬師としてアチコチ回っては珍しい薬や毒の素材を“味見”していたそうだ。
「…それでなんであの街でお店をしてたの?」
「……まぁなんじゃ…いい人ができたからじゃ」
「えっ!?結婚してたの!?」
ベラさんの旦那さんはエルドスート出身の冒険者だったそうだ。それもスラム出身。
旅の途中で出会って意気投合してしばらくは一緒に旅をしていたんだって。
どこかに落ち着こうってなった時に、ベラさんの故郷からも近くて冒険者をするにも薬師をするにも都合のいいエルドスートを選んだそうだ。
ただ、旦那さんはわたしの生まれる少し前に他界…お酒の飲み過ぎが原因だそうで、なんだか反応に困ってしまった。
「娘が1人おってね…小さい頃はアマンダと仲がよくってねぇ…よく遊んでおったよ」
「その娘さんは何してるの?」
「あたしと旦那がそれぞれに薬やら戦い方を教えたからねぇ…冒険者になって飛び出していっちまった…ま、死んだって報せは無いからどこかで元気にやってるじゃろ」
「ふーん…会ってみたいかも」
「ノンナって名だ。もし旅の途中で出会ったならせめてあたしの死に目くらいには会いに来なって伝えといておくれ」
「…うん、わかった」
ノンナさんか…どんな人かなぁ?
▽ ▽ ▽
途中、かなり距離を稼いだからだろう、日が傾く前に森の反対に抜けることができた。
ベラさんが言うにはもう2時間も進めば、狩人小屋が集まって出来た村が…ベラさんの生まれ故郷があるそうだ。
村と森を行き来する道はそれなりに人が通るのだろう、リアカーのものらしき轍もうっすらとついている。
「狩人がいるんだ?冒険者は?」
「ギルドのある大きな街は村からさらに歩いて半日程の距離があるんじゃ…それに実入りで言うなら鉱山に出稼ぎしたほうがいいからねぇ」
ここでも『グレイフォレスト』は不人気らしい。
間引きは月に一度、ギルド職員を中心に大勢でやってきて、ベラさんの村の辺りで一泊した後、狩人達も一緒になって魔獣を狩っているそうだ。
しばらく進んで行くと立派な木の柵で囲まれた村が見えてきた。櫓のような物も見える。
夕ごはんの時間だからか、いたるところで炊き出しの煙が上がっている。
〖魔法壁〗でそのまま行くと驚かれそうだから、荷物を身に付けなおして歩いて近づいていく。
ベラさんの話では村は森からの糧を得て生計を立てているらしい。
魔獣を狩ったり、薬草を採取したり…野菜や薬草を育てる小さな畑もあるんだって。
「旅人か!?」
柵に近づくと櫓の上から声をかけられた。
「薬師の家のベラじゃ!……こっちは知り合いの子だよ!」
「ベラさん!?わかった!今、柵を開ける!おい、開けてやれ!」
ベラさんが応対してすぐに柵が開く。
「遠路ご苦労さん、森を迂回してきたのかい?」
柵の番の若い男性が話かけてくる。
櫓からも白髪の男性がスルスルと降りてきた。
「本当にベラさんだ!何十年ぶりだね?!」
「結婚報告に来たっきりだから30年以上だねぇ……」
「よくたった2人……それもこんな子供連れで歩いてきたなぁ」
「その子は冒険者だよ。魔法も使える」
「へぇ!小さいのに大したもんだ」
見張りの男性達に見送られて、ベラさんの後ろについて村の中を進む。
家は20件程だろうか?
村の中心には滑車のついた井戸がある。
井戸からすぐの2階建ての広そうな家の扉をベラさんがドンドンと叩く。
「はぁい、どちらさんですか?」としわがれた、けれどなんだかかわいらしい声が応えた。
扉から顔を覗かせたのはベラさんによく似たしわくちゃ顔の老婆だ。
白髪を緩く捻っていて、目尻の皺が垂れて優しそうな、かわいらしいような雰囲気が出ている。
「ありゃ……?まさか、ベラ姉さん!?」
「マニ……久しぶりじゃ……帰ったよ」
驚いて頓狂な声を出す妹さんと気恥ずかしそうに頬を掻いているベラさんが印象的だ。
そうして、「とにかくあがってあがって」とベラさんとわたしは家に迎え入れて貰うのだった。
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