4話 自覚

「…それ…傷んでないよね?」


 おばばさまが夕ごはんの用意をしてあげようと言うのでお願いしてみたら、荷物から鍋と…野菜

 と…何かの葉っぱに包まれたお肉が出てきた、生の。

 おばばさまが街を出てから4日目だという…もう季節は春を迎えようとしているし、日中は結構暖かい。さすがに生肉はまずいんじゃ…野菜も葉野菜は危ないよ。


「あんたのお師匠さんは戦いの術ばかり教えておったようだね…見てみい」


 …たしかにグランマからは魔法の基礎と戦い方ばかり教わった気がする。

 便利な魔法はメイドさんに教わったものだし。


 おばばさまに差し出された野菜もお肉も新鮮そのものだ…変な匂いも全然しない。


「素材の鮮度を保つ魔法をかけてある…あとで教えてあげるから薪を拾ってくるんじゃ」

「うん」


 森にはまだお香の残り香が漂っているようだ。

 …もう平気かな?

 …やっぱり毒が気になるから風を起こして匂いを払う。

 手早く枝を拾っておばばさまの所に戻るとパチパチと火の爆ぜる音が聞こえてくる。

 おばばさまが焚き火を起こしているみたいだ。


「おばばさま、拾ってき……」


 焚き火が目に入った瞬間だった。

 火事の夜の嫌な記憶が一気に頭を埋め尽くした…。

 こみあがる悪寒に拾ってきた薪をその場に落としてしまう。

 カラカラと薪がぶつかり合って軽い音を立てる。


 咄嗟に焚き火から視線を切る。

 フードを深く被って両手で抑え、少し荒くなった呼吸を落ち着けていると、ジャッという音がした。

 フードから覗くと焚き火は消えていて煙が立っている。

 おばばさまが焚き火を消してしまったようだ。


「配慮が足りんかったようじゃな…」


 おばばさまの手がフード越しに頭を撫でてくれる。気遣うような優しい手つきだ。


「…火が、怖いんじゃね?」

「……うん」


 …そっか…わたし…火が怖いんだ……。

 自覚したトラウマは最低な気分と共にわたしの奥にじわりと染み込み、何かを満たすような感覚をさせた。


 ▽ ▽ ▽


 気分が落ち着いた後、おばばさまと一緒に料理をすることにした。

 手をかざした鍋がコトコトと音を立てる。

 結局、火は使わないということになったから、

 代わりにわたしが魔法で熱を出して鍋を暖めて、おばばさまが鍋をかき混ぜて味見をしては時折なにか入れている。


「出来上がりじゃ」

「おー」


 わたしの分を自分の食器によそってもらった。

 具がゴロゴロ入ったスープは薬草で味付けしてあるのか独特の薫りが食欲をそそる。

 なんとなくお屋敷で食べたカレーのような感じだ。


「…カレーっぽい…」

「似たようなもんじゃよ…香辛料の代わりに薬草を使っとる」


「ヒヒ…毒草も入っとるよぉ」と余計な一言を付け足しておばばさまはおもむろに自分の分を口に運んだ。


 毒が……でも、おばばさまは美味しそうにスープを口に運んでいく。自分の分のスープに視線を落とすとゴクリと喉が鳴った。


 ……ええい食べちゃえ!


「辛っ!」


 スープを口に含んだ途端に舌をピリピリとした感覚が襲って鼻の奥がツンとする。

 でも不思議とその感覚はすぐにスーっと抜けるように消えて口の中には風味だけが残る。


「ヒヒっ…弱めた毒を薬草が中和してくれる…癖になるじゃろ」


[辛い!もう一杯!]


 ウルスラが歓喜して騒ぎだすくらいには辛いのに、わたしでも食べれる不思議なスープだ。

 気づけばおかわりを2回もしていた。


 ▽ ▽ ▽


「そういえば、チビの名前を聞いてなかったような気がするね…」


 食事を終えてお茶を飲みながら一息ついているとおばばさまが何気ない口調で話かけてくる。


「シズだよ」

「シズか…覚えやすい名前だね…あたしゃベラじゃよ」


 おばばさまは“ベラ”というそうだ。


「えと…おば…ベラさんはもっとがめつい人って聞いてた…スープいっぱい食べたのになにも言ってこないし…」

「あたしゃ一度も吹っ掛けたりはしてないよ、まけたりもしてないがね…それに明日からもあんたには荷物持ちをしてもらうつもりだからね、その分だよ」


 明日からも…か……。

 成り行きで一緒になったけれど、わたしは追われる身だ。もしかしたら巻き込んでしまうかも…。


「えと…わたし…その…」


 どう伝えたものか……。

 言葉に詰まるわたしの頭の中を読んだかのようにベラさんは言葉を被せる。


「追われとるんじゃろ?貴族か王族に」

「え!?何で…!」

「あんたを取り上げたのはあたしだよ…その後も顔を合わせとるしの。その眼の色が本当は違う色だってことも知っとる。ちょいと学があればあんたがやんごとなき血を継いどることは分かっちまうねぇ」


 ベラさんはわたしの灰色に変えた眼を差して簡単なことだと言わんばかりにあっさりとした口調で言う。


「そんな子供が独りで国境を越える道を行くっていうなら、理由はすぐに分かっちまうね…」


 そのままズズっと音を立ててお茶を啜るとそれ以上言うことはないとばかりに黙りこんでしまった…。


「……いいの?」


 色々な事が頭を巡った末にやっと出てきたのはそんな一言だけだった。

 ベラさんは鼻で笑うとつっけんどんに返してくる。


「いざとなりゃあんたを差し出してトンズラしてやるよ」

「うん…じゃあ…明日からもよろしくお願いします」


 そのまま仮宿にゴロリと寝転んで早々と寝ることにした。

 明日も日の出と共に出発だ。

 睡眠時間を削ってまで話し込む仲ではないだろう。


 ベラさんは小さないびきを立ててすぐに寝入ったようだ。


 そうだよ…ちょっと考えればわかるよね。

 ろくに儲かりもしないのにわざわざスラムの貧民相手に薬師をやっていたこの人が優しくないはずがない。


 わたしは素直にベラさんのぶっきらぼうな優しさに甘えることにした。







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