間章 苛むもの

1話 道程

 領都エルドスートを出立して早足で歩くこと2時間。

 北に向かって黙々と進むと見えてきたのは、前方に横たわるように広がる魔域『グレイフォレスト』だ。


[シズ、そろそろ休憩しませんか?お腹減ってるでしょう?]


 傍目には独りで黙々と歩いているように見えるわたしだけれど、実のところ頭の中は姦しい。

 最初は空気を読んで黙っていたウルスラだったけれど歩き始めて1時間くらいで我慢できなくなったのか喋りはじめたんだ。それにつられてテラフィナも反応するものだから、うるさすぎて一回黙らせたくらいだ。


 …たしかに、急いで国を離れないといけないと、少し気がせっていたかもしれない。

 せっかくの旅なんだから楽しめと皆、言ってくれたしね。少し落ち着いてお弁当を食べるのもいいかもしれない。


[そうだね]と頭の中で応え、背負いカバンをおろしてその上に腰かける。

 肩掛けカバンからジェフさんのお弁当を取り出して包みを広げる。

 厚く焼いたタマゴにホットサンド、そこにフルーツトマトが彩りを添えている。

 甘めの味付けのタマゴは型崩れしないように少し固めに焼いてある。頬張ってみると固いのは表面だけで中はしっとりと柔らかく口の中でほどけていく。絶品だ。


 ホットサンドは焼いたパンが閉じていて真四角の形。中身は見えない。ジェフさんのイタズラだ。

 いつもはちゃんと切ってあるからね。

 噛みつくとパリっと音がする。

 中身は…蒸し鶏とチーズ…わたしの大好物だ。

 はむはむと食べ進めて、フルーツトマトを摘まんで口に放り込む。プチっと口の中ではじけた甘酸っぱさがチーズとよく合っている。


[おいしいねー]

[そうですね、この味ともしばらくお別れなのですね]


 ウルスラとテラフィナ、2人はわたしと感覚を共有できる。

 だいたい食事の時はこうして勝手に味わっている。


[旅先にも美味しいものが沢山あるよ、きっと]

[いいですね!食道楽と参りましょう!]

[いっぱいたべよー]


 食べるのはわたしだからね……。

 それと…。


[ウルスラ、辛いのは食べないから]

[えぇ!?食べましょうよ!チャレンジですよ、シズ]


 ウルスラは辛いもの好きだ。

 中のいい神様達が貢ぎ物を持ち寄って酒盛りなんかをしていたそうだ。

 ウルスラと太陽の神様は辛いものをアテにするのが好きらしい。

 恐ろしいイメージの死神様は甘党でお酒もあんまり飲めなかったそう。

 雨の神様はひたすらお酒ばかり飲むで酒盛りの後は必ず人の世界に大雨が降ったそうだ。


[嫌だったら嫌]

[からいものはきらい]


 テラフィナの好みはわたしと一緒だ。

 これで2対1、諦めるんだねウルスラ。


[さようなら、異世界の激辛料理……しくしく]


 泣いたってダメなものはダメ。辛いもの食べたらわたしが泣いちゃうじゃない。


 ▽ ▽ ▽


[それで、これからどこへ向かうのでしたっけ?]


 お弁当を食べ終わって荷物を背負い直していると、ウルスラが尋ねてきた。


[まずはこのまま森を迂回して森の反対に抜ける、歩いて3,4日の予定、森の反対はもう別の国みたいだね]


『グレイフォレスト』は深域までしかない魔域であるものの、とにかく広く、深い森だ。

 そのまま森のこちら側が『アルブラン王国』…わたしがいた国だ…そして反対側が『ニグレオス王国』だ。

 かつては『エルドマイン』の鉱山利権を巡っていがみ合いをしていた両国だけど、冒険者の台頭でそれどころじゃなくなって、単純に距離が近いことからいまはアルブラン王国側が主に管理をしている…と言っても実質的な管理は冒険者ギルドが行っているけれど。

 魔鉱山では戦闘の心得なしに採掘はできない。

 冒険者の護衛は必須なんだ。

 今は適正価格での鉱物の取引で妥協しているようだ。

 仲がいいとは言えない国同士だからこそ、国境をこえれば王家の間諜も動き辛くなるハズだ。


[あの壁の魔法で森の上を飛んでいったりしないんですか?]

[うん、何かあった時の為に体力や魔素は温存しておくのが旅の基本だって…それに鳥の魔獣だっているみたいだし…寄ってこられたら遠目からでも目立っちゃうよ]

[なるほどです]

[少なくとも、国境を越えるまでは歩きだね]

[ちゃんと考えているんですね]

[しず、かしこい]

[クレアさんの受け売りだよ]


 全部、地図に書いてあるアドバイスだ。

 ちょうど森のところに「空を飛ばないこと!」って書いてある。

 あとは森に沿って移動するだけだし、そう道に迷ったりはしないだろうし地図をしまう。

 森の脇をなぞるように通る狭い道はあまり人が通らないからか冬枯れして茶色くなった背の高い草が倒れこんでいて少し歩き辛そうだ。


 鉱山側から国境を越えるルートは輸送路として整備されていて、大型の馬車も通れるようになっている。

 いくつか宿場町を経由しながら馬車で6日ほどかかるけれど多くの旅人は馬車に便乗したりして楽ができるから大抵、鉱山側を選ぶ。


 ただし、わたしの場合は大勢の人にまぎれて追っ手に近づかれると、魔素での検知が難しいから人の少ない森側のルートを進んでいる。

 いざとなれば森に入って突っ切ることも、飛んでいくこともできるぶんわたしにとっては安全だ。


 時折、茶色い毛の野ウサギが前を横切ったり、森の奥から魔獣の気配はしたけれど、わざわざ森から出ては来ないみたいだ。今のわたしは浅域の魔獣くらい相手にならないくらい強くなったし、本能的に警戒しているのかもしれないね。

 休憩しながら歩いていると、だんだん日が傾いてきた。いま何時かな?鐘も時計もないから詳しい時間が分からないや。

 明かりをつけながら歩くわけにはいかないし、今日はもう休もうかな。


[今日はここで野営にしよう]

[じゃあ夕ごはんですね!]

[…一応…言っとくけど、いまあるお弁当を食べたら、しばらく干し肉だよ]

[そんなぁ!?]

[そんなー]


 唯一の楽しみがなくなる神達がショックを受けているようだけど、一番悲しいのはわたしなんだから…!


 少し道をそれて深い茂みを探す。

 ここでいいかな…。


「〖大地よ、従って〗」


 地面に魔素を流し込んで操作して茂みごと地面を盛り上げて小さなドームの形にしていく。

 中を下向きにくりぬいて横になれるくらいのスペースを確保したら出来上がりだ。

 傍目には大きめの茂みに見えるだろう。

 適当な草木を抜いてきてさらに分かりづらくカモフラージュする。


「こんなとこかな…」


 一人ごちた後、中に入って背負いカバンから、敷物を外して地面に敷く。

 その上に荷物を置いて、まだ外から灯りがとれる内に魔星石を布袋から取り出して置いておく。

 警報の魔道具も機能を有効にしておく。

 範囲は10m程だけど外から魔素を持ったものが近づくと大きな音が鳴る。


 敷物の上に座って、お弁当のホットサンドを魔法で少し温めてから食べる。

 中身はひき肉の…あ、カレー味ってやつだ。

 異邦人の広めたレシピだ。スパイスが効いているけれど熱くなる辛さじゃないから大丈夫だ。


[ウルスラ、これくらいなら食べられるよ]

[おいしいねー]

[す、少しもの足りませんが…これが激辛への第一歩と思えば…!]


 激辛は絶対に嫌だ。騒ぎはじめたウルスラを黙らせて食事を済ませてしまう。

 うぅ…明日からは携帯食かぁ……。

 早く街に行きたいなぁ。


 ゆっくりブルーノさんからもらったお茶を飲んでから外に出てみるとすっかり暗くなっていた。


 そういえば街の外で夜を迎えるのは初めてだ。

 澄んだ夜空…星が綺麗だ。

 エルドスートは鉱山の街だったから、鍛冶や精錬の煙で空はいつもくすんでいた。

 こんなに綺麗な夜空は初めて見る。


 初めての旅は初めてづくしだ。

 しばらくボーッと瞬く星を眺めてから床についた。


――――――――――――――――――――

挿し絵

森の脇の道

https://kakuyomu.jp/users/Yutuki4324/news/16818023214009074508






 

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