24話 出立

「手続きはこれですべて終わりました、これでシズ様は3等級冒険者として活動することができます…本来であればいくつか受けていただく講習があるのですが…すぐに街を立たねばならない事情を踏まえ、他の街のギルドで受けていただければと思います」

「はい、わかりました」

「シズ君、2等級冒険者として正式に認められるにはあと1人、ギルドマスターからの推薦が必要だ。我々は君の事情も実力も良く知っているが、君の外見はやはりまだ子供だ。推薦を得るには苦労するかもしれない。真面目にしっかり、冒険者の義務を果たすことだ」

「はい!」


 ジョシュアさんとアイザックさんに見送られてギルドを後にする。

 この街のギルドにまたやって来るのは当分先になるだろう。

 数回しか来ていないのに、名残惜しく感じる。

 次に来るときは特級冒険者としてだ、と決意を胸に刻む。


 ▽ ▽ ▽


 お屋敷に戻ると、グランマが待っていてすぐにクレアさんと屋敷の部屋に通された。


「シズ、アタシからの餞別だ」


 グランマから手渡されたのは裾の長いフード付きの黒い革のコートだった。

 魔獣素材の厚手の革のコートには大小、いくつもポケットがついている。


「一応、アンタは追われる身だ。フード一つで案外、顔は分かりにくくなるもんさ。それに防水がしっかりしてるからね、雨具にもなる」


「ま、アタシらはこれで雨避けしながら歩けるけどね」と、頭の上に小さく〖魔法壁〗を出す。

 わたしは「おーー」と拍手する。


「ほら、着て見せておくれ」


 着ていた防寒着を脱いでクレアさんに渡し、新しいコートに袖を通す。

 フードをしっかり被るとちょっと前が見にくい。

 足元を見ながら歩けば大丈夫そうだ。


「うん、少し大きいが、いい感じじゃないか」

「グランマ、ありがとう」

「大したことじゃないよ…それに」


 グランマは何か言いかけて「後でわかるか」と止めてしまった。


「旅の荷物も別の部屋に用意させてある、クレア、あとは説明しておやり」

「わかりました」


 別の部屋には、ベルトやポケットのついた背負いカバンに旅の用具一式が並べて置いてあった。


 クレアさんに聞きながら、順番にカバンに詰め込んでいく。

 肌着の着替えや予備の服を下の方に入れて…軽い金属製の簡易食器に、長いロープ、灯り用の魔星石…わたしは水や火の用意はいらないから荷物は少なめで済む。

 携帯食は保存のきく干し肉に、硬く焼いた塩入りのクッキーを少し、ドライフルーツ、それと塩の入った小瓶。

 魔法を使ってもいいけどちょっとした刃物はあると便利だから小振りな鉈とナイフをいくつか。

 それと一人旅には必須の警報の魔道具。

 常在魔素で動くタイプのやつだ。

 縫い物セットもある。あ、でも鋏は無いなぁ。

 他の荷物もどんどん詰め込んで、最後にきつく巻いた毛布と防水の敷物を一番上にベルトで止める。


「できた」

「シズちゃん、背負ってみてください」

「うん」


 カバンはそんなに重くはない。

 背負って軽くその場で跳んでみる。


「いい感じ!」

「大丈夫そうですね、さぁ皆が待っています」

「みんな?」


 そのまま、クレアさんと屋敷の外へ出ると、そこにはズラリとクランの面々が待っていた。


「どうしても見送りたいって言うんで、王家の間諜の牽制に回ってる連中以外みんな集まっちまったんだよ」


 グランマが苦笑しながら屋敷から出てきてわたしの隣に立つ。


「ほら、見送りをしたら牽制の連中と交代だよ!」


 グランマがパンパンと手を叩きながら急かすと皆手短に、だけど熱く送別の言葉をかけてくれる。

 中には涙を流しながら「仇を討ってくれてありがとう」というメンバーも。

 …そっか…スラムに家族がいた人もいたんだよね…。

 わたしが前を向くことで励ませることもあるだろう。

 込み上げる熱を胸に留めて、応えていく。


 そうして入れ替わり立ち替わりすべてのメンバーから送別の言葉をもらった…皆は街へ散っていった。

 あとは…グランマ、ジェフさん、カルロスさん、エミリアさん、クレアさん、ブルーノさん、バーノンさん…。


「お嬢、これ…餞別だ」


 カルロスさんが持っていたのは革のケースに入った…あ…鋏…。


「鋏…折れてただろ?ちょっと前に鍛冶屋に頼んでおいたんだ…」


 ケースから取り出してみる。

 黒く光る裁ち鋏…持ち手を動かしてみるとシャッシャッと抵抗なく刃の擦れる音が鳴る。


「カルロスさん、ありがと…嬉しい」

「喜んでもらえてなによりだ」


 カルロスさんと入れ替わりにバーノンさんが持ってきたのは肩掛けカバンだ。

 小振りだけど頑丈そうな作り…背負いカバンと一緒にしても邪魔にならないちょうど良い大きさだ。


「私からはこれを!!精一杯選びました!!」

「バーノンさん、ありがと!」


 一度、背負いカバンをおろして、バーノンさんの肩掛けカバンを斜めにかける。

 外側にはポケット付き、内側も3つに仕切られていて実用的だ。

 カルロスさんの鋏を外側ポケットに入れる。

 これなら簡単に取り出せそうだ。


「私からはこれを」


 クレアさんからは革と金具の装丁の分厚い手帳と地図を手渡された。

 手帳にはコンパスが嵌め込まれている。

 ペンホルダーも手帳に一体化しているみたいだ。

 地図はこの街から国境を越えるまでの詳細なもので、隣国に向かうルートや注意することが手書きで書き込まれている。

 クレアさんの細くて丁寧な文字だ。


「地図は読めますね?」

「うん、クレアさんにいっぱい教わったから…ありがと」

「手帳は旅の中で気づいたことや日々の出来事…なんでもいいので書き込んでみてください。こんな感じに」


 クレアさんの自身の物だろう同じ装丁の少し古びた手帳を開いて見せてくれる。

 びっしりと書き込まれた手帳はそれでもまだ埋まってはいないみたいだ。

 それくらいに沢山ページがある。


 ブルーノさんがずいっと進み出て渡してきたのは円筒型の水筒と…もう一つ金属のフタ付きの筒だ。

 カポッと音をさせて開くと紅茶のいい薫りがした。


「水筒に茶漉しがついている」とその場で使い方を教えてくれた。

 …え…ブルーノさん普通に魔法でお湯出してる。

 やっぱり器用だ…。

 餞別が嗜好品なのもブルーノさんらしいなぁ。

 フワリと漂った紅茶の薫りが少し気分を落ち着かせてくれる。


「娼館の皆と選んだのよ、シズは立派な女の子なんだからお洒落もしないとね」

 そう言って、エミリアさんが髪に何か付けてくれる。

「せっかく綺麗な瞳をしてるのに、見せられないのは勿体ないから瞳と同じ色の宝石が付いてるのを選んだのよ」


「見てみて」とエミリアさんが取り出した手鏡に映ったわたしの前髪に透き通った蒼色の宝石の嵌まった銀色のヘアピンが輝いている。

 シンプルなデザインだけどとても綺麗だ…。

 それに落下防止の魔文字が刻まれているからつけっぱなしでもいいんだって。



 最後にジェフさんがやってきてグランマもその横に並ぶ。


「シズちゃん、お弁当のサンドイッチだよ。今日のお昼と夜に食べてね。一度に食べ過ぎちゃダメだよ?」


 ジェフさんが渡してくれたのはお弁当の包みだ。

 この味ともしばらくお別れかぁ。しっかり味わって食べよう。


「シズ、こいつはクラン皆からのカンパだ、路銀にはちょっと多すぎるがね」

 とお財布に入った硬貨を渡してくれた。

 ちょっと開けてみると…まず大金貨が2枚入っているのが目に飛び込んできた。

 ガバッと顔を上げて目で問いかけると、

「まぁ、貰っておきな」とグランマは苦笑いする。


「それと、シズが今まで色街の仕事で働いてた分の稼ぎをギルドの口座に入れといたからね。別の街についたら確認してみな。本当は成人したら渡そうと思ってたんだが…ま、大事に使うといい」


 追い討ちをかけるようにまたお金の話。

 …なんだか嫌な予感がする。

 いくらあるか聞いても「忘れちまったねぇ」とはぐらかされた…確認するのが怖い…。


「さぁて、渡すものは渡したね!そろそろ行くとしようか!」


 グランマが啖呵を切り、赤い魔法信号を一発あげると周囲から返答の信号が上がった。

 ジェフさんとブルーノさんを先頭に、私とグランマが中心、クレアさんとカルロスさんで左右を、

 バーノンさんとエミリアさんが殿になって北の抜け道までの道を進む。

「誰にも邪魔はさせないよ」

 グランマの強い口調に皆の集中力が一気にあがるのが感じられた。


 何事もなく、抜け道まではたどり着いた。

 壁はもう通れるようにしてあった。

 素早く通り抜けると壁はすぐに閉じられる。


 壁のすぐ外に石を立てた簡素なお墓がある。

 アマンダさん、ウーゴさん、トニオさん、トンマさん、そしてジョゼ。

 みんなの名前を刻んである。

 灰は空に還したけれど、ちゃんとお墓もあったほうがいいと、グランマが立ててくれたんだ。


「皆、わたしはきっと大丈夫…心配しないでね」


 グランマ達は少し離れたところに佇んでいる。

 わたしがお祈りを終えて振り向くと、少し寂しい空気が流れた。


「……お世話に…なりました」


 精一杯の別れの言葉はそんなありきたりのものだった。


「今生の別れってわけでもないんだ…そんな泣きそうな顔するんじゃないよ」とグランマに笑われてしまう。


「うん…みんな、元気でね!ちゃんと帰ってくるから!」

 流れそうになった涙をこらえて、無理矢理張り上げたのは再会の約束だ。


「あぁ!お嬢も元気でな!」

 カルロスさんはわたしと同じ泣きそうな声で。


「いってらっしゃいませ!!」

 バーノンさんはいつもの大声で。


「あぁ」

 ブルーノさんは相変わらず口数少なく。


「シズちゃん、お元気で」

 クレアさんはやっぱり落ち着いて。


「また遊びにきてね!」

 エミリアさん…それはお客に言う挨拶だよっ


「帰ってきたらご馳走を作るからね」

 ジェフさんは楽しみな約束を。


「アタシも歳だからね、できるだけ早く帰ってきておくれ」

 グランマは少し皮肉っぽく照れ隠しをして。


 我慢できなくなった涙を隠すように、街と反対を向いて歩き出す。

 後ろ向きにでも声が聞こえるように、震えた喉でほとんど叫ぶようにして出立する。


「征ってきます!!」

『あぁ、いってらっしゃい』


 ~第2章 Fin~


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挿し絵

カルロスの贈り物

https://kakuyomu.jp/users/Yutuki4324/news/16818023213895835071


挿し絵

バーノンの贈り物

https://kakuyomu.jp/users/Yutuki4324/news/16818023213895868832


挿し絵

クレアの贈り物

https://kakuyomu.jp/users/Yutuki4324/news/16818023213895917876


挿し絵

ブルーノの贈り物

https://kakuyomu.jp/users/Yutuki4324/news/16818023213896056340


挿し絵

エミリアの贈り物

https://kakuyomu.jp/users/Yutuki4324/news/16818023213895944710


挿し絵

シズとフード付きコート

https://kakuyomu.jp/users/Yutuki4324/news/16818023213896434881


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 シリアスに全振りした第2章。

 ついて来ていただけたでしょうか?

 読んでてしんどくなった方、すいませんでした!

 作者もグロッキーになって書いていました!


 この後はシズが旅に出てすぐから始まります。

 あの人も再登場!

 お楽しみ頂けましたら幸いです。


 良かったら★★★をいただけると作者は狂喜乱舞してモチベーションが爆上がりします!



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