23話 旅立つ為に
「ほぇ?」
ポカンと開いた口から間抜けな声が口をついた。
そのまま口をパクパクさせて何か言おうとするけれど驚きのあまり声がでない。
というのも、大事な話があるというグランマに部屋ついて行ってみれば開口一番に予想だにしないことを告げられたからだ。
「シズ、明日街を出るんだ、独りでね」
わたし、確かにもう大丈夫って言ったし前を向くよって約束もしたけど…これにはさすがに動揺を隠せなかった。
「な、なな、なななんで!?ど、どうして!?」
ハッと正気に戻って飛び出した疑問は驚き半分、不安半分に震えている。
「ちゃんと説明するから落ち着きな」と詰めよったわたしを椅子に座らせて、グランマも向かいに座る。
そうしてされた説明は、またわたしの頭を真っ白にするには十分な破壊力を持っていた。
なんとか噛み砕いて、言葉を反芻する。
「王家…」
まだ終わってなかった…それどころか…より強大な相手がわたしを狙っている。
「十中八九、王家はシズを狙っている。連中は冒険者に対抗するため強い個の力を欲しているんだ」
わたしは王家の血を引いている。
王家の者がわたしを殺せば、継承が起こる可能性が高い。
わたしが騎士達くらいなら一方的に倒せる強さがあることを知られてしまったから王家はわたしの身柄を欲している。
「幸い、この街は国境に近い。国境を跨いでしまえば連中とてそう簡単には追ってこられない」
それで、旅に……。
「もちろん、ただ逃げる為の旅じゃないよ…シズ…アンタは特級冒険者を目指すんだ…そうすれば王家も手が出せなくなるハズだ」
特級冒険者は文字通りにギルド内で特別な存在。
1等級認定を受ける実力者であり、さらに特級に足る実績…英雄のような活躍が必要だ…。
わたしにそんなことが出来るだろうか…。
不安で堪らない。
野営の仕方もクレアさんに少し教わっただけなのに…独りで旅なんて本当にできるんだろうか?
「シズ、アタシもかつてはただの冒険者の1人だったんだよ?…たくさん無茶もしたし、死にかけたことも何度もあった…懐かしいね…」
「グランマも旅をしたの?」
「あぁ、そうさ…たしか17だったかねぇ…この街を飛び出したのは」
不安な気持ちに陥ったわたしを励ます為だろう。
それからグランマはたくさんの話をしてくれた。
旅をして大変だったこと、楽しかったこと、困ったこと、悲しかったこと。
他の国の様子や食べ物、そこで会った色んな人のこと…出会って…そして別れて…また出会って。
ジェフさんと出会ったのも旅の中でだったそうだ。恥ずかしそうにジェフさんとの出会いを語るグランマはなんだか可愛らしかった。
そして戦いのお話…強大な魔獣との戦いの様子を幻影魔法を使いながら臨場感たっぷりに語ってくれた。
お話が終わったのはすっかり時間が経って深夜になった頃。
「おや、もうこんな時間かい」とグランマがポツリと呟いて、いつもはとっくに寝ている時間だってことに気がついた。そのくらいお話に聞き入っていた。
「シズ…アンタは旅立つ必要がある。でもね、王家なんかのせいで仕方なく旅にでるんじゃない。特級冒険者になる為でもない。アンタはアンタの為に旅に出るんだ」
柔らかく目を細めて、わたしの髪を撫でながらグランマは静かに語り聞かせるように続ける。
「世界を見て回るんだ、シズ。そして色んな経験をするんだ…その旅の中で得難い友…あるいは恋人かもしれないね?きっと素晴らしい出会いがアンタにも待っているハズだよ……そしてね、その誰かをアタシ達に紹介しておくれ。アタシ達はこの街を…アンタの故郷を護っておくからね」
「うん……」
「さ…そろそろお休み…明日は大変だよ」
グランマにベッドに寝かせてもらったけれど、
目が冴えてなかなか寝付けそうになかった。
…そのくらい、わたしは旅に惹かれていた。
▽ ▽ ▽
翌朝、わたしは朝一番にクレアさんと冒険者ギルドにやって来ていた。
冒険者が街を長く離れる時にはちゃんと手続きをしておかないといけないそうだ。
ギルドの建物に入るとアイザックさんが待ってくれていた。
「おはようございます。シズ様、クレア…様。
“冒険”手続きの用意は出来ております。あとはシズ様のタグとサインがあればすぐにでも手続きは完了します」
「頼んでおいた仕事はちゃんと出来ているようで何よりです」
「アイザックさん、ありがとうございます」
窓口に移動してタグをアイザックさんに渡して、書類にサインをする。これでわたしは旅をしながら依頼を受ける“周遊冒険者”として登録できたそうだ。
「お疲れ様でした。別の街に長期間滞在される際はその街の冒険者ギルドに滞在届けを出してください。報せを届けることが出来ますからね」
「わかりました」
「…それとシズ様、魔素量測定をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「何故ですか?アイザック」
クレアさんがアイザックさんに訝しげな視線を向けていると「私が頼んだのだ」と威厳のある声がした。
「「ギルドマスター!」」
ギルドマスターのジョシュアさんがこちらにやって来ていた。
クレアさんと一緒に驚きの声を上げてしまった。
「カサンドラから、シズ君は厳しい戦いを経験したと聞いている。もし魔素量が大きく増加していれば私の権限で飛び級の手続きが出来るだろう」
「えと…飛び級ですか?」
「その通り。実力ある者に功績稼ぎの簡単な依頼をさせても力の持ち腐れだ……まぁ本来はある程度実績を積みギルドに貢献している者を対象とするのだが…私からの選別だ」
「あ、ありがとうございます!」
「シズちゃんは既に3等級相当の魔素量があったはずですが…飛び級はどこまで可能ですか?」
喜んでいるわたしに代わりクレアさんがしっかりと聞いてくれている。
「飛び級は3等級までになる。2等級以上は複数のギルドマスターの推薦が必要になるからだ。それに飛び級は魔素量が2等級相当以上の者が対象になる」
「ありがとうございます、ギルドマスター。シズちゃん、良かったですね」
「うん!」
「魔素量測定だけならすぐに済みます。早速やってしまいましょう」
そのまま、魔素量測定に測定室に移動してるんだけれど…ジョシュアさんも一緒にやって来てる。
えと…様子を見にきてるのかな…?
測定室に入るとイスマさんがヒラヒラと手を振っていた。
そのままグルグルヒュオンヒュオンの魔道具にかけられてすぐに結果が出たみたいだ。
皆が結果に注目してる…なんだか恥ずかしい…。
「10542…」
ギルドマスターが難しい顔で結果を読み上げた。
他の皆もなんだか難しい顔だ…。
えと…なにかダメだったかな…?
「文句のつけようもないな…シズ君、君の3等級冒険者への飛び級昇格を認めよう…」
「ありがとうございます!」
よかった…ちゃんと飛び級出来たみたいだ。
胸を撫で下ろしているとふと視線を感じる。
顔を上げるとジョシュアさんがじっとこちらを見ていた。
「…これなら…問題ないな…」と小さく呟いて、ジョシュアさんはアイザックさんに目配せをする。
「シズ君、君は既に1等級冒険者に相当する魔素量を持っている。よってギルドマスターとして君を2等級冒険者に推薦をさせてもらいたい」
「えっ…」
「君が乗り越えたものにはそれだけの価値があるということだ」
わたしを2等級に……。
皆がわたしとジョシュアさんのやり取りを見守っている…。クレアさんが力強く頷いてくれる。
「あの…お受け…します」
「よろしい、では諸々の手続きをさせてもらう。書類の準備に少し時間がかかる。ギルド内で待ちたまえ…」
「はい!」
「よろしくお願いします」
待っている間、クレアさんとギルドの食堂で一緒にケーキを食べた、2つだけ。
◇ ◇ ◇
シズ君とクレア君の背を見送りながら独り言のような調子でアイザック特派職員にギルドマスタージョシュアが話かける。
「なんと悲しい子なのだろうな…」
「わずか12歳で魔素量が10000を越える程の戦い…経験…ちょっと想像できませんね」
「それでも彼女は前を向き、旅立とうとしている…ギルドとしてサポートは惜しむまいよ」
「ジョシュアギルドマスター…かなり私情が入ってますよね?堅物だと思っていた貴方にもこんな一面があったとは驚きました」
「本部に問題有りと報告するかね?」
「とんでもない…有望な冒険者へのサポートはギルドとして当然のことですよ」
「では書類の準備を頼む」
「承知しました」
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