22話 前を向いて

□ □ □ □


[ねぇ、ウルスラ…]

[はい、何でしょう?]

[…あなたは死にゆく者の願いを叶えるんだよね?]

[えぇ]

[ジョゼのは?]

[はい、叶えましたよ]

[アマンダさんのは?]

[彼女のは…ちょっとまだですね…]

[……そうなんだ]

[はい、でもちゃんと聞き届けましたから、安心してください]

[うん……ウーゴさんのは?]

[はい、叶えましたよ]

[トニオさん、トンマさんのは?きっと一緒のお願いだよね?]

[えぇ、その通りですよ]

[そっか……]


シズはあの日からずっとこんな感じです。

黙々と働いて、働いて、泥のように眠って、ふと思い出したように私やテラフィナと取り留めの無い話をして。


…私の権能がもっと強ければと思います。

3もの同じ願いをして、ほんの僅かな時間…彼女、アマンダの息を吹き返すことしか出来ませんでした…。

…命とは、それだけ重く、尊いものなのでしょう。

奪うのはあまりに簡単で…癒すのはあまりに難しい。

シズという1人の少女を通して見る人の死は…私がかつて見送ってきた死とはまるで違いました…。


[テラフィナ…死とは恐ろしいものですね]

[…うん、しぬのはこわいよ]


そう。死は、怖い。

ずっと死と向き合ってきたハズの私は、ようやくそれがわかりました。

あるいはテラフィナは私にそれを教える為に生まれたのかもしれませんね…。


[しずもこわがってる]

[死ぬことを、ですか?]

[じぶんのせいでみんなしんだのに、じぶんはしにたくない、それがこわいって]

[……テラフィナ、ありがとうございます]

[うん]


生きていることが辛い…死ぬのも怖い…シズは今、煉獄の最中にいるのですね……。


[アマンダ…シズを…どうか…救ってあげてください]


◇ ◇ ◇


一瞬ボーっとして気づいたら、真っ白な空間にいた。

これは、ウルスラの…?

さっきまでウルスラと話をしてたハズ…。


「ウルスラ?」


返事はない。

一体何なんだろう……。


わけもわからずあちこち見回していると、すぐ近くに誰かが居る気配がした。

え…………?


「ア、アマンダさん?」


アマンダさんがわたしの目の前にいる。

生前と変わらない姿。でもその顔は凄く…怒ってるみたいで………。


「シズぅうう?」

「むぎゃ」


あ、あ、これはお仕置きハグだ……。

苦しい…!息ができない…!


わたしを思いっきり抱き締めたままアマンダさんは怒りと慈愛の籠った声で叱りつけて、くれた。


「シズ!あんたまた自分が悪い悪いって思ってるね!!?ちゃんと教えたろう?あんたは悪くないって!!」


あ…あ…ああ


「ジョゼのことも!あたし達のことも!スラムのことも!あんたは何にも悪くない!!」


アマンダさんはわたしを一旦解放するとしっかり目線をあわせてきっと睨んで一喝する。


「わかったのかい!?」

「あ、うあ、アマンダさん、なん…で…」


嬉しくて哀しくてわけがわからなくて、そんな言葉しか出てこなかった。


わたしのこめかみをグリグリとしながらアマンダさんはきつい口調を崩さない。


「あんたが言ったんじゃないか!また叱ってくれって!どうせあんたはウジウジと自分を責めると思ったからね!女神様にお願いしたのさ!あんたが自分を責めて前にも後ろにも行けなくなったらあたしが叱りつけてやるから会わせておくれってね!」


そして、また強烈なハグ。

胸に顔を押しつけられたまま、色んな感情が色んな水になって流れ出す。

アマンダさんの服がわたしの涙とか鼻水とかでぐちゃぐちゃになった頃、またアマンダさんは目線を会わせてじっとわたしの目を見つめる。


「わかったのかい!?」


アマンダさんの涙で濡れた瞳は、それでも涙を溢れさせることなくどこまでも力強い。


「うん…」

「本当だね!?」

「うん」

「本当に、本当だね!?」

「うん!」


そうして、アマンダさんの涙も堰が切れたみたいに溢れ出した。


「あんたを叱ってやれるのはこれっきりなんだよ…もうあたしを心配させないでおくれよ…」

「うん…うん……お母…さん」

「シズ……あたしの大事な…大事な…娘…」


そして、優しくて暖かいハグ……。

もう言葉はなかった。ただ優しく時間だけが過ぎていく…。


「…もう、大丈夫だね」

「…うん」


わたしから手を離したアマンダさんの体が少しずつ光の粒に変わっていく。


「あっ…」

「ここまでみたいだね…」


アマンダさんの体がどんどん光の粒になる。

それはアマンダさんのような暖かくて優しい色だ。


「シズ!前を向け!」

「っ!」


きっとこれが最後の言葉…アマンダさんの目を見つめてしっかり、全身で言葉を受け止める。


「泣いたっていい!後悔したっていい!それでも最後は前を向くんだ!」

「うん!」

「大丈夫だよ…あたしはいつでも側にいるからね…」


その言葉を最後にアマンダさんの体は弾けるように暖かい光になって、わたしの胸に吸い込まれるようにして消えた。

目を閉じて胸に手を当てる。

たしかな温もりがわたしの中にある、優しくて力強い温もりが。


目を開けると、暗くなった部屋の天井が目に入る。

夕ごはんの後、ベッドに仰向けでウルスラと話をしていたままの体勢で、時間も経ってないみたいだ。

でも…夢…じゃないよね…。

たしかに熱くなった息をホォと吐く。


[ウルスラ…ありがとう]

[私は…何も…]

[それでも…ありがとう]

[…どう、いたしまして…]


部屋の扉をコンコンと控えめなノックが鳴らす。

体を起こすと「シズ、起きてるかい?」と、小さく呼び掛けられた。この声はグランマだ。


「起きてる!」と扉の向こうに届くようにして、わたしはベッドから飛び起きて、扉を開けた。


◇ ◇ ◇


現れたシズの顔には涙が流れた後がしっかりついていて、寝間着も濡れたようにヨレヨレだった。


だが、泣き腫らしたように赤くなった目にはたしかな力が宿っているようだ。

今朝方見た沈んだ顔とはまるで違う様子に、少し驚いて息が漏れた。


「グランマ…心配かけてごめんなさい…もう大丈夫だから…」

「…何かあったんだね?」

「…うん…夢でアマンダさんに叱られたの……前を向きなさいって…ウルスラがね、会わせてくれたの」

「そうかい…」

「だからね、わたしちゃんと前を向くよ…泣いても立ち止まってもちゃんと前を向くよ…」


アマンダ……あたしがどうしようか悩んでたことをあっさりと……本当に大した…母親だ…。


「そうかい…もう大丈夫なんだね?」

「うん」


ならわたしから言うことは何もない…この子はもう大丈夫だ。


「よし!シズ、部屋についてくるんだ。大事な話がある」

「はい!グランマ!」


力強い足音を響かせてアタシとシズは屋敷の中を進む。

すれ違うメイド達が少し驚いた後、皆、安心したように微笑んだ。


今のシズなら大丈夫、さぁ旅立ちの時だ!











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