21話 本調子

 ◇ ◇ ◇


「王家の要求は正当なものだ…冒険者ギルドとしてはこれを拒む理由は無い」


「前にも言ったはずだ」とジョシュアは続ける。


「君たちが彼女を護るべく行動を起こすことまでは否定しない、が冒険者ギルドはそれに協力はできない」

「…アタシは、誰が相手でも…!」

「カサンドラ…王家が欲しているのは彼女だ。強力な力を持つ王家縁の少女…手駒にするにも、あるいは…命を奪い継承を狙うことも…。彼女自身が大人しく従うことは無いだろうが王家にはそれは関係が無いことだ」


 どうしてだ!どうしてあの子をそッとしておいてくれない!

 アタシが何も言葉を出せないでいれば、ジョシュアは更に続ける。


「王家の力はそう弱くはない、君たちとて犠牲なく護り切れるものではない……また彼女の周りで誰かを死なせるのかね?…また彼女に重荷を背負わせるのかね?」

「あっ…」


 言われて気づいてしまう…シズの…あの子の心は今ボロボロだ…ここ2週間、アマンダ達の葬儀をした後は仕事と訓練をしている。

 だがあの暗い顔は無理をしてるのは誰が見たって一目瞭然、無理にでも何かして気を反らしているだけだ。

 そんなあの子の心にこれ以上負担をかけたら……。


「カサンドラ…冒険者が旅に出る…あたり前のことだ…それに前にも言ったはずだ、彼女が特級を得たなら王家の要求でも突っぱねて見せると」

「…王家にはなんて言うつもりだい?」


 アタシが重苦しく尋ねるとあろうことかジョシュアは「ハハッ」と笑いやがった。


「決まっている。知らぬ存ぜぬで通すのだ、そんな子供は公爵家にはいなかったとな」

「……ハッ」


 何が協力はできないだ……。拳だけが取り柄だと思っていた若造が随分とまぁタヌキになったもんだ。


「特級認定を受けるには1等級冒険者であること…それと特級に足る実績…」


 とクレアが呟いたのを受けアイザックが続ける。


「まずは2等級を目指すべきでしょう…2等級には最低2人の大規模ギルドのギルドマスターの推薦、依頼達成による功績ポイント、昇格試験…同様に1等級にはさらに5人の推薦…まぁようするに最低でも魔域を擁する大都市を7つは巡らなければなりません」


「可愛い子には旅をさせろとは言うけどよ…お嬢はまだ12歳だぜ…まさか独りで行かせるってことはないよな、マダム」

「そ、そうですよ!私がついて行きます!」


 クレアとカルロスがざわついているが、どうすべきだ…?アタシはあの子に何がしてやれる?


「…いや、シズは独りで行かせる」

「「マダム?!」」


 ようやく絞り出せた答えにクレアとカルロスが悲鳴のような声を出す。


「シズは今、大切な物を失っちまって空っぽだ…アタシ達もあの子にとって大切な物だって自負はあるさ…だがアタシ達じゃ空いた穴を埋めてやることは出来ない…この2週間でそれが分かっちまった」


 思わずため息が出る…。

 アタシはこの2週間シズに発破をかけることも、気のきく言葉をかけることもできず、壊れ物を扱うようにしかできなかった。クランの他の面々も大差ない。


「あの子に必要なのは新しい出会いだ…心の隙間を埋めてくれるような…」


 柄にもなく、昔を思い出す。

 身一つで旅に出て、我武者羅に依頼をこなして、そして、ジェフ…パーティーの皆、得難い仲間と出会った。あの子に必要なのはきっとこんな出会いだ。


「公爵家の者の引き渡しは3日後だ…王家から迎えが来る…明日には旅立たせた方がいい」

「わかった…礼を言わせてもらうよ、ジョシュア」

「私に出来るのはここまでだ…」


 身を翻して、執務室を足早に立ち去る。

 クレアがすぐに後に続き、カルロスが遅れて追いかけてくる。


 さて、あとはシズにどう伝えたものだろうね………。

 移動しながら二人に矢継ぎ早に指示を飛ばす。


「クレア、シズの旅支度をしておきな…ギルドの手続きやらなんやらもね」

「わかりました」


「カルロス、王家の間諜がどっかで見張ってるはずだ。クラン総動員で草の根をわけても探しだしな。いることがわかってる間諜なんか見つけたも同然だろう?」

「簡単に言ってくれるぜ……」

「シズが旅立つ先を追わせなけりゃいい…探されてるってことがわかりゃ連中も動き辛くなる」

「了解……」


 カルロスはやはり浮かない顔だ……ま、こいつには同じくらいの娘がいるからね…不安に思うのも仕方がないか…。


「カルロス…言っとくがシズは1等級並の相手に一対一で勝ってるんだよ?」

「……マジで?」

「今、あんたと模擬戦をしたら10回やって10回ともシズが勝つね…あの子は強い、体も心も。…今は支えを失って揺れてるんだ…グラグラとね。倒れないように慎重に支えてやれたならそれもよかったが、邪魔が入りそうなんだよ。だったらいっそ、勢いをつけて走りださせるしかない」


 しばらく唸っていたカルロスは何度か顔をパンパンと叩くと、「よし、わかった」と覚悟を決めたようだ。


「そういえばお嬢は4歳でスラムから色街まで独りでやって来るような子だったな…向いてるよ、冒険に」

「え、その話、私は知りませんよ?」

「あー、クレアはちょうど2等級取りに別の街に行ってたんじゃなかったか?」

「カルロス、詳しく聞かせなさい」


 ふん、こいつらもようやく本調子か…。


「アンタ達、話は後にしな!時間が惜しい、行動開始だよ!」

「はい!マダム!」

「了解!マダム」






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る