20話 書状
あれから、屋敷へ帰ったわたしは泥のように眠った。無気力でいくらでも寝れると思った。
でも体は正直で十分に睡眠を取ると、自然と目が覚めた。
わたしが起きるのを待ってくれていたグランマと朝食を摂る。
たまごサンドを口に運ぶ僅かな咀嚼の音と、アップルティーの入ったカップを置くカチャという音だけが静かな食卓に響く。
……アマンダさんの麦粥はもう食べられない。
1人で出歩いていいかグランマに尋ねてみる。
少し悩んだようだけれど「あぁ、いいよ」と許してくれた。
1人で黙々と歩くと頭の中を夜のことが巡っていく。
ほんの一晩でいくつもの闘いを経験した…いくつもの命を奪った。
体の中の魔素がまた大きく増えたのを感じる。
きっとわたしは強くなった…だけど…大事な物を護れない強さに…肝心なときに無い強さに…何の意味があるんだろう?
外壁側から回り込んで、焼けたスラムの跡にたどり着いた。
瓦礫はまだまだ残っているようで、遠くでは騎士と冒険者達が忙しそうに動き回っている。
外壁の位置からわたしの家があった場所の辺りを見つけた。
崩れた土の塊の中に日光を反射して何かがキラと光っている。
土を払い取り上げると、それはエミリアさんから貰った耳飾りだった。
付けてみようとするとパキッと音を立ててパーツがバラバラになってしまう。
「似合っているね」と言ってくれた声を思い出してズキリと胸が傷んだ。
そのまま地面に膝をつけて土の塊の中を掻き分けて探してみたけれど、あとは焼けて何も残っていないみたいだった。
何も残ってない…ここには何も……。
「全部…なくなっちゃった……」
それ以上その場に居れなくて、逃げるように元来た道をひた走った。
▽ ▽ ▽
◇ ◇ ◇
「お連れしました」
「ご苦労、君は下がっていなさい」
屋敷にジョシュアの遣いだというギルド職員がやって来た。
クレアとカルロスを連れてそのままギルドマスターの執務室に通される。
部屋の中にはジョシュアともう1人ギルドの制服の男が待っていた。
「わざわざ呼びに来るとは急ぎの用かい」
部屋に入るなりドカっと応接椅子に腰掛け尋ねる。
クレアとカルロスはその後ろに立つ。
するとギルド職員の男が深く腰を屈め礼をして名乗る。
「はじめまして、2等級冒険者のアイザックと申します。お会いできて光栄です、カサンドラ様」
「アタシは急ぎの用か、と聞いたんだよ?」
アイザックと名乗った職員を睨みつけ怒気を孕んだ声をぶつけると「申し訳ありません」と怯んだ用に1步下がった。
「ジョシュアよ、さっさと用件を言いな」
ジョシュアが向かいの席につき、アイザックはその後ろに立つとジョシュアはおもむろに書状を机に置いた。
「……王家の家紋」
「そうだ、あれから既に2週間…色々と進展があったからな、事の顛末を君に伝えて置こうと思ってね…君に、そしてあの少女にとっても重要なことだ」
「聞かせな…」
「アイザック…頼む」
「ふん…そいつが今の本部の走狗かい?ご丁寧に魔力偽装までして2等級のフリとは手が込んでるね」
アイザックは再び深く礼をすると丁寧な口調で話始めた。
「あらためまして、冒険者ギルド本部からの特派職員、アイザックと申します。特級のカサンドラ様には何もかもお見通しのようですね」
「御託はいいからさっさと話せと言ってるんだよ!」
こいつはアタシを怒らせたいのかい…?
睨みつけてやると、アイザックはややたじろいだように慌てて本題に入った。
「まず領都の現状についてですが…スラムの火災は選民主義に拘った公爵家による人災として広めています。まぁプロバガンダですが…これにより冒険者ギルドによる統治は民にも速やかに受け入れられています」
プロバガンダね…小賢しいことを…。
「不足した人員については調査により問題無しとされた貴族から登用し補っておりますが、速やかに冒険者ギルドの人員のみでの統治に移行する予定です、本部には通信魔道具にて追加の人員を要求しております」
「そいつは王家が黙っていないんじゃないかい?」
机上の書状を目で示しながら口を挟む。
「えぇ…公爵家に代わる上級貴族を統治者として置かせるよう要求がありました。冒険者ギルドはこれを受諾しました」
「…裏がありそうだね」
アイザックは、ニヤリと笑うと続けた。
「その貴族はギルドの息がかかった…というよりは冒険者ギルド職員が貴族になっている…といった方が正しいですね…この国では既にいくつかの都市は実質の統治を冒険者ギルドが行っていますよ…そして他の国でも」
そんなことだろうと思ったよ…2等級冒険者になる時に聞かされるが…冒険者ギルドの最終目標は簡単にいっちまえば世界征服だからね……。
「この街のことは分かった…アタシとシズについて大事なことってのは何だい?」
「……王家は公爵家縁の者の身柄を要求…しかるべき裁きを王家にて行うとの書状を送ってきました、そちらの書状がそうです」
机上の書状を示すとアイザックは一旦言葉を切る。
そして目を少しきつくすると一息に言い切った。
「その要求された公爵家縁の者にはシズ様の名もありました…」
「なんだって!!?」
「おい!ふざけんなよ!」
「アイザック!どういうことですか!?」
さすがのアタシも言葉が続かない…。
クレアとカルロスも思わず口が出たように大声を出す。
「…ナサニエル氏は、そもそも王家にマークされていたようです。氏が家督を継いだ経緯もさることながら、傭兵や暗殺者への接触をたびたび行うという不穏な様が怪しまれ、氏の周りには王家の間諜が送られていたようです」
思わず「あぁ…くそっ」と悪態が漏れる。
「…実際はその傭兵や暗殺者はカサンドラ様に向けられていたわけですが、簒奪を狙っていると疑われても仕方ない動きをしていたわけです」
「そして、その間諜はあなた方が公爵家に報復を行ったときも諜報活動をしていたようですね…そこでシズ様の事を知った」
…シズの感知を掻い潜る程の腕前か…やられたね…。
「それで…シズをどうするつもりだい?」
殺気を隠すことなくジョシュアとアイザックを睨み立ち上がる。
クレアとカルロスも臨戦態勢だ。
…が、ジョシュアは座ったままこう口にした。
「カサンドラ、彼女を旅立たせろ」
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