19話 顛末
色街への道をグランマに手を引かれうつむいたまま歩いていると、前方から集団の足音が聞こえた。
顔を少しあげて足音の方へ目を向ける。
…あれはギルドの?
それは冒険者ギルドの制服を着た20名程の集団だった。
先頭には灯りを持った職員さん、そしてその後ろにはギルドマスターのジョシュアさん、それにアイザックさんもいる…。
そのままわたしたちと近づいていき、足を止めることなくすれ違う。
すれ違う寸前、グランマとジョシュアさんは無言で頷き合っていた。
一団はそのままわたしたちが来た方向…貴族街に進んでいきすぐに未明の暗がりに消えて見えなくなった。
◇ ◇ ◇
「終わった、ようだな…」
「そのようです…」
魔女と少女が出ていったと、念のため様子を見させておいた者から報告があった。
妻と子供達を離れに残しフェルナンドと近衛騎士を数名連れ確認へ向かう。
「……凄まじいな」
「…えぇ」
中庭には大量の惨殺死体が折り重なるように倒れており、前騎士団長までもが身体を両断されている。
報告によるならば…これは…あの少女…一応は私の姪にあたる人物だが…彼女ただ1人によって為されたことだと言う。
「特級の愛弟子にして、私達と同じ血を引く少女…か」
「…引き込みますか?」
「カサンドラの亡き後ならあるいは…といったところだろうな…魔女の目のある内は手を出すべきではない」
これ以上魔女の逆鱗に触れるならばこの街ごと滅びかねん……。
少なくともあの少女だけで騎士を30人は容易に屠るのだ。
かのクランと正面から戦うようなことになれば騎士が何百…いや何千と死ぬだろう。
別邸へと足を踏み入れるとジャリっというガラスを踏みつけた音が足の下でする。
「灯りを」
騎士に命じ魔法で灯りをつけさせる。
エントランスホールは中庭に輪をかけて惨憺たる有り様だった。
いたるところに戦闘の余波であろう斬撃痕が刻まれ、階段に至っては大きく抉れるように割れている。
シャンデリアは落ち砕け、破片を撒き散らし、父上の肖像画も何が描かれていたかわからないほどに切り刻まれている。
「…ローレンス」
父上専属の使用人、ローレンス。
フェルナンド曰く、自分よりも強い…おそらくは一等級冒険者並みの実力者だと言うその男は胸を何か巨大な刃物にでも貫かれたような傷を受け事切れている。
「…まさか、これもあの少女が?」
「…どうだろうな」
フェルナンドのふと漏らした疑問に疑問で返す……これをあの少女がやったのなら…下手をすると一等級並みの実力を既に有していることになる。手を出すのは危険やも知れぬな…。さすがにカサンドラが手を貸しているとは思うが用心しておくべきだろう。
屋敷を進み父上の部屋へたどり着く。
扉は開け放たれており、中からは血錆びの匂いが漂ってくる。
「……」
父上は首を落とされていた…躯はまるでギロチンで落としたような断面をさらし、首は恐怖に引き攣ったような表情で固まっていた。
「因果応報…か」
「……えぇ」
少し黙祷を捧げていると、離れに残しておいた騎士が駆け込んできた。
「領主様!」
「どうした」
「それが…冒険者ギルドのギルドマスターを名乗る者が訪ねてきております」
「なに?」
冒険者ギルドが…?
もう動いているというのか……だが一体何の用でここへ?
「兄上…」
「行くぞ」
▽ ▽ ▽
「夜分に失礼する、領主殿…貴方の領主就任の挨拶依頼ですな」
「あぁ…久しいな、ギルドマスター、ジョシュア殿」
冒険者ギルドマスター、ジョシュア。
たしか20年程前に一等級冒険者からこの街のギルドマスターへと就任した男だ。
絞られた肉体と射ぬくような目は現役から些かも衰えを感じさせないように見える。
「それで冒険者ギルドが何の用だろうか?街の火災の後始末をせねばならん。ギルドの協力には感謝しているが我々もまた、忙しいのだが…用件はそのことかね?」
少しあしらうような口調で言葉を吐く。
苛立ちが声に顕れてしまったか…。
ギルドマスターは僅かな感情のブレもない低く固い声音で告げる。それはまるで、いや真実それは罪の宣告であった。
「単刀直入に言わせてもらおう。我々冒険者ギルドはエルドストラ公爵家及びその関係者に“人民の敵”の容疑を認めた。罪状は…多数の犠牲者が出ると知りながら、傭兵団へ依頼を行い、領都北部、特に貧民の居住区への火災を引き起こし多数の犠牲者を出した大量虐殺だ」
「な…バカな!それは父上の…それに父上は既に…!」
フェルナンドが咄嗟に反論するが私は言葉が出せないでいた…。
“人民の敵”への認定…それは冒険者ギルドを完全に敵に回してしまったことに他ならない。
貴族学校での統治者教育過程にて習う最重要項…冒険者ギルドとの敵対は統治者としての終焉を意味する。何があっても冒険者ギルドとは敵対してはならない。冒険者ギルドは無辜の民への謂われ無き暴をけして許しはしないのだと。
「我々は…どうなる…」
やっとのことで絞り出した声はひどく震えていた。
「エルドストラ公爵家はその使用人に至るまで一旦その身柄を冒険者ギルドにて預からせてもらう…従属貴族達も同様だ。領都騎士団は我々の指揮下に入ってもらうことになる」
「そのような事が許されるはずが、いや、出来るはずがないだろう!」
フェルナンドが食ってかかるがギルドマスターは眉ひとつ動かさずに言葉を返す。
「我々にはそれが出来る、許しを得る必要もない……従わねば粛清するまでだ」
「くっ……!かくなる上は…!」
「フェルナンド、止めよ!!」
フェルナンドが抜剣し、近衛騎士達もそれに続いて抜剣する。
だが、フェルナンドが踏み出す前にその体は宙を舞っていた。
一瞬で間合いを消したギルドマスターが流れるような動作で次々と騎士達の鎧の中心を拳で撃ち抜いてゆく。
全員が倒れ伏すまで10秒とかかっていなかった。
誰も身じろぎすらしない…鎧は拳の形に陥没している。
皆、一撃でその命脈を絶たれているのは明らかだった。
「……なぜだ…フェルナンド」
お前とて貴族学校では統治者教育を受けていたはずだろうに……。
…フェルナンド…だが私は……済まぬ…!
「わかった…従おう…家族達には手荒な真似は…」
「心得ている」
その日、日が昇るまでの間に領都のすべての貴族達はその身柄を冒険者ギルドに押さえられた。
騎士達の一部は反抗したがスラムを焼いた大火災の原因が公爵家にあると知らされると多くの騎士はその矛を収め、冒険者ギルドへと従った。
まだ寒さの厳しい2月のある日、領都エルドストラは完全に冒険者ギルドの支配下へと置かれることとなった。
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