18話 

「バ、バカなことを言うな!!何故儂が死なねばならん!殺されねばならん!それもこんな子供に!」


 ナサニエルは目を剥きながら唾を撒き散らす。


「貴様…あのクラウスとかいう男の子供だな!親子揃って儂に手を掛けようとするとは…!」


 クラウス…わたしの父親…断頭台の男…。


「下賎の血が混じった出来損ないめ!なぜまだ生きておる!?なぜ焼け死んでおらん!?」


 焼ける?…スラムを…アマンダさん達を…焼いた火…。

 わたしはナサニエルの目を見ながら一歩、もう一歩と近づいていく。

 わたしと同じ瞳の色……血縁者。

 肉親?…違う…ただ血が繋がってるだけの…他人だ。


「来るな!…近づくでないわ!」


 ナサニエルの振るった杖がわたしの肩を打つ。

 弱々しい…たぎった魔素に阻まれた杖は何の痛痒も与えてこなかった。

 …あぁ…でもこの杖は…痣の形と同じ…。


「お前が………ジョゼを」

「ヒッ」


 ナサニエルは怯えを隠すように杖を振りかぶり、またわたしに振り下ろす。


「お前がみんなを!!!」


 わたしの怒りに呼応するよう噴出した魔素に突飛ばされるように吹き飛び、ナサニエルは執務机に叩きつけられた。

 握っていた杖は根元から折れ、無惨な残骸を晒している。


 ナサニエルは手をついて後ずさろうとして、重い執務机に阻まれる。

 机にすがり付くように立ち上がると、ペンやインク壺、文鎮…机上にあった物を手当たり次第にこちらに投げつけてくる。


「来るな!来るなぁ!!」


 ほとばしった魔素により見当違いの方向に逸らされた品々が床や壁に転がり部屋を汚す。


 あまりにも情けない姿……こんな矮小な老人にわたしの家族は奪われた…。

 もはや投げつける物も無くなり、カチカチと歯を鳴らすだけの老人に向かって手の平をかざす。


「止め…止めてくれ……なんだ…何が欲しい!?金か?金ならいくらでも…」

「黙れぇエ!!」


 自分にこんな声が出せたのかと思うような、悲鳴のような叫びが喉を突いて出た。

 老人は仰け反るように机によりかかりもはや動くこともできないでいる。


 かざした手の平に、黒く濁ったような色の混じった炎が生み出される。

 炎は渦を巻きながらその温度を増してゆき、魔素に遮られながらもわたしの手をジリジリと焼く。


「ーッ ーッ ーッ」


 息が荒くなり肩が震える。

 目を固く瞑ると失った、奪われた日常の光景が走馬灯のように流れていく。


 わたしは覚悟を決めると仇の顔を渾身の力で睨みつけた。


「うあ゛ぁああああああああああ」













 炎は…放たれなかった…放てなかった…。


「うあ…ああ…あああ」


 炎を握りつぶすようにして消した手がブルブルと震える。

 手をゆっくりと額に当てて震えが収まるのを待つ。


「っ゛!」


 そのまま言葉にならない呻きとも吐息ともつかない声と共に腕を、一閃ふった。


 瞬時に形成された黒い刃が疾り、仇の首がゴトリと床に落ちる。

 崩れ落ちた躯の切断面から流れる血が黒く床を汚していく。


 あまりにも呆気なく、仇は死んだ。


「グランマ…帰ろう…」

「あぁ…帰ろうか…」


 グランマに支えられながら部屋を立ち去る。

 もう泣くことも、何かを考えることも出来ず、ただ、虚しさだけが心を埋めていた。


 □ □ □ □


 すべてが白い空間で女神…ウルスラが申し訳なさそうな、泣きそうな表情で佇んでいる。

 ウルスラの前には怨嗟のような願いを撒き散らす魂が浮かんでいた。


[いやだいやだいやだいやだ]

[なぜ儂が][終わってなるものか]

[許さぬ][許さぬ][許さぬ]

[おぉおおおオオおおおおおオ]


「この世界の法則に従うなら…貴方は本来、シズの魂に“継承”されるのでしょうね」


 ウルスラはその魂をそっと両手で包みこむと、謝罪の言葉を口にした。


「ごめんなさい…貴方の一番の願いは叶えてあげられないわ…だって、シズが嫌がりそうだもの」


 そしてウルスラは祈るようにその権能をふるった。


「せめて最後に安らかな夢を」


 柔らかな光がウルスラの手のひらから拡がり、魂を包み込む。

 やがて…その魂…ナサニエルの魂は形を失い光の粒となって、消えた。


 それを見届けたウルスラはいつもの、とぼけたような顔に戻ると、「やっちゃったー」と天を仰いだ。


「あーあ、生まれて初めて“願い”を拒絶してしまいました…シズの魂とくっついてるからでしょうか?それとも実は拒絶はできたんでしょうか?」


 大袈裟な仕草でガックリと肩を落とすとウルスラはひとりごちた。


「でも、まぁ、シズの為にはこれで良かったのです!…今や私も立派な邪神、我を通すくらい構いませんよね、ね?タナト」


 開きなおったウルスラはもはや会うことは叶わないであろう友神に向け問いを投げかける。


[ようやく気づいたか、間抜けめ]


 …返ってくるハズのない応えが返ってきた気がしてウルスラは、少し微笑んだ。


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