17話 仇

[テラフィナ、今!]

[うん]


 シャンデリアの真下…狙いの位置にローレンスを動かせた。

 テラフィナに合図をして、あえて殺気と魔素を迸らせローレンス目掛け一直線に階段を飛び降りる。

 大鋏の刃を突きだし顔や急所を防御魔法で覆う。


「っぐっう」


 ナイフが防御の薄い腕や足に深く刺さる。

 でも飛び降りた勢いは衰えない。

 わたしはそのままローレンスの懐へと肉薄する。


 テラフィナの切断したシャンデリアがローレンスの頭を直撃するのと大鋏がローレンスの胸に突き刺さるのは同時だった。


 ガシャアアアアアアン


「シズゥ!!?」


 グランマが叫びながら放った魔法の灯りがエントランスホールを昼間のように明るくする。


 ローレンスを落下するシャンデリアに押し込むように全身でぶちあたってやった。

 わたしは、くの字に折れたローレンスの躯の間に挟まるようにシャンデリアに押し潰されたみたいだ。


 シャンデリアがグランマの魔法で横っ飛びにどかされエントランスホールの装飾品をなぎ倒した。

 わたしはローレンスの躯をどかして仰向けにひっくり返る。


「…グランマ…勝ったよ」

「アンタって子は無茶ばっかりして…!」

「……ごめんなさい」


 グランマの差し出す手を取って立ち上がると、ギュッと抱きしめられた。


 ▽ ▽ ▽


「っ痛」


 刺さったナイフを引き抜いて傷を塞いでいく。

 紙一重の勝利だった…本当に強かった。


「グランマ…ジョゼの仇はとれたのかな」


 目を見開いたままのローレンスの躯を見下ろしながらグランマに尋ねる。


「この男は必要なく誰かをいたぶる質じゃないね…やっていたとしても指示されてだろう…ナサニエルにね」

「…そう」


 ローレンスの目に手を当てそっと閉じる…。

 なんとなくそんな気はしてた…最初の一言以外…挑発はなかったから…どこまでも合理的…そんな男だった。


「シズ、傷は?」

「痛い…でも平気…このくらい」

「そうかい…強い子だ」


 残すは…ナサニエル…みんなの…仇…。

 グランマに手を繋いでもらいながら少し足をひきずって階段を一段一段踏みしめるよう廊下を一歩一歩確かめるように屋敷を進む。

奥から感じる微かな魔素。

…ナサニエルの元へ。


 ◇ ◇ ◇


 屋敷内に響いていた音が一際大きなガラスの割れるような音を最後にピタリと止む…。


 どうなった?…どうなったのだ!?

 ええい!ローレンスめ!

 さっさと戻って来ぬか…!


 イラ立ちで無意識に頭に手を当てかきむしっていたようで、抜けた髪の毛が白い筋を手に残している。


 そう時間の立たぬ内に廊下に足音が響き徐々に近づいてくるのがわかった。

 ローレンス…なのか?


「ローレンス!!貴様か!?」


 椅子から立ち上がり扉の前に移動して近づいてくる相手に誰何する。

 張り上げたつもりの声は自分でもわかる程に震えていた。


 返答は無い…足音はさらに近づき部屋の扉の前でピタリと止まる。

 痛いほどの静寂が自室を支配する。

 自分の鼓動の音だけがドッドッドっと体を揺さぶる。呼吸が浅くなり喉が渇く。

 どれほどの時間が経ったか…あるいは10秒も経っていなかったのか。

 静かに扉が開かれ、黒髪の老女と氷の蒼アイスブルーの瞳の少女が姿を現した。


 ◇ ◇ ◇


 扉の前に辿り着いたところでグランマが目線をわたしに合わせて真剣な表情で語りかけてきた。


「シズ…この扉を開けたらナサニエルがいるはずだ」

「…うん」

「ただ…仇を討つ前にアタシに少し時間をくれないかい?少し話があるのさ、ナサニエルとね」

「…うん」

「いい子だ」


 扉が静かに開く。

 わたしはグランマの背に隠れるように部屋に足を踏み入れた。

 中には…白髪を乱した痩せた老人がいた。

 着ている服は豪華なのにその立ち姿はとてもみすぼらしい。

 床についた長細い杖に少し曲がった腰、体は小刻みに揺れ落ちつきが無い。

 目だけがギョロリと舐めるような視線を向けてくる。


 老人はこちらの姿を認めると上ずった、耳の痛くなるような怒声で喚きちらした。


「きき、き、貴様らぁ!誰の許しを得て儂の部屋に入って来たのだ!?出ていけ!今すぐに!」


 グランマは哀れむような目をして感情を殺した声で応じる。


「せっかく訪ねて来たんだ、あまり無下にしないでほしいね」

「何の用だと言うのだ!?くっ…ローレンス!!ローレンス!?」

「死んだよ…アンタの使用人は。今この屋敷にはアンタとアタシ達3人だけだよ、ナサニエル」

「なっなっ…!っ!」


 老人…ナサニエルは絶句し目を見開いている。


「実はアンタに伝えておきたいことがあってね」


 グランマはナサニエルの反応を待たず話を先に進める。


「もう50年程にもなるか…アンタがかつて関係を持ち刺客を差し向けた女…ロクサーヌを覚えているかい」


 ナサニエルは手を振るわせながらグランマを指さし罵る。


「貴様!その黒髪…ロクサーヌか!この売女めが…!よくもぬけぬけと…」

「ロクサーヌは死んだよ」

「なっ!?」


 グランマが幻影を解いた。

 燃えるような紅い髪と鋭い目に圧倒されたのかナサニエルは唾を飲み、二の句が継げなくなる。


「アタシはロクサーヌの姉でカサンドラって者だ…アンタの刺客の相手をしてたのはアタシさ…実のところアンタはとっくに目的は果たしてたのさ」

「……ロクサーヌが死んで…いた…だと?」


 ナサニエルは困惑した様子で自分の手を見つめている。


「……誰が悪かったなんて話はもういいんだ…娼館に来たアンタも…子を産んだロクサーヌも…復讐の為ロクサーヌを名乗ったアタシも…みぃんな悪かった」


 懺悔をするように重い口調でグランマは語り続ける。


「アタシらはね、気にしすぎたのさ……たしかにロクサーヌもクラウスも…そしてこの子も…アンタには燻る火種だったろう…だがそっとして置けば消えちまう程度の火種だった。それを皆が気にして気にして気にして逆に大火にしちまったのさ」

「……子供」


 ナサニエルがわたしを初めて注視した。

 蒼い瞳同士が交差する。


「大火はこの子の大切なものを焼いちまった…文字通りに…そしてこの子の心も燃えちまった」


「だからね」とグランマはわたしの背中に手を添え、わたしに頷きながら背中を押した。


「ナサニエル、アンタは死ななきゃならない…この子に討たれなきゃならない…この子を焼く火を消す為に」


 そうして、ついに、わたしは仇と対峙した。

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