15話 使用人
「シズ…大丈夫かい」
「……平気」
たくさん人を殺した…吐き気がこみあげる…でも、もう後には戻れない。
それにまだ本当の仇が残ってる。
[ウルスラ…できるだけ…安らかに逝かせてあげて]
[はい…それが私の役目ですから]
手を下しておいてこんなことをウルスラに頼んでしまうわたしは何様なんだろうか……。
でもこうでもしないと…大切なみんなを死なせたやつと同じになる気がして嫌だった。
[テラフィナ…権能は?]
[だいじょうぶ…さっきのひともこわがっていたから]
テラフィナの権能と〖慈悲の刃〗は相性が良かった。わたしの潜在的なトラウマから造り出されるからだろう。
初めて使ったときより速く、大きな刃を生み出せた。
大勢の騎士達とまともに接近戦は出来ないだろうと、グランマに作戦を立ててもらったけれどなんとか上手く行ったようだ。
「あとはナサニエルか…」
「……ううん、もう1人いる…すごく強い」
中庭の先に見える、本邸とそう変わらない大きな離れからは強い魔素の持ち主がこちらの様子を窺っているのが分かる。
「どのくらい強そうだね」
「…クレアさんより強い…かも」
「アタシと比べたらどうだい?」
「グランマの方が強い」
わたしが即答するとグランマは「なら大丈夫だ」と頭を撫でてくれた。
「さあ征こう、仇を討つんだ」
「…うん」
◇ ◇ ◇
ふむ…前騎士団長達は全滅してしまいましたか…。
それに黒髪の老女に蒼い瞳の子供…まさか件の張本人が直接乗り込んで来るとは思いませんでしたが、案の定、傭兵団も失敗したようでございます。
視力強化を解いて窓を覗いていた視線をチラリと雇い主の老人に動かす。
椅子に座り手に顎を乗せ落ち着きなく足を揺さぶっている老人は私の視線に気づいたのか、苛つきを隠すことなく怒声を張る。
「ローレンス!傭兵はどうした!?あの女と子供はどうなったのだ!?」
……ここへの襲撃はまだ伝えておりません。
どのみち今日の内に傭兵に支払うハズだったインゴットを頂戴してこの老人の元を立ち去る心積もりでしたが…さてどうしたものか…。
想定以上に報復が早く立ち去るタイミングを逸してしまいました。
安全策としてはこの老人を捧げてその隙に退散するのが良いのでしょうが…見逃してもらえるか怪しいところでございます。
騎士団長含めそれなりの実力のある騎士達を瞬く間に鏖殺してしまうとは恐ろしい子供も居たものです。こちらの視線にも気づいていた様子でもありました。
この老人の兄とその妻を事故に見せかけて始末するよう依頼されたときからの付き合いでしたからかれこれ50年近いでしょうか?
色々無茶も言われましたが支払いは良かったので従っておりました。ですが今回の件はお咎め無しとはならないでしょうから…まぁ…金の切れ目が縁の切れ目でございます。
…そうなりますと…迎え撃って特別報酬でもせびりましょうか。
最後の大仕事と参りましょう。
「ナサニエル様、襲撃でございます。騎士達は全滅いたしました」
「なんだと!!?」
「私が迎え撃ってまいりますので、この部屋から離れられませぬようお願いいたします」
「な!待て、待てローレンス!!儂は誰が護るのだ!?ローレンス!!」
返事をせずに素早く部屋を出て後ろ手にドアを閉めます。
あの裏返った怒声だけはついぞ好きになれませんでしたね。
ではお客様をお出迎えしましょう。
◇ ◇ ◇
正面の扉を開くと広い空間だった。
グランマが「無駄に広いエントランスホールだ」とぼやく。
天井に吊られた華美な装飾のシャンデリアに並べられた無数の魔星石が綺麗にカットされて淡い光を放っている。
ホールの中心には長い階段が伸び、踊り場のところで左右に別れている。
踊り場の壁には大きな肖像画が飾られていた。
「ナサニエル…」と忌々しげに呟くグランマの声に重なり、誰かが階段を降りてくる音がコツコツと静かなホールに響く。
階段を見上げると左右に別れた右側から使用人服の男が降りてくる。
初老に差し掛かったくらいに見える鋭い目付きの男だ。
グレーの髪はオールバックに撫で付けてあり一房だけが目にかかっている。
男は踊り場まで降りてくると丁寧に腰を屈める。でも鋭い目線はこちらから外さないままだ。
「いらっしゃいませ、お客様。私はローレンスと申します。ご用向きをお伺いしましょう」
「…仇をうちに」
わたしはグランマの隣から一歩前に進み男と目を合わせた。
グランマは静かに佇んでいる。
姿勢を元に戻すと使用人服の男…ローレンスは少し意外そうな顔になる。
「あぁ、見覚えがあると思いました。ジョセフィンドお坊ちゃまをつれていったお嬢さんでございましたか」
ジョゼの名前に感情が揺さぶられ大きな声が出てしまう。
「ジョゼを!ジョゼをあんな目に…ジョゼを殺したお前たちを…ナサニエルを許さない!」
「そうでしたか…ジョセフィンドお坊ちゃまはお亡くなりに…」
ローレンスはわざとらしく目頭を抑えかぶりを振ると、少し微笑んで聞き捨てならない事を言った。
「ジョセフィンドお坊ちゃまをいたぶったのは私でございます」
「お前えぇええええ!!」
わたしは怒りのままにローレンスに向かって踏み込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます