14話 袋の鼠

 貴族街を越え、一番奥の公爵家の屋敷を眼下に見下ろしながらグランマは壁の高度を下げていきゆっくりと地面に降り立つ。

 屋敷の門の前には、領主様と騎士達が並んでおり、こちらを見据えている。


「領主様自ら出迎えとはね…アタシ達も偉くなったもんだ」


 グランマの皮肉には反応せず領主様は淡々と告げる。


「父上…ナサニエルは本邸の裏の別邸にいる、中庭を渡った先だ」

「なるほど…家の為に親父を差し出すか…実に御貴族様らしい」


 やっぱりグランマの皮肉には反応せず言うべきことだけを言うつもりのようで、領主様は口調を変えずに告げる。


「我々は東の離れに行く。家族達も近衛騎士の護衛と供にそこにいる。他の騎士達は全員、詰所と火災の援助に出払わせた」


 一旦、言葉を切ると少し言いにくそうな口調に変わる。


「ただ…前騎士団長をはじめとする一部の騎士が父上の護衛に残っている、30名程だ……そして…この者達の一部が本来北西の外壁の見張りについているハズだった」

「…っ!」


 …そいつらのせいで…!


「ふぅん…アタシ達に膿を出させるってことかい…イイさ…やってやるよ」

「……やる」

「…では、我々は行かせてもらう」


 領主様達は門を開け放つとゆっくりとした足取りで去っていく。騎士の1人はこちらに注意を向けたままだ。


「ふん…警戒しなくても後ろから攻撃なんてしやしないよ…さて…シズ、もう後には引けないよ…アタシはできるだけ手を出さない…アンタが仇を討つんだ」

「うん…大丈夫…わたしがやる」


 わたしとグランマは門をくぐり屋敷の敷地内に足を踏み入れた。


 ◎ ◎ ◎


「団長、ほ…本当に来ました!」

「ローレンスの言った通りか」


 屋敷の門が見える位置に鎧を身に付けた騎士が数名、建物の影に隠れるようにして見張っている。


「今晩、裏街の売女に大規模な攻撃を行うゆえ、場合によってはナサニエル様に対し報復にくる者が現れると聞いていたが…」

「あれは…黒髪の老女と子供ですね…」


 騎士のリーダー格らしき壮年の男は驚いた声をあげる。


「何!?間違いないか!?」

「えぇ」


 壮年の男…前騎士団長は口に手を当て周囲に聞こえぬよう小声でひとりごちる。


「そうかそうか…もしかするとそやつ達がナサニエル様の言っていた売女と子供やも…」

「団長?」

「何でもない…よし包囲して捕らえる。残りの者に伝えよ。中庭で仕掛けるぞ」

「わかりました」


 騎士達は慌ただしく動きだす。

 すでにその居場所を知られているともしらずに。


 ◇ ◇ ◇


「グランマ…あっちにいる…あ、動きだした」

「ふむ…どっちに行った」

「……あっち」


 わたしは指を指しながらこちらを探っていた者達の魔素を追っていく。

 こちらから姿が見えてなくても一度意識を向けられればそこに乗った魔素でだいたい位置は分かる。わたしの特技だ。


 グランマは門をくぐる直前に髪の色を幻影の魔法で黒くして、見た目も歳を取ったようにしている。「ちょっとした小細工だよ」らしい。


「…屋敷の中央か、中庭があると言ってたね」

「うん……たくさんいる」

「…シズ、耳を貸しな」


 グランマはわたしに作戦を伝えてきた。

 ……多分、できると思う。


「できそうかい?」

「大丈夫…やる」

「よし、なら行こう」


 ◇ ◇ ◇


「来たぞ…」


 屋敷の間を通り中庭に黒髪の女と子供が現れる。

 このまま真っ直ぐにナサニエル様のいる離れに向かうつもりだろう。

 ちょうど中庭の中心に差し掛かったところで、屋敷の中や柱の影から一斉に配下の騎士が取り囲む。


「そこで止まれ、賊め。もう逃げられんぞ」


 老女と子供はその場でピタリと足を止め首を巡らせる。


「貴様らが来ることは分かっておったわ…大人しく捕まるがいい」

「大の男がこんな年寄りと子供を大勢で囲って…それでも公爵家の騎士かい?」


 黒髪の老女が生意気な事をいう。

 嘲笑ってやりながら騎士達に包囲をせばめさせる。


「袋の鼠ということが分からぬか…売女」

「おや?窮鼠猫をかむって言葉を知らないのかい?…もっとも…」

「捕らえよ!!」

「鼠はアンタ達だがね」


 騎士達がさらに包囲をせばめた瞬間、女達の姿がかき消え、騎士達の周囲に黒い壁が展開される。


「なにぃ!?」


 1人包囲の輪から外れており、寸前で飛び退いた私以外全員が黒い壁で出来た箱の中に捕らわれてしまう。


「な…うぐ…壁が」

「ぐお…息が…」


 壁が狭められ騎士達は押し潰されるように満足に動けなくなる。

 壁の上にわずかに影が落ちる。

 ハッとして上を見ると黒髪の老女と子供が宙に浮いており、さらには巨大な黒々とした刃が壁の真上で黒く可視化するほどの魔素を纏わせながら浮かんでいた。3枚も。


「さよなら」


 黒刃が落ちる。

 ダン、ダン、ダンと中庭の地面を割りながら、刃は騎士達を捕らえていた箱ごと30名全員の命を一瞬で断ち切ってしまった。

箱が消え去った後には断ち割られた死体の山が築かれている。


「1人残ったか…」

「…うん」


 老女と子供が降りてくる。

 剣の間合いには、かなり遠い。


「ききき…貴様らぁ!このようなことをして許されるとでも……あヒっ」


 言葉を遮り容赦なく魔法の刃が飛んでくる。

 なんとか剣に魔素を纏わせて弾く。

魔法を放った子供の瞳は氷のような蒼さで冷たく突き刺さるようにこちらを睨み付けている。


 子供がこちらに近付きながら魔法の刃を次々と飛ばしてくる。

 剣で弾き損ねた刃が鎧を掠めていくが鎧を切り裂く程ではないようだ。


「嘗めるな!」


 全身を防御の魔法で覆い、低い姿勢で一気に踏み込み、間を詰め剣を振りぬく。私とて騎士団長を務めた身…こんな子供に負ける程柔ではないわ!


 だが、子供を逆袈裟にせんと振り抜いた剣は虚しく空をきる。

 なんなのだ…これは…!?

 一体、なにがおこっている!?


 …子供は降りてきた位置から全く動いていなかった。

 少し上を向いた視界の端…黒い刃が剣を振り抜いた体勢の私の上から振ってくる。


 最期に私は…体を真二つに断ち切る刃の落ちるダンっという音を聞いた。



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