13話 南征
◎ ◎ ◎
領都エルドスートの南側。貴族街。
領主の公爵の屋敷を中心に従属貴族の屋敷や騎士達の住まいが建ち並ぶ、領都においてもっともきらびやかな場所だ。
かつて冒険者達の台頭により、貴族と平民のパワーバランスは大きく崩れた。
保有兵力の少ない下級貴族達は反乱を恐れ、領地の近い上位貴族に庇護を求めた。
冒険者達の台頭に危機を感じた上位貴族達もまた事態を重く見ており下級貴族達を受け入れ領地を併呑した。
それにより大貴族と幾つかの従属貴族という現在の統治体制が生まれ、いまでは大貴族の領都に従属貴族は住居を構え、代官を自領へ派遣するという形へ落ち着いている。
そんな貴族街の最奥、エルドストラ公爵邸に向けて血相を変えて移動する者達がいた。
領主アレクセイ・エルドストラ、領都騎士団団長フェルナンド・エルドストラ及びその近衛騎士達である。
◇ ◇ ◇
「領主様!団長!あんなことを許して良いのですか!?あれは…あきらかな反逆宣言です!なぜあの場で処断をしなかったのですか!?」
騎士の1人がそう憤る。たしかにそれが正常な判断だろう…あの魔女が相手でなければな。
「黙らんか!あの女性が本当にカサンドラ…赤刃の魔女だとするなら…我々は特級冒険者の逆鱗に触れたということだ!あの場で仕掛けたなら死んでいたのは我々だ!貴様は兄上…領主様の命を失う責任が取れるのか!」
「特級!?」
若い騎士では知らないのも無理はない。
私も兄上から注意すべき冒険者や傭兵について聞かされたゆえ知っているだけだ。
「…カサンドラ…50年ほど前…ある魔域より発生した
難しい顔をしている兄上に話の水を向ける。
「あぁ…彼女が父上を殺すといったならそれは為される。我々がすべきことは我が領地への影響を最小限に抑えることだ」
兄上が答えるがまだ納得のいかない様子の騎士が言葉を重ねる。
「ですが領主様…その後はどうなされるのですか?反逆者を野放しにしていては公爵家の沽券に関わります…」
「それも含め、影響を最小限にするのだ…彼女を討伐するには同等の実力者を差し向けるしかない…数で挑んだところで氾濫を単独で鎮圧できる彼女にはまるで意味を為さない…暗殺は…」
兄上はそこで「フッ」と小さく笑う。
「暗殺は父上が40年かけても成功していないのだ…もはや我々にはどうにもできんよ。彼女が今まで動かなかったのは彼女の良識と冒険者の掟があったからに過ぎん。その鎖を父上が此度のことで壊してしまったのだ」
そうして話すうちに一団は屋敷に到着した。
「フェルナンド、お前は騎士達をまとめ、詰所まで行かせろ。屋敷の敷地内には残すな。それが終わったら離れに来るのだ。
近衛騎士は私と家族達、使用人達の護衛だ。いまから全員、離れに集まらせよ。魔女はすぐに来るぞ、急ぐのだ!」
「「ハッ!」」
◇ ◇ ◇
「またこいつを着けることになるとはね」
グランマは真っ赤な生地に金や銀の糸で刺繍のしてあるローブを纏っている。
刺繍は魔刺繍といって糸状に加工された魔鉱で刺されていて魔素を通すことで様々な効果を発揮する。
このローブはグランマの冒険者時代に使っていたもので生地自体が蜘蛛の魔獣の糸から織られた強靭なもの。さらに魔刺繍により強力な物理、魔法耐性が施してある。
わたしもグランマからもらった黒革のコートに服も魔獣素材の動きやすい服。さらにグランマのローブと同じ刺繍のしてある首元まで覆うケープを上から着けている。
「準備はできたかい、シズ」
「うん」
わたしとグランマは戦装束に身を包み、屋敷の門の前に立っている。
門の前にはお屋敷の面々がズラリ並んでいる。
「はぁ…知らないふりをしろとアタシは言ったんだが?」
「みんな…」
「まぁいい…もしアタシ達が帰らなかったら…」
「「お早いお帰りをお待ちしております」」
グランマがいいかけたところで屋敷の面々が遮るように合唱する。
ジェフさんが進みでてグランマをハグした。
「ハニー、ちゃんと帰ってきておくれよ」
「……わかったよ」
「シズちゃんもだ、ちゃんと帰ってきて朝ごはんを食べよう」
「…うん」
ジェフさんを皮切りに屋敷の面々みんなが無事の帰りを祈ってくれる。
「「征ってらっしゃいませ、マダム。シズ様」」
「征こうか」
「うん」
グランマの出した壁に乗り、一直線に南へ飛ぶ。
絶対に仇をとって…みんなのところに帰るんだ。
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