12話 領主
騎士達の大半はやってくるとすぐに崩れたスラムへと走り救助に加わっていった。
残った10名ほどがわたし達の方へやってくる。
「色街のロクサーヌ殿の関係者と見受ける」
40歳前後に見える威厳を感じる男性が口を開く。
グランマはさっとクレアさん、カルロスさんに目配せをする。クレアさんがわたしの肩にそっと手を置いた。
「あぁそうだよ……領主様」
「…!」
この人が…!領主…!
飛びかかりそうになったところでクレアさんに肩をぐっと押さえられた。
クレアさんを見やると首を横に振っている…。
「此度は火災への迅速な対処、大変助かった…礼を言わせてもらう」
「…なにが迅速なもんかね…この有り様が見えないのかい?」
グランマが皮肉るように焼けたスラムを示す。
騎士の1人が「領主様に…無礼な…」と憤るけれど、一番豪華そうな鎧の騎士に窘められる。
「それで遅れてやってきた領主様はアタシ達に何の用だね?」
「…貴女達の長、ロクサーヌ殿に会わせてもらえないだろうか?此度のことで話がしたい」
ハハハ、とグランマは乾いた笑いを漏らすと「そいつは無理な相談だね」とあしらってしまう。
「それは…何故だね?」
「アンタ方の探してるロクサーヌってのは…アンタの親父が殺そうとしてる女だろう?」
「……いや違う」
「違うもんかね!散々刺客を差し向けて、挙げ句の果てが焼き討ちかい?ふざけるんじゃないよ!!」
グランマはカルロスさんから魔金のインゴットを受け取り領主様の足元に投げつける。
「傭兵団の支払いにはこいつが使われてた!おまけにスラムへの襲撃は外壁の上からだ!アンタの家の関係者じゃなきゃそんなことはできんだろう!?」
「…状況はよくわかった。こちらでも調査をさせてもらう」
グランマの剣幕にも怯まず領主様はしっかりと目を合わせて応じる。
「調査、調査、調査!どうせ具体的な証拠は出なかったで済ますつもりだろう?実際、明確な証拠は出ないようにしてあるだろうさ!……だがもうダメだ…あの男はやっちゃあならんことをした」
グランマはそこで一呼吸置くと底冷えのする冷たい声で言い放った。
「ナサニエルは殺す。今から殺しにいく」
「なっ!?」
さすがの領主様も騎士達も言葉を失ったようだ。
「シズ、行くよ」
「うん」
領主様達の脇を抜け、歩きだしたところで、領主様が切迫した表情で慌てて呼び止めてくる。
「ま、待て!貴女達に大義名分があるのはわかった!私とて我が父に瑕疵があるのはわかっている!だがそれは反逆罪になるぞ!この場でのことは聞かなかったことにする、一旦矛を収めてくれ!父上の罪がはっきりすれば国に報告し、しかるべき裁きを…」
領主様の話の途中でグランマは足を止め、向き直るとわたしの頭を撫でる。
「シズ…“瞳”を領主様に見せておやり」
「いいの?」
「あぁ」
わたしは瞳に纏わせていた幻影を解いた。
透き通った蒼い瞳で領主様達を睨み付ける。
「な…その子供は……!」
「そういうわけさ…反逆なんてとんでもない…ただのお家騒動だよ、アンタらの大好きな、ね」
領主様達はまた言葉を失っている…でもその1人…一番豪華な鎧の騎士が漏らした言葉をわたしは聞き逃さなかった。
「…ジョセフィンドは…やはり…」
「ジョセフィンド……ジョ、セ?ジョゼ!」
グランマが止める間もなくわたしはその騎士に詰め寄っていた。鎧の飾りを掴んで、背の高い騎士の頭を無理やり下げさせる。
「シズ!」
「お前達!剣は抜くな!」
グランマと騎士の声が重なる。
騎士達が剣に伸ばしかけた手を止める。
「ねぇ!ジョゼは!ジョゼはあなた達がわたしを探させる為にスラムに寄越したの?
どうなの!?答えて!」
「…ジョセフィンド…ジョゼと名乗っていたのか……おそらくはそうだ…我が父がそうさせた…ジョセフィンドは一度我が家に戻ってきたようなのだが…今はまた行方がわからない」
ジョゼ…じゃあやっぱりジョゼもわたしのせいで…。
「…ジョゼは…死んじゃったよ…」
「っ!」
「裸にされて…いっぱい叩かれて…ぼろぼろにされて…ねぇ、誰がジョゼにあんなことしたの…?答えて、答えてよ、答えてよ!!」
「…………すまない」
…この騎士や領主様は…そこまで悪い人じゃない…じゃあジョゼも……ナサニエルって奴が…。
騎士から手を離して、グランマの元に戻る。
「グランマ…もう大丈夫…」
「そうかい…少し落ち着きな…」
「…うん」
「クレア…シズを一度屋敷に…着替えさせてやっておくれ」
「わかりました。シズちゃん、行きましょう」
「…うん」
わたしはクレアさんに手を引かれグランマの屋敷へ帰ることになった。
…みんな……仇はわたしが討つから…。
◇ ◇ ◇
さて、アタシも一度戻るとするかね。
だがその前に……
「あぁ、そうそう領主様」
「……何だね」
「アンタ達のお探しのロクサーヌって女はね、とっくの昔に死んじまってるよ」
「!?…どういう、ことだね?」
領主様は困惑した様子だ。ま、無理もないか…。領主様も当時はまだ子供だったんだからいくら賢くても状況がわかることはないだろうしね。
「そのままの意味だよ。ロクサーヌは40年以上も前に死んだ。そこから先、ロクサーヌを名乗ってたのはアタシだよ」
「では貴女が色街の女傑…だが貴女はどう見ても、30代にしか見えない。貴女は一体何者なのだ…?」
「アタシかい?アタシはロクサーヌの姉でカサンドラってもんだよ。歳はロクサーヌが死んだあの日から取らなくなっちまってね……ま、見た目だけ若い78の婆さんさ」
「カサンドラ…赤い髪…まさか赤刃の魔女!?」
「ほぅ、良く勉強してるじゃないか…冒険者としては随分活動してないんだけどね」
領主様は目を見開いて大層驚いてるようだね……ま、アタシも昔は色々と暴れたからね。
「ま、知っているなら話が早い…その魔女がアンタの親父を殺しに屋敷に乗り込む、愛弟子と一緒にね。1時間後だ…邪魔をしたり、あの男を逃がそうなんてしてみな…何人死ぬかわからないよ」
さて、忠告だけはしてやった。
あとは何を喚こうが叫ぼうが知ったこっちゃないね。
領主様に呼び止められるが無視をしてそのまま壁に乗って色街の屋敷に向かう。……クレアとシズに追いついちまった……あとは歩いて帰るかね……。
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