11話 慟哭

「……シ…ズ」

「っ! アマンダさん! アマンダさん!」


 へたり込んでいたわたしに声が届いた。

 アマンダさんの声だ。息を吹き返した!

 必死で這い寄ってアマンダさんの手を握る。

 アマンダさん達は…魔法が使えない…魔素の循環は効果が薄い…わたしに治癒の魔法が使えたら……わたしはまた…大好きな人達が傷ついて…また…失いそうになってるのに…どうして何もできないの?

 アマンダさんの手を握るだけでわたしはなにもできない…。

 やだよ…こわい…いなくなっちゃやだ……。


「……うちの……人達は?」


 答えることができない……みんな……息をしてなくて……アマンダさんは無言で震えるだけのわたしに手を伸ばして頬を撫でてくれる。


「……そうか……い……でも……シズが無事で……良かった」


 それだけ言うとアマンダさんの手はわたしの頬を離れ力なく落ちてしまう。


「あ…あ…アマンダさん! アマンダさん! や…やだよ…死んじゃやだ…! アマンダさん!……お母さん!!」


 起きてよ! また叱ってよ…!

 やだよ…! お母さん……お母さん!


「ウルスラ! テラフィナ! 助けてよ!わたしを助けてくれたみたいに……! みんなを助けてよお!!」

[シズ……私は……]

[しず…ごめんね…こわいことしかできなくて…ごめんね]


「うぁ…あ、あ、ああああああああ! あ゛ああああああああああ!!」


[…しずのこわいのが…あふれてる…]

[テラフィナ…………死に行く者の願いを叶えます…あなたも権能を]

[…うん。しずのなみだを……あめに]


 わたしの慟哭に応えるように黒雲が沸き立ち街を覆っていく…降りだした豪雨はわたしと一緒に泣いてくれているのだろうか?

 どんどんと強くなっていく雨はわたしの大切なものを壊した炎を消し去ってゆく。


 泣いて、叫んで、泣いて…気づけば、いつの間にかグランマに抱きしめられていた。


「あ…グランマ…うぁ、お母さんが…お父さんが…お兄ちゃんが……」

「シズ……」

「……どうして…わたしの大切な人はいなくなっちゃうの…?」

「……」

「…グランマたちもいなくなるの?」

「っ!いなくなるもんか!アンタを独りにするもんか!」


 しばらくグランマの腕の中で泣き続けていたら雨は止んでいた……わたしの涙も止まっていた。

でも空は、まだ厚い雲に覆われて星のあかり一つすら見えなかった。


 □ □ □ □



[あなたの最後の願いはなんですか?]

[あたしの……願いは…………]




 ▽ ▽ ▽


「…私がついていながら…申し訳ありません!!」

「…仕方がない…とは言えないね…アタシももっとスラムに人を配置しておくべきだった……外道の考えを見抜けなかったアタシの過ちだ」



 クレアさんが戻ってきていたみたいだ…。

 スラムには他に4人、襲撃者がいてクレアさんが火の魔法を放ちながらバラバラに逃げるそいつらを倒してくれたらしい。


「……敵は最初に、外壁の上から火を放ってきました」

「通常なら見張りがいるはずだね……騎士の。カルロスが捕えた傭兵を尋問してるが……相手が誰かなんてのは最初から解ってるようなものか」


 わたしはグランマとクレアさんの間に挟まれてわたしの家があった辺りの場所にいる。

 襲撃者がまだいるかもしれないからだ。

 アマンダさん達の躯は布がかけられてすぐそばに安置している。

 色街にも襲撃があって娼館が燃やされたけれどグランマ達が制圧して、火事も大雨ですぐに消し止められたそうだ。


 今はブルーノさんとエミリアさんが瓦礫をどんどん動かして、クランの若手の人が下敷きになった人を運びだしている。

ギルドからやってきた冒険者達も加わり救助活動が速やかに行われている。

 火は消えたけれどまだ大勢、崩れた建物の下に取り残されているからだ。


 ただ……火事に巻き込まれた人の生存は絶望的だそうだ。

 スラムも7割以上の家が焼けてしまった。

 襲撃者は手当たり次第に火をつけて回っていたそうだ……どうしてそんな酷いことができるの?


「お嬢! マダム!」


 カルロスさんが息を切らせてやってくる。

 わたしを見つけてほっとした顔だったけど、すぐに辛そうに顔をしかめる。


「よかったお嬢……無事だったか」

「……うん」

「……アマンダさん達は?」


 カルロスさんはわたしが首を横に振ると「くそぉ!」と声を絞り出すようにした。


「捕えた男は?」

「……全部吐かせた」

「聞かせな」

「いや……お嬢は……」


 カルロスさんはわたしを見て逡巡する。


「カルロス……この子の仇だ。シズ、一緒に聞くんだ」

「……うん」

「……わかったよ。襲撃者は“火蜥蜴の舌”って傭兵団だ。そこそこ名の知れた傭兵団だな、悪い意味でだが。大規模な盗賊の討伐なんかの依頼を主に受けていたようだが人質もろともに焼き討ちをかけるようなことを平気でするような輩だ」


しかめ面でカルロスさんは話を続ける。


「この街には依頼の為にわざわざやってきたようだな。その依頼っていうのが……マダムとお嬢の殺害だ。依頼人は仮面で顔を隠した老人と従者。これだけなら誰かまでは確定しないところだが……前金としてコイツが支払いに使われたそうだ」


 カルロスさんは金のインゴットを取り出した……すごい魔素がこもってる。


「魔金のインゴット。これだけで白金貨100枚はする代物だ。成功報酬でさらに3つ、こいつが提示されたらしい。これだけ支払えるやつは限られてくる」


「そして決定的なのが…城壁の騎士の配置を変えておくことを依頼人側から提案されたってことだ…これだけ情報が出揃えばもう十分だ…依頼したのは、この街の前領主…公爵ナサニエル・エルドストラで間違いないだろうな」


 ナサニエル・エルドストラ……そいつが、みんなを……!


「どうする?現当主にでも直談判するか?それとも冒険者ギルドにでも…」

「わたしが!わたしがみんなの仇をとる!」


 カルロスさんの提案を遮って声を張り上げる。わたしが…やらなきゃ…だって…みんな…わたしのせいで…わたしが狙われたから…!


「お嬢…! そりゃ無茶だ!」

「シズちゃん…危険過ぎますよ!」


 カルロスさんとクレアさんは慌てたようにわたしを諌めようとする。


「……シズ、本気かい?」

「…本気」

「わかった、アタシも行こう」

「マダム! 正気かよ!?」

「マダム!」


グランマは感情をあらわにする。

わたしと同じように声を張り上げる。


「アタシがもっと早く殺していればよかったんだ! アタシならそれができた! やらなかったのは所詮は保身の為だ! それが! こんな……こんなことになっちまったんだ! もうあの男を生かしておいちゃならないんだよ!」

「…マダム……」

「マダム…本気なんですね」

「あぁ…アタシとシズだけで行く…他の奴は知らなかったで通しな」


グランマも…グランマも許せないんだね……ナサニエルが……そして自分自身が。


 わたしとグランマが決意を固めているとザッザッと規則正しい足音がする……あれは…騎士だ。

 

騎士達が大勢スラムにやってきた…。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

挿し絵

慟哭


https://kakuyomu.jp/users/Yutuki4324/news/16818023213155991310

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