10話 魔女

 ◇ ◇ ◇


 光弾による信号…聞いちゃいたが対応が早い……!

 混乱の内に屋敷に奇襲をかけるつもりが到着前に信号が背後で打ち上がっちまった。

 おそらく襲撃を知らせるものか……。

 あとはもう時間との勝負…標的が屋敷から逃げ出す前に襲撃をかける!

 幸い火事への対処に人を取られているようで屋敷へ人が集まる様子は無い。


 少し先に見える屋敷の前には2人…おそらくは護衛…標的はこれから屋敷から逃げるつもりか?こういう場合は裏口からじゃねえのか?


「〖火球ファイアボール〗を撃つぞ!射程に入ったら構わずぶっ放せ!」

「「うす!」」

「投擲班は追従して火粘瓶を投げ込め!」

「「うす!」」

「護衛の連中もろとも屋敷を焼き尽くしてやれ!」

「「おう!」」


“火粘瓶”はフレイムエスカルゴの粘液を詰めた瓶だ。炎に反応して爆発的な高温を発するくせにベッタリと貼り付いて確実に標的を焼く。扱いには細心の注意が必要だが俺達なら耐火服に纏わせるような使い方もできる。

 長年愛用してる小道具だ。


 こいつと火の魔法を使うことで目標地点を火の海にして耐火服を着た俺たちだけは自由に動く。

 この耐火服は火山系魔域に生息するラーヴァゲコの皮製。溶岩の中でもしばらく活動できるって代物だ。火と熱への耐性は当然、物理攻撃にも強い防御力を持つこいつは生半可な攻撃じゃかすりキズすら負わねえ。


 屋敷まではまだ100mほど距離がある。

 50mまでは近づきたいな…あと数秒で一斉攻撃の合図を…


 ヴン


 耳元を何かが通りすぎる。

 目線を走らせると真横を走っていた団員の格好がおかしいことに気づいた。

 頭が半分なくなり低くなった身長のまま並走していたそいつは数歩目で頭の中身をこぼしながら倒れた。

 ギョッとして視線を前に向け直すと………

 無数の赤い刃がまるで鳥の群れのような有り様で俺達に向かってくるところだった。


「防御魔法だああああ!!」

 団員が防御魔法を展開するのに数瞬遅れ赤い刃の群れが殺到する。


 まるで嵐のように吹き荒れる刃の群れは断続的にヴガガガガと音を発生させながら防御魔法を削り取り、防御からはみ出した体の部位を削ぎとっていく。


 嵐が過ぎた後…立っていたのは俺だけだった……。

 周囲一面が撒き散らされた血と肉片と割れた瓶から流れた粘液でドロドロだ。


 くそがああ!!話が違うじゃねえか!!

 あんな…あんな化け物が護衛についてるなんて聞いてねぇぞ!!


「〖火蜥蜴召喚コール・サラマンダー〗!!」


 周囲に撒き散らされた粘液へと火を放つと着火した粘液はボコボコと大きく膨れ上がり巨大な炎の塊になる。

 その炎に大量の魔素を注いで意思を与える。

 炎は巨大な蜥蜴の形状をとり、俺を守るように侍る。

 …俺の隠し球をまさか逃げる為に使わざるをえねえとは……。


 追撃はまだ来ない…生け捕りにするつもりか?


「火蜥蜴!あいつらを焼き殺せ!屋敷もろともだ!」


 自立して行動する超高温の炎の塊…コイツをけしかけている隙に俺は逃げさせてもらうぜ…!



 ◇ ◇ ◇


「マダム…尋問するんだからちゃんと生かしといてくださいよ」

「黙りな、カルロス…わかってるよ。すぐに終わらせる」


 完全にキレたマダムを相手に回すなんて敵ながら同情するぜ……当然の報いだがな。

 スラムの方からも煙が上がってる。今しがた信号も上がった…マダムが一番行きたいはずなのにここで戦ってくれている…。

 絶対にこいつから情報を引きずり出す…!


「どれ…こうかね…」


 マダムが魔素を操ると炎を撒き散らし迫っていた炎の蜥蜴が赤い壁に進路を阻まれ衝突して動きを止める。さらに囲うように出現した赤い壁に蜥蜴は閉じ込められる…これは……お嬢の“箱”か!

 箱はそのまま小さく縮まっていき蜥蜴を押し潰していく。

 手のひら程のサイズまで小さくなると炎の蜥蜴はポンと小さく爆発してあっけなく消えた。

 さらにマダムが逃げた男へ手を差し向けると出現した壁が背を向けて逃走に移っていた男を追っていきそのまま囲うようにして捉えた…どんだけ距離があるんだよ…あきらかに200m以上離れてたのにこの精度…これで全盛期じゃないんだよなぁ…この人…。


 男はそのまま俺達の前まで運ばれてくる。

 ドンドンと壁を叩いてなにか喚いているようだがびくともしない。


「まだ活きがいいね……ま、口がきけりゃいいだろ」


 箱が動いてちょうど人の形に変わるとそのまま四肢の部分だけがさらに縮んでいきメキメキと男の四肢が潰される。

 醜い叫び声はマスクと壁に阻まれてあまり響かなかった。


「生きてりゃいいってもんでもないんだけどなぁ…」

「あとはそっちでなんとかしな、アタシは行く」


 箱からベシャリと男を落とし、マダムはそのままスラムにすっ飛んで行った…。


 さて…俺も本当はお嬢のとこに行きたいが…自分の仕事をするとしよう。

 俺は気絶した男を担ぎ上げ屋敷の裏手に向かった。


 ◇ ◇ ◇


「うぐ…」


 なんだここは…俺はどうなった……。

 体が動かねぇ……。


 呻き声を漏らしながらなんとか動く首を持ち上げて体を見やる…な…な…手が…足が…無え!


「ようやくお目覚めかい?」


 声の方向に首を傾けると長身の黒スーツ…屋敷の前にいた男がにこやかな笑みを浮かべ立っておりその横にスーツ姿の女性がいる。


「悪いね、ちょいと手足の状態が酷すぎたんで切断させてもらったよ。切り口はシンシアに治療してもらったから安心してくれ」

「てめぇ! ふざけんな! 今すぐ治しやがれ……くそ!」


 くそが…手足が無くても魔法でコイツを焼き殺して…女に言うこと聞かせて逃げ出してやる…!

 魔法を使おうと魔素を練ろうとしたところで激痛が全身を襲う……。


「あ、ガ」

「やっぱり魔法を使おうとしたか…残念だかちょいと細工させてもらったよ…俺の魔法でな」


 男はそのままポンと俺の頭に手を置く。

 途端、再度激痛が体を襲う。


「あぎゃああああ!!」

「俺は戦闘が苦手でね…模擬戦も最近お嬢に負け越しちまっててさぁ…けど…この手の…相手の体を痛めつけるだけの魔法はクランの誰よりも得意なのさ……」


 男は勝手に喋りながら痛みを与え続けてくる。

 体の中を針が走り回っているみたいだ!


「さてと…あんた傭兵だろ?これから俺が何するかは分かってくれると思うんだが……誰に依頼されたのか、どんな奴だったか…何を依頼されたのか…まぁ洗いざらいしゃべって貰いたいんだよ」


 男が手を頭から離すと痛みが止む……。


「くそ…ふざけ…」


「せっかくあんたみたいな口の軽そうな奴が捕まったんだ…このチャンスは逃したくないんだ…頼むよ。今までの…まぁ俺じゃなくて親父が尋問したやつらなんだけど。そいつらは皆、喋る前に頭がおかしくなっちまったみたいだからさ、口が固いってのも損だね」


 再度、男が頭に手を置く…痛みはまだ来ない……。


「話したくなったら手を…無かったな…あー、首を全力で振ってくれ。じゃあ始めるぜ」


「あぎゃああああああああぎぎぎぎぎ」


 さっきまでの数段強い痛みが体を襲う……こ、こんなの…た、耐えられるわけが…!


「喋る!喋るから!止めて!止めてくれぇ!」

「お、早すぎないか?だらしがねぇなぁ…もうちょっと粘れよ、ほら」

「あぎいいいいいいい」


 そうして俺の心が完全に折れて聞かれてないことまであれこれ喋るようになるまで拷問は続いた……………。



――――――――――――――――――――

挿し絵

赤き刃の群れ

https://kakuyomu.jp/users/Yutuki4324/news/16818023213058101075












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