6話 消える温もり

少し時間は遡り…

◇ ◇ ◇


「ジョセフィンドお坊っちゃま…ナサニエル様がお呼びでございます」


時間は夕方より少し前…ちょうど昨日ボクが人さらいに拐われたのと同じくらい…。

ローレンスさんに手を引かれ、お父様の部屋にやってきた…やってきてしまった。


「ナサニエル様、ジョセフィンドお坊っちゃまをおつれしました」

「…入れ」


ドアをくぐるとお父様がじっとりと湿った目をボクに向けてくる……。


「ジョセフィンドよ……戻ったということは…役目は果たせたのか」

「…はい…お父様…」

「話してみろ」


ボクは…お義父様に促されるままにシズおねえちゃんのことを話してしまう…。


「……そうか…本当にいたか……」


お義父様は目を瞑ってじっと何かを考えている。


…これでボクは…お義父様に…公爵家の一員に認められたのかな…?

それに…シズおねえちゃんも…蒼い瞳はきっと公爵家に関わる者の証なんだと思う…。

もしかしたら……シズおねえちゃんもこの家で一緒に暮らせるのかな……?


「ジョセフィンドよ…ご苦労だったな…後はどこへなりとも行くがよい」

「え……」

「聞こえなかったのか?お前はもう用済みだ…失せよ」

「な…なんで…」

「愚図め…お前はこの役目の為にわざわざ引き取ったのだ…役目が終わった以上我が家に置いておく理由はない。それに書面上既にお前は死んだことになっている…本当に命を奪わぬだけありがたく思え」


あ…ああ…あああ…ボクは…なんで…こんなことに…?


「ローレンス…つれていけ」

「ジョセフィンドお坊っちゃま、どうぞこちらへ」


ローレンスさんが扉の前で手招きしている……ボクはやっぱりいらない子だったんだ……出ていこう……シズおねえちゃんに会いたい……あ……お義父様はなんでシズおねえちゃんを探してたの?公爵家の一員に迎え入れるの?シズおねえちゃんを…どうするの…?


「シズおねえちゃんは…蒼い瞳の子供は…どうするの…?」

「…知れたこと…その子供はな…貴き我らの血と下賎の血の混じった、いてはならぬ子供……始末するのよ、その為に探させたのだ」


シズおねえちゃんを…始末…する?

ボクが…ボクが教えてしまったから?

シズおねえちゃん…シズおねえちゃん…!


「ダメぇ!!」


気づいたらボクはお義父様に手を振り上げて殴りかかっていた。

咄嗟のことだったしお義父様は高齢で杖もついていた。バランスを崩して倒れてしまう。

そのまま馬乗りになりかけたところでローレンスさんに腕を捕まれた。

パキっという音がして痛みが腕を襲う…折られた?


「ぃギッ」


痛みに腕を抑えてうずくまってしまったところにローレンスさんに支えられて立ち上がったお義父様が声を荒げて杖を振り下ろす。


「き…貴様!この愚図め!儂に手を上げるだと!!?引き取ってやった恩を忘れおって!!」


何度も何度も杖が振り下ろされる。背中だけじゃなくて頭にも。


「この!愚図め!愚図め!」


脇腹を蹴られて…お腹を踏みつけられる…


何度も…何度も…何度も…………


◎ ◎ ◎


「はぁ…はぁ…はぁ…ローレンス…捨ててこい」

「畏まりました」


ローレンスと呼ばれた使用人がぐったりと動かない少年の体を手早く白い布でくるむと人目につかないように屋敷を後にする。

やがて“広場”と呼ばれる場所まで使用人はやってきた。既に日は暮れており人はいない。

さらに暗がりの目立たぬ路地に少年を降ろすと着ていた上等な服を素早く剥ぎ取る。

使用人は少し考えたような仕草をした後、少年を再度白い布でくるんで一言…


「ジョセフィンドお坊っちゃま、お勤めご苦労様でございました」


使用人はそう言い残すと足早にその場を去っていった。


◇ ◇ ◇


「ジョゼ!!」


聞こえた…ジョゼの声!行かなきゃ!


ベッドから跳ね起きるとそのまま部屋の窓を突き破って夜の色街に飛び出す。

ガラスの割れる大きな音が響くけど気にしてられない。

二階の部屋からそのまま魔法で足場を作って、手近な屋根に跳び移る。


「シズちゃん!!」


クレアさんの声が後ろから聞こえた。

でも立ち止まってなんかいられない。


[シズ!今の声は…!何故あなたにも聞こえて!?行ってはダメ…あなたは行ってはダメです!]

[黙って!]


ウルスラが頭の中でガンガンうるさい……黙っててよ…ジョゼの声が聞こえない。


ジョゼの魔素は感じない……何処……何処?……何処!?


[…おね…ちゃ…]


また聞こえた……あっちは……広場?

魔素が増えたからだろうか?体は羽根のように軽いのに……気持ちはずっしりと重い。

そのまま速度を上げて広場へと飛び降りる…着地の衝撃に裸足の足がズキリと痛む。


誰もいない暗い広場に明かりを放つ。

広場の隅に…誰か倒れている…あそこは…最初にジョゼを見つけた…


「ジョゼぇ!」


必死で駆け寄りジョゼを抱き起こす…服を着てない…全身…顔も体も痣と傷に覆われて…


「ジョゼ…ジョゼ…いま魔素を循環させるから…」


動かないジョゼの手を握って魔素を通そうとするけど…全然通らない…なんで…なんで…なんで…


「シズ…ね…ちゃ…」

「ジョゼ?」

「ごめ…ね…ボク…逃げ…て」


ジョゼが腫れ上がった目を少しだけ開けて…わたしを見つめる。

声も掠れてて…弱々しい…。


「ジョゼ…大丈夫…大丈夫だから」

「シズ…ね……」

「ジョゼ…何?」


耳をジョゼの口に寄せてなんとか声を拾う。


「ギュッて…して」

「ジョゼ!」


ジョゼの体を全身で抱きしめて寒くないように魔法で暖める…でもジョゼの体は冷たくて…全然暖かくなくて……。

ジョゼ…ジョゼ…ジョゼ……


◇ ◇ ◇


「シズちゃん!!」


シズちゃんが突然、窓を壊して飛び出してしまった。

…速い…もうあんなところに……。


「クレア殿!!いまの音は!!」


バーノンが音を聞きつけて窓の下にやってくる。


「シズちゃんが飛び出していってしまいました!マダムに知らせてください!私はこのまま追いかけます!」

「なんと!!承知した!!マダムゥウウ!!」


バーノンの声ならすぐに気づくでしょう…

シズちゃんは…もう見えませんね…探さなければ……。


◇ ◇ ◇


「マダム!」

「クレアか!シズは?」

「まだ見つかりません!」


バーノンに起こされてみればシズが屋敷から飛び出してしまったなんて……。

寝間着のまま街を探し回っているが…クレアもまだ見つけられてない。


「一体何処にいっちまったんだ……」

「…これは…シズちゃんの…マダム!シズちゃんの魔素を見つけました!」

「そう遠くじゃなかったか…行くよ」


あの子は時おり無茶をする……領主のところに行くんじゃないかとヒヤヒヤしたよ……。


「あそこです!」

「シズ!アンタ一体…」


ここは広場か…広場の隅でシズがうずくまって……何か抱えて?


「あ…」


クレアが先に気づいたらしい…アタシもすぐに分かってしまった……。


「グランマ……ジョゼが……ジョゼが暖かくないの……こんなにギュッてしてるのに……全然暖かくないの」


シズは裸の小さな子供を抱えこんで必死に抱きしめていた……。

子供はすでに事切れているようだ……。

アタシ達はシズに声を掛けられないまま立ち尽くすしかなかった。



□ □ □ □


[あなたの最後の願いはなんですか?]

[………一緒にいたい…シズおねえちゃんとずっと一緒に……]

[…聞き届けましょう]

[ありがとう…]


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