断章 神々の世界にて

「死者の数が多すぎます…生前の行いによる魂の振り分けが追いつきません」

「信仰もバラバラで、どの姿で迎えたらいいか混乱が生じています」

「……振り分けは裁きの連中に協力をあおげ、奴らは戦争が終わるまでは暇にしてる。迎えは最悪、白い光とかそんなので構わん。しっかり対応しろ。1人も漏らすなよ。前の戦争はもっと忙しかった…甘ったれるな」


 直属の下位神達に指示を終え、おれの住まう神殿を後にする。


 いまや人界は、数を増やしすぎた人で溢れ、それに従って神界の神々もその数を増やした。

 摩天楼の如く上に上に伸びた神殿は最早威厳も何もあったものではない。

 より信仰を集めた神ほど上に、下位の神は下に。似たような権能の神を同じ神殿に詰め込んで人の世界の会社のように権能仕事を割り振る。

 足を進めればすれ違う神々が頭を下げて行く……顔も名前も知らぬ神達に敬意をはらわれても何も感じない…。

 昔は良かった…最初は太陽のと、雨のと、己とあいつだけ。

 すぐ後に産まれた神々も心からに請い願われて産まれたものだから、皆、生き生きとしていた…。今は太陽のすら増えてしまったくらいだ。神話というのはなかなか厄介だ。

 それとなんだったか…サブカルチャーか…あれでかなり増えた…己の下位神どもはだいたい黒ずくめに大鎌を持ってるしな…使いにくいだろ、あれ。


“死”の神殿の建ち並ぶ街を離れ、街の外へ歩みを進める。

 別の街の方からは太陽のと、金運のやつの神殿がギラギラギラギラとまぶしい光を放っている。チッ…信仰が溢れてやがる…どんな時でもあいつらのとこはこんな感じだ。


 死の街の外、小さな森に小さな祠…。木漏れ日に照らされて、いつものようにあいつは祠の前に膝をつき手を組んで祈りを捧げていた。

 …まったく…変わらんな……。


「おい」

「……」

「おい、聞こえてるだろう」

「……」

「おい…[最後の願いの女神]!」

「あれ、タナトじゃないですか?」

「お前…絶対聞こえてただろうが」


 全身を白い神衣に包み、白い髪、白い肌、瞳だけが美しい黄金に輝いているその女神は相変わらずのとぼけた笑顔で振り向いた。


「それでぇ?お偉い、お偉い“死神”様がこんな外れまで何のご用?暇なんですか?」

「暇なもんかよ、人の世界で戦争が始まったからな…何百年かぶりの大戦争になるぞ」

「あぁそれで死にゆくものが急に増えたのですか…悲しいですね…」

「そうだ…それで一応…お前の様子を見にだな」

「あなたやっぱり暇じゃないですか…あーあ、なんで私にはあなたのとこの天使ちゃんみたいな眷属がいないんでしょうか?」

「結局、死への畏怖から生まれた存在だからな、あれらも。お前のやってることとは根本が違う」

「真面目にならないでくださいよ」

「お前な…」

「ほら、帰れ暇神!私は忙しいんですよ!

 1人なんですから!」

「すまん」


 帰るか……息抜きはできた……それに…実際己は暇だしな…。


 ▽ ▽ ▽


「死が24時間以内の人間が…1億…2億…まだ増えます?!!」

「長く苦しめ確実に命を奪う…人の考えることは理解できん…」

「タナト様!受け入れ態勢が整いません!」

「主神に協力要請だ!とにかく手が足らん!魂はしばらく現世に留めろ!」


 よくもこんなえげつないことを思い付く…。

 かつて雨の奴がやった神罰が可愛くみえるな……。

 まぁあの時代ときは生き物自体が少なかったか…1隻の舟に乗った分でやり直せたしな。


 とりあえず5億人…か………待て…死が確定した人が5億…だと?


「出てくるぞ!!」

「タナト様?!こんな時にどこへ?!」


 神殿の外に飛び出しあいつのいる森を見やる。

 何なのだあれは…あれが全部…願い?

 どす黒い渦が森から沸き立つように空に伸びている…いや、降り注いでいるのか…?


 森へ駆けつけた時には既に黒い渦のような願いは消えていた。

 祈りの姿勢で固まっているあいつに呼びかける。


「おい!大丈夫か?!今の願いは!?」


 ぎこちなく首だけで振り向きながらあいつは泣きそうな顔でのたまった。


「タナト…私、ヤラカシたかもしれません!」


 ▽ ▽ ▽


「おい主神よ!あいつを封牢にいれるだと!?」

「やむを得ないのだ、タナト殿。あの方に生じた二面性の神はこのままでは人界を滅ぼす。それに…封牢入りはあの方自身が望んだことだ」

「あいつはずっと人に寄り添ってきたのだ!それが人の争いのせいでなぜ消えねばならん?!」

「人あっての神なのだ…分かってくれ」


 こんな…こんなことがあってたまるか!


 ▽ ▽ ▽


 封牢に続く道で待っているとあいつがやってきた。こんなときなのに道の脇に立つ華美な装飾の施された柱を物珍しそうに見回している。


「あ…タナト…それにソラル、ピオラ…見送りですか?人界が大変なのに私に構ってていいんですか?暇なんですか?」

「あほうめ…わざわざ見送りにきたんじゃろうが」

「…すいません…ソラル」

「…白ちゃん…本当に封牢にはいっちゃうの?もういっそ人なんてあたしが押し流しちゃえばいいじゃん」

「ダメですよ?ピオラ…あれは一回だけの約束ですよ」

「むぅうう」

「行くのか?」

「タナト…えぇ……私に生まれた神…テラフィナを抑えきれなくなりそうですし…封牢はちゃんと用意できましたか?」

「あぁ…己達も用意に手を貸したよ」

「それは…ありがとうございます…」

「それと…お前のやってきたことだが……“看取り”だけなら己がやってやる。お前のように1人すら取り残さないというのは無理かもしれないが…」

「なんだ…やっぱり暇だったんですね」

「…最後までお前は……」

「あはは、じゃあそろそろ行きますね。これでサヨナラです」

「バイバイ…白ちゃん」

「じゃあの」

「息災を」


 あいつはフラフラと歩きだし、封牢へと消えた。己はしばらく古馴染みとその消えた先を眺め立ち尽くすしかなかった……。




 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

挿し絵

最後の願いの女神


https://kakuyomu.jp/users/Yutuki4324/news/16818023212431290029




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