断章 母
あたしの妹分…シイラが襲われてから数ヶ月…あの子のお腹は隠せないほど大きくなってしまった。
元々、あまり強い子じゃなかったが、襲われてからの1ヶ月は本当に辛そうにしていた…手首には今もその時の痕が残っている。
アタシとウーゴで何とか思いとどまらせたと思ったところで…妊娠がわかった…。
だが、その頃からだろうか…シイラの様子が変わったのは…。何か覚悟を決めた…そんな顔になったんだ。
「シイラ…あんた本当に産むつもりかい?」
「アマンダ姉……だってもう
「それは………」
「それに……このお腹の子には…何の罪もないんだよ?…あたし、決めたんだ。この子はあたしが立派に育ててみせるって」
「子を産むってのはそんなに簡単なものじゃないんだ…あたしらみたいな金の無いのには特にね、あたしも死にかけた」
「あはは、アマンダ姉は双子だったからよ」
「茶化すんじゃないよ…そんな青白い顔して…それにあんた独り身だろう…大変だよ?」
シイラは具合の悪そうな様子で大きくなった
腹をさすっている…その手も折れそうなほど細い…。
「あはは…この子に栄養をとられてるのかな?あたしは食が細いからさ……あー、でもさアマンダ姉……もし、あたしに何かあったらさ…この子だけでも何とかしてあげてほしいんだよね…あたしは独り身だからさ、アマンダ姉しか頼れないのよ」
「滅多なこというんじゃないよ!」
「あはは、ごめんごめん!でさ、名前はもう考えてあるんだよね。男の子だったらパズ、女の子だったらシズ、どう?」
「はいはい、いい名前じゃないかい?」
「あー!その顔は笑ってるなぁ?ちゃんと考えたのよ?」
「わかったわかった…あんたに何かあったらあたしが面倒見てあげるから」
「ありがとう!アマンダ姉!」
▽ ▽ ▽
その日はこの辺りじゃ珍しく空に白いものが混じるような寒さになった。
寒くてなかなか寝つけない中、ようやくうちの双子が寝たところだった。
「…ウーゴ…」
「…どうしたんだい」
「…何か聞こえないかい」
「…これは…赤ん坊の…」
「っっシイラ!?」
そんな…!予想より2週間も早いじゃないか!
慌てて隣のシイラの家に飛び込む。
そこには弱々しく泣く赤ん坊と何とかその子を抱いているシイラがいた…
「ふぎゃ…ふぎゃ…」
「ウーゴ!早く薬師の婆さんを!シイラ!シイラ!」
「あぁ!わかった!」
「シイラ!頼む!目を開けておくれ!」
▽ ▽ ▽
結局……シイラはあたしらが飛び込んだときには事切れていた……。
薬師の婆さんが言うには産まれてからかなり時間が経っていたそうで赤ん坊が生きていたのは奇跡的…ということだ。
赤ん坊は小さな女の子で綺麗な蒼い瞳をしていた。今はあたしの腕の中で眠っている。
「アマンダ…その子はどうするんだい?…教会の孤児院に連れていくのかい?」
「…いや…うちで育てるさ…」
「うちもあまり余裕は…」
「シイラに…約束したんだよ…あの子に何かあったら子供はあたしが面倒見るって」
「そうか…わかったよ」
「苦労をかけるね…ウーゴ」
「その子、名前は…?」
「…女の子だったら…シズ……この子はシズだよ、シイラが考えてたんだ」
「シズさんか…いい名前だね」
「あぁ、そうだろう?」
▽ ▽ ▽
「あま…」
「アーマーンーダ」
「あまんあ!」
「ははっ、そうだよアマンダだよ!あんたは覚えが早いねぇ」
シズは無事一歳を向かえた。
言葉もすぐに覚えてしまう…もしかしたら天才なのかね?
「アマンダ?」
「なんだい?ウーゴ」
「その…“母”とは呼ばせないのかい?」
「……この子の母親はシイラさ…あたしじゃない」
「だが……母親も父親もいないのだと気付いたら…」
「シイラの子だよ…大丈夫さ…」
「だといいが…」
「それに“母”じゃなくたって親にはなれる。ほれ、ウーゴも覚えてもらいな…シズ…この人はウーゴだ、ウーゴ」
「う…うーお?」
「すごいな…もう覚えてくれたのかい?」
「うーお!」
「母さん!シズしゃべってるの?」
「母さん!なにやってるの?」
「かあ…?」
「シズ、アマンダだよ、アマンダ」
「あまんあ」
「俺、トニオ!お兄ちゃんっていってよ!」
「俺、トンマ!お兄ちゃんだぞー」
「にいちゃ?」
「ほれ!シズに妙なこと吹き込むんじゃないよ!あんたらは外で遊んできな!」
▽ ▽ ▽
どうしてあたしはこんなことになってんだい?
あたしはこの街の北側、色街を仕切る女傑の屋敷でその女傑、ロクサーヌ様と対面してる…二人っきりで。
見てると吸い込まれるような紅い髪に威圧感を感じる美貌…これであたしの倍は生きてるなんて嘘だろう?同じくらいの薬師の婆さんのしわくちゃ顔とは大違いだよ!
「アマンダ…といったね?」
「あ、ああ」
あたしは気圧されまいとしっかりロクサーヌ様の目を見返す。
だって、これはあの子、シズに関わる話だからだ。
発端はどういうわけだかシズが色街まで独りで行っちまって、このロクサーヌ様の目に留まって魔法を教えてもらえることになったことだ。
いきなりスラムに黒いスーツのイケメンがやってきて「アマンダ様ですね?シズ様がお呼びです。屋敷までご案内します」って迎えにきた。
そのシズはいまは屋敷のメイドさんが面倒を見てくれているみたいだ。
「これからする話は他言無用だよ…いいね」
「…わかった…」
▽ ▽ ▽
「つ…つまり、シズはあんたの血縁で?その上、領主様の血を引いてるって?あたしがただのスラム女だからって騙そうとしてるんじゃないのかい?」
「冗談で言えることかね」
「じゃあ本当に…」
なんてこった……シズにそんな複雑な事情があるなんて……。
「そこでだ…アマンダ、シズをうちに渡しな、引き取ってやる」
「なっ!?なんだって!?」
「あの子が抱えてるものはスラム女ごときにどうこうできるもんじゃないよ。なに、悪い話じゃないさ。シズにはあの子の希望通り魔法の手解きをしてやるし、なんならアンタの家族に色街の近くの家だってあてがってやる。仕事だって融通してやろうじゃないか」
「……ダメだね」
「あん?」
すぐに断ったあたしにロクサーヌ様…いやカサンドラ様は声に怒気を含ませる。
「あの子は公爵家に目をつけられる可能性があるんだよ!アンタに護りきれるのかい!?」
「あの子はシイラがあたしに託したんだ!!あの子は…シズはあたしの娘だ!誰にも渡さないよ…公爵様にも!あんたにも!」
しばらくカサンドラ様と睨み合う…一歩だって引くもんか…!
先に視線をはずしたのはカサンドラ様だった……。
「譲るつもりはないんだね…?」
「当たり前だよ!」
「……はぁ……わかったよ…シズはこのままアンタのとこで面倒をみな…」
「…いいのかい?…あんたなら力づくでも…」
「そんな目をする女から子供を奪えるもんかね……我が子を護る母親の目だ…」
「……」
「シズにはうちで魔法の手解きをしてやる、安息日以外の毎朝7時につれてきな……あの子が自分を守れるように力は必要だよ」
「…わかった」
「それと、あまり目立つことは出来ないがアンタの家族にも援助をさせな……シズはアタシにとっても大事な子なんだ…そのくらいはさせておくれ」
「あぁ…礼は言わせてもらうよ…」
「話は終わりだよ……シズに明日からの話をするから少し待ちな」
メイドさんがシズを連れてきて明日から魔法を教えてもらえるのだと話をする。
「ほんとう!?やった!アマンダさんありがとう!ロクサーヌさん、ありがとうございます」
「アタシのことは“グランマ”と呼びな…」
「…グランマ、わかりました」
「毎朝7時には来るんだ、遅刻は許さないよ!」
「はい!」
「よろしい、今日はもうお帰り…長いこと悪かったね」
「シズ、帰ろうか」
「うん、アマンダさん!」
嬉しそうに跳びはねているシズの手を取って屋敷を後にしようとすると後ろからカサンドラ様が声を張り上げる。
「アマンダ!!シズを任せたよ!!」
あたしは負けじと声を張り上げて応じる。
「あぁ、任せときな!!」
◇ ◇ ◇
アマンダさんと手を繋いでると嬉しい!
明日からは魔法を教えてもらえるからもっと嬉しい!
アマンダさんはわたしに“アマンダさん”としか呼ばせてくれない。わたしにはもう死んじゃったけどお母さんがいたからなんだって。
“お母さん”って呼ぶと哀しそうな顔で怒られちゃうから“アマンダさん”って呼ぶんだ。
でも…“お母さん”って意味はわたしだって知ってる……。
いつもわたしを大事にしてくれる。
叱ってくれる。
抱きしめて一緒に寝てくれる。
アマンダさんはわたしの“お母さん”。
いつも優しく撫でてくれるウーゴさんはわたしの“お父さん”。
トニオさんとトンマさんは…“お兄ちゃん”って呼ばせようとしてくる……呼ぶと調子に乗るから呼んであげないけど……大好きな“お兄ちゃん”達だ。
今日はいっぱい歩いたからお腹が空いたなぁ。夕ごはんはなにかなー?
……歩いてるときに…色街まで1人で行っちゃったことをアマンダさんに気付かれた…。
昨日も1人で出歩いたのを怒られたのに…またやっちゃった。
アマンダさんの拳骨はとっても痛くて優しかった。
____________________
挿し絵
シズの育ての親 アマンダ
https://kakuyomu.jp/users/Yutuki4324/news/16818023212276991357
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