36話 邪神


「ッッッッっ!!!?」

 あまりの激痛に声すら出せない…!

 でも、戻った…!戻ってこれた!

 ここから…ここからなんとか体を治さないと……!

 呼吸が思うようにできない。ヒュッヒュッと空気が漏れたような音がする…。

 魔素が循環できない……傷が癒せない……!


[痛?!痛い?!ナニコレナニコレ!吐きそう…!吐く体が無い?!ウオエエ]


 頭?魂?体のどこかで声がする。

 変な白い女…上手くつれてこれたみたいだ……。


[ちょっとあなた!なんてことしてるの?!魂が融合した?どういう状況コレ?!ていうか痛い痛い痛い!これあなたの痛み?!大丈夫なの?!またすぐ死ぬんじゃないの?!]

[うるさい、痛みは自分で何とかして]

[ちょっと…ムグ]


 …うるさすぎる…こっちの意思で黙らすことはできるみたいだけど……。

 異邦人が魂だけの存在なら継承みたいな感じで力を増やせるんじゃないかと思ったんだけど……ダメだったんだろうか……神だか邪神だか権能だか知らないけれど妙な力を持ってるようだったから期待してたのに……。

 何か…何か…何でもいい!この状況を何とかしないと…!


[ーーーに?]


 何…?白い女じゃない…?もっと幼い声…誰?


[ーはなに?]

[誰?]

[あなたの恐怖願いはなに?]

[いけない!応えちゃだめ!]


 白い女が慌てて何か言ってる…?まさかこの声が邪神?


[あなたは誰?]

[てらふぃな]

[お願いを聞いてくれるの?]

[うん]

[……それなら…わたしに権能ちからを貸して]

[うん、いいよ…唱えて、喚んで、教えて]

[何を…?]

[〖恐怖わたしを!〗]


 頭の中に…何か言葉が流れこんでくる…

 唱えて…喚ぶ…

 呼吸すらままならなかったはずの口をついて詠唱こえが漏れる。


「……〖我が内を通りて来たれ〗」


「[恐怖よテラフィナ]」


その言葉を最後にわたしの意識は闇に包まれた。


 ◇ ◇ ◇


 まずいまずいまずいまずい…何が何だかわからないけど絶対にまずいわ!

 この距離で魔星石が崩壊するほどの魔素の放射?

 ありえないでしょ?!

 一体何が起こってるっていうのよ!

 どうする?どうする?逃げるか?


「死に損ないのクソガキガァアあ!」

「ダズ!だめよ!」


 いけない…!迷っている内に…ダズが………!


 ◎ ◎ ◎


 倒れ伏していたはずの灰色の髪の少女がユラと起き上がる。

 手元に落ちていた大振りな裁ち鋏を一瞥し、拾いあげながら立ち上がる。


「[〖恐話開演グランギニョル〗]」


 俯いた少女の口からノイズが混じったような歪な声音で囁くように物語が語られる。


「[ねぇ…悪いこと…してると…大鋏の怪物が…やってきて…手落とし足斬り…喉裂き、腹裂き、目玉をえぐり…最後には首斬り落とし…むくろは…犬に食べられちゃうんだよ?]」


 少女が顔をあげる。透き通るような蒼い瞳が怪しく光り、瞬間放たれた魔素恐怖に魔星石の灯が悲鳴をあげるように砕け散る。


「死に損ないのクソガキガァアあ!」


 獅子の獣人が怒声をあげて体を疾駆らせ、少女目掛けて固めた拳を突き出す。

 ところが拳は少女を捉えることはなかった。

 肘のあたりまで短くなった腕から吹き出す血が少女を赤く濡らす。

 少し遅れて、斬り離された肘から先が少女の頭の上からコツリとぶつかった。

 あり得ないものを見たように獣人の眼が見開かれる。

 振り上げられた“断ち”鋏が再度、〈ジョギリ〉と鳴る。

 獣人の首についた傷がさらに深く裂け、喉から溢れた血が漏れた息と混じり泡を立てる。

〈ジョギリ〉〈ジョギリ〉

 切り裂けた腿から血が吹き出し、獣人は尻餅をつくように倒れこむ。

 少女が断ち鋏の持ち手を両手で広げて振りかぶる…見上げるような姿勢で固まっていた獣人の眼窩に鋭い先端をゾブリと突き刺さし、そのまま頭の中をかき混ぜるように弄ぶ。声にならない叫びが首の傷口からブクブクと泡になっては弾けて消えた。

 乱暴な扱いに耐えきれなかったのか、バキンと鋏が折れて持ち手の部分だけになり少女はそれを不思議そうに見つめる。

 鋏の動きに合わせて痙攣していた獣人はそのまま仰向けに倒れ二度と動くことはなかった。


「よくもダズを!!ウォオオオオ!!」


 あまりの光景に、呆けていた男が我を取り戻し、己を奮い立たせるように咆哮をあげ、跳躍しながら背の両手剣を抜き打つ。

 丸腰になった少女を両断せんと振り下ろされた両手剣は何もなかったはずの空間に突如出現した二枚の巨大な刃に受け止められガギンと火花を散らす。

 一瞬、拮抗したように動きを止めた二枚刃はすぐにシャアアアアっと刃同士が擦れる音を響かせ、両手剣もろともに男を腹の辺りで上下に断ち斬ってしまう。

 跳び上がった勢いのままにぶちまけられた中身が少女をさらに赤く染める。

 ベッタリと濡れた、元の色がなんだったかわからぬほどの髪を顔に張りつかせて、虚空に浮いた自身の身の丈ほどの大鋏を手に取ると、カラカラと地面を引きずらせながら少女は残る女のほうへゆっくりと足を進めた。


 ◇ ◇ ◇


「来るな…!来るんじゃないわよ!」


 必死になり攻撃魔法を立て続けに放つけれど、当たる前にかき消されるように霧散していく…このガキ…濃密な魔素をまとってやがる……魔法が完全に抵抗レジストされる…。


 ほんの20秒もしないうちにダズとラリーが殺られた……。ガキはゆっくりとだけど確実に距離を詰めてくる……。


 カラカラ…カラカラ…


 体がガタガタと震える…あたしが…ビビってる…?

 こんなガキに…?…嘗めんじゃないわよ!!


「クソッ…それ以上近づくと…ジョゼ君を殺すわよ!!」


 もう1人のガキの首を掴んで引き寄せ頭にワンドを突きつける。


 カラ…


 ようやく足を止めやがった……。


「…そのまま…動くんじゃないわよ…一歩でも動いたらジョゼ君の頭を吹っ飛ばすわ」


 ガキを警戒しながらジリジリと後退する…

 このまま…逃げ切ってやる……。



 ……は?…え?

背後に続く道とガキを交互に見ながら後ずさっていると…どういうわけかもう1人のガキ…ジョゼ君の方があたしの前にへたりこんでいる…さっきまでそこには…ガキが……


 ぬるり、とした感触が手に伝わる…。

 恐る恐る視線を下げていくと…首を真上に傾けてジっとこちらを見つめる蒼い瞳と目が合った……。


「ヒィイイアアア!?!」


 情けない悲鳴が漏れる。

 慌ててガキを突飛ばし距離を取ってワンドの先を向ける……え?…突飛ばしたのはジョゼ君の方?……っ!!


 咄嗟に身を屈めるとさっきまで首があった位置でジャギンという音が鳴る。

 距離を詰めていたガキが巨大な鋏を閉じる音だ。


「アッ…ヒッ…」


 た、立たなきゃ…し…死ぬ…!


 なんとか立ち上がりなりふり構わずに走ろうとしたところで足首に激痛が走り、つんのめって前のめりに倒れ、胸が地面に打ち付けられる。

 手をついて体を起こし、首を傾けて足首をみる…あっ…足が…無い…あたしの足が…!


 ドンっと背中を踏みつけられ顔面から地面に叩きつけられた。

 首の両側に巨大な鋏の刃が突き刺さる…それはまるで首枷のようにあたしを地面に縫いとめてしまった……。


「やっやだ…やめ…やめて…許して」


 必死に両手を動かして地面を掻き、逃れようとしても刃はビクともせずに爪が割れて指先から血が滲むだけに終わる。


 ザリッ ザリッ

 刃が閉じていき、地面が削れる音が耳元でする。

 あっ、あっ、刃が首に食い込んで…………


 ジャギン


 ◇ ◇ ◇


 ビクンと体を跳ねさせた人さらいの女の首が体から離れて地面が真っ赤に染まっていく…。


 シズおねえちゃんは立て続けに3人の人さらいを…皆…殺してしまった……。


「あ…ああ……」


 悲惨な光景にボクが固まっていると、

 カラカラ…と音がする。


「ひっ」


 思わず声が漏れる…。


 血塗れのシズおねえちゃんの蒼い瞳がこちらを無表情にジっと見つめていて……手には巨大な鋏が……。


「[ジョゼ?]」


 ボクを呼ぶ声も何だかおかしくて……。


「う…うわぁあああああああ!?!」


 ボクは…シズお姉ちゃんから逃げ出してしまった…………。




____________________





[挿し絵風AI絵]


グランギニョル


https://kakuyomu.jp/users/Yutuki4324/news/16818023212102094200



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