35話 最期の願いの神

 白い女は「最期の願いの神」だと名乗った…

 正直意味がわからない。「えと…それは名前?」と尋ねると「えーと…テラ…いえ違います……名前は無いです…」って…やっぱり意味がわからない。


 意味がわからないと伝えると白い女は神とは何か、権能ちからとは何か、自分は何をしてきたか、そんなことをペラペラと捲し立てはじめる。


「……つまり……悪いやつ?」

「ち、ちがいますよ!…たぶん」


 白い女は権能…とかなんやらでうっかり沢山、人を死なせてしまって牢獄に入ってたらしい。……うっかりって…。

 自分が死ぬまで出ないつもりだったのが、なぜか牢獄が壊れて今わたしの所にいる…と。


「……たぶん…あなたは異邦人ストレンジャー…あなたの言う神?の名前は聞いたことが無いし……こっちでは教会にお祈りしにいく…聖都のでっかい樹と聖女様が…崇められてる…そんな感じ」

「…異邦人?」

「別の世界から魂だけでやってくる…らしい…そういう存在がこの世界にはいる」

「別の世界……本当にあったの!?」


 白い女はショックを受けたように頭を抱えてのけ反っている。

 ……この変な白い女の話を鵜呑みにするのはどうかと思うけれど……言ってることに嘘が無いなら……。


「ねぇ…わたしは……死んだの?」

「……はい。何かに引っ張られてこの世界?にたどり着き…あなたの声が聞こえました…私にはそういう権能があります」


 ……思い出した!わたしは…人さらい達と戦って……ジョゼ!


 白かった景色に色がつく。…あの路地だ…。

 ジョゼが女に捕まっている……わたしは…わたしの躯は行き止まりの壁のところに転がっている…。


 白い女とわたしは、わたしの躯を見おろして立っている。


「これが…あなたの最期なのですね…あの少年を助けようとしたのですか?」

「…そう」


 ジョゼの方を見る…ジョゼ…助けられなかった……。助けたかった……。

 そうだ……!


「ねぇ…あなたは最期に願いを叶えてくれる…そういった」

「はい」

「だったら…わたしは…まだ死ねない!生き返らせて!」

「それは……無理なんです」

「どうして!?」

「1人の願いではそこまでのことは出来ないんです…それが出来るなら誰も死ぬことが無くなってしまいます」

「……いやだ!」

「……」


 だめ…いや…こんなとこで終われない…!

 まだやりたいことがある…!

 グランマにもマイファミリーの皆にもアマンダさん達にも恩をかえせてない!

 あいつらをやっつけてジョゼを助ける!

 わたしは…[俺は]…

「[まだ死ねない!!]」


「へ?」


 白い女が間抜けな声を漏らす……わたしの中から…別の誰かが出てきて…光の粒になって消える…。わたしと同じ、蒼い瞳の……。


「1人に…2人分の…同じ願い…?また…こんなことが…」

「なに…いまの?」

「私もわかりませんよ!…あなたには2人分の願いが…魂が宿っていて…それが今、最期の願いを残して…」

「…わたしは…死ねないの…まだ」

「…2人分の同じ願い…これなら…躯に魂が戻るようにできる…と思います…」

「ならやって!」

「躯が治る訳ではないのですよ!いまのあなたの躯は致命傷を負ったままです!死ぬまでの時間をほんの少し伸ばすだけです!なら安らかに逝ったほうが…私なら最期に穏やかな夢を見せてあげることだってできます…」

「夢なんていらない…お願い」


 白い女は逡巡するような顔を見せたが、またとぼけたような笑顔に戻る。


「そうですね…そうでしたね…私は願いを叶えるのが権能やくめですね。願いにとやかく言うのは無しでした。ていうかそれが出来るならあんなヤラカシしてないわけですし…」


 白い女が手のひらを組んで祈るようにすると、白く輝く門が現れる。門の中は真っ暗でどこに続いているかは見えない。


「これを通ればあなたは死ぬ直前に戻ります……どうなってもあとは責任もちませんからね!」

「そう…ありがと」

「いえいえ、どういたしまして」

「……ねぇ体が消えていってる」

「あら?あらあら?」


 白い女は足元から少しずつ光の粒に体が変わっていく。


「いまので最後の権能を使いきったみたいですね…元より消えるつもりではありましたが…」

「消えるの?」

「邪神として封じられて、やがて消えるはずだったのです。最後の最期に邪神としてではなく本懐を遂げて消えるわけですから…あなたに感謝をしなければなりませんね、ありがとうございます」

「…消えたいの?」


 白い女はわたしの問いにハッとした顔をする。


「私は…消えないといけないんです」

「なんで?」

「それは…邪神だから…」

「悪いやつなんていっぱいいる、あいつらみたいに」

「またヤラカシたら…」

「わたしだってよく間違えるよ」

「えーと、でも、私は、その」

「だから、消えたいの?死にたいの?」

「消え…たくないです…死に…たくないです」

「…わたしの中に誰かいたんだよね?」

「は、はい。誰かはわからないんです…強い願いを残して消えてしまわれたので…」

「じゃあ1人分、空いてるね」

「……は?」

「征くよ」

「はぁあ?!」


 白い女の手をしっかり握るとわたしは門に飛び込んだ。



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