34話 淵

「…ダズ、ラリー。予定変更、シズちゃんを殺すわ…1分で片付けてずらかる」

「…はぁ」

「フンッ」


 人さらい達の雰囲気が変わる、ピリピリと刺すような殺気と魔素がわたしに向けられている。

……引いてくれなかった………やっぱり口封じを狙ってくるよね……。


「ジョゼ君はあたしが見ておくわ、殺って」

「ガキィイイ!!しねぇええ!!」

「チッ…悪いな嬢ちゃん」


 獣人が真っ直ぐ突っ込んでくる……凄まじい速さ…やっぱり逃げ回ってるときのは全力じゃなかった。

 もう1人の男は背中の剣に手をかけて後に続いている。わたしの動きに合わせるつもりだろう。


「〖魔法壁〗!」


 あえて前に出ながら黒い〖魔法壁〗で目隠しをする。

 同時に獣人の足元にもう一枚透明な壁を…

 勢い任せで走ってきて目隠しを殴り割ったところで足元の壁に躓いた獣人の顎に蹴りを合わせる。


「ガッ」

「ーー!」


 固い!?切り株を蹴ったみたいだ!

 これじゃ倒せない…!


「シッ」

「っ!」


 横凪ぎの両手剣の一振を屈んで避け、手をついて後ろに飛ぶ……っ!


「〖風刃エアロエッジ〗」

「〖魔法壁〗!」


 女が後方から放った風の刃をギリギリで防ぐ…!


「ガァア!!」

「っあっぐ」


 割れた壁の向こうから獣人が拳を突き出してくる…

 防御魔法越しに衝撃がお腹を襲う、咄嗟に後ろに跳んだけど体がはね飛ばされて地面を滑る………息が詰まる……痛い……。


 獣人が走りこんでくる……この、ままじゃ……。


「あ゛ぁああああああ!!」


 倒れたまま力を振り絞り、全力の〖魔法刃〗を獣人の首を狙って放つ……魔法の刃は獣人の首に吸い込まれるように入って……


「がァアアア!!」

「ダズ!?」


 獣人の首から血が吹き出す…獣人は首を抑えて………あ


「クソガキぃいィイイ!!痛てぇだろうがアアあ!!」


 致命傷にはならなかったのか逆上して目の血走った獣人がわたしに足を振り抜く……

 何とか起き上がろとしていた体勢で腹を蹴り上げられる。


「ガッッ……ァッヒュッ」


 口から変な声と血が吹き出す…

 ああ…そういえばわたしもウサギをこんな風に蹴ったっけ……。

 じゃあ…………


 横腹を獣人の蹴りがもう一度襲う。

 何か大事なものが壊れたような気がする。

 わたしの体は宙を飛んで行き止まりの壁に叩きつけられて……ハサミが手から落ちる………暗い……ジョゼ……無事で…………


 ◇ ◇ ◇


「うわあああああ!!!シズおねえちゃん!!」


 シ…シズおねえちゃんが……蹴り跳ばされたまま全然動かない……し…し…しんで…?


「はぁ…手こずったわね…」

「ダズ、首は?」

「クソ…いてぇ…かなり深く斬られた…」

「…ずらかるわよ、治療は後にして」


 人さらいは逃げるつもりだ…。シズおねえちゃんはどうなるの?だ、誰か?


「シズおねえちゃん!!シズおねえちゃん!!」

「だまれ!クソガキ!!」

「ガッ」

「ジョゼ君、黙らないとあなたも殺しちゃうわよ?ラリー口塞いで」

「はいはい……」


 殴られて頬が切れて口の中に血が滲む…男がまたボクの口に詰めものをしようと近づいてくる……か…噛みついてやる……!


 ヒュオオオオオォォォ


 何かが通り抜けるような感触とそれに呼応するように魔星石の明かりが消えて辺りが数瞬闇に包まれる……。

 何いまの……?魔素…?


「明かりが…?何いまの?」

「何だこりゃあ…何が起こってんだ」

「あぁ?!何だってんだ!」


……路地の奥…行き止まりでシズおねえちゃんが手をついて起き上がろうとしているのが見えた…シズおねえちゃん?……なんだか…様子が…? 


「嘘…」

「あぁ?」

「おいおい…嘘だろ…ダズの蹴りをまともに喰らってまだ死んでないのかよ」


 倒れていたシズおねえちゃんが…起き上がってユラユラと揺れている。

 手にはハサミが握られていて俯いて顔をあげないままだ。足元が覚束ないように…ずり…ずり…と地面を擦るように歩いてくる。

 何か…呟いてる…?


「…アンデッドかよ…」

「しぶといガキめ…止めをさしてやる」


 獣人が拳を固めて大股でシズおねえちゃんに近づこうと足を踏み出した…瞬間。


 シズおねえちゃんが顔をガバッとあげてコチラを……視た。

 途端、魔星石の明かりがパリンパリンと次々と爆ぜるように一瞬強く光って、消える。

 一体何が起こってるの?!



 ◇ ◇ ◇


[いやだ!][こんなところで!!]

[俺はまだ!][死にたくない!]

[俺は弱くない!!][もっと上にいけるんだ!!][死ねない!!][ふざけるな!]

[生きたい!][生きたい!][生きたい!!]


 …誰の声だろう…?聞き覚えはないのに…ずっと聞いていたような……


 ……わたしは……生きたい…死にたくない…もっと強くなれる……死ねない…生きたい……生きたい……助けたい………誰を?


 ここは…どこだろう?全部真っ白だ…。

 わたしは一体どうなったんだっけ?

 首をかしげていると、ふいに声をかけられた。


「あの~…はじめまして…」


 そこにいたのは…白い女だった。

 髪も白…肌も健康的だけど白…着ているドレス?地面を引きずるくらいの服も白。

 瞳だけが綺麗な金色…なんだけど…どこかとぼけたような曖昧な笑みを浮かべている。


「つかぬことをお聞きしますが…ここはどこなのでしょうか?私はいったいどうしたらよいのでしょうか?」


 わたしが知りたいよ………。

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