33話 窮地

 路地から飛び出してすぐに獣人に見つかった。獣人は怒号をあげて迫ってくる。


「待てぇえ!!ガキぃ!!」

「待たない」


 走りながら建物の壁に〖魔法壁〗で足場を造って屋根の上に駆け上がる。

 すぐに足場は消して、獣人が上がってこれないようにしてからまた走る。


「なっ!?ヒルダぁ!屋根だ!」

「あたしが上がる!そのまま追って!」


 風の魔法だろうか?魔法士の女が浮き上がるような動きで屋根に上がってくる。


「お嬢ちゃん、そろそろ捕まってくれない?」

「やだ」


 屋根の上を走ってると女が追いついてくる…やっぱり速さは負けてるな……。

 道幅が広いところから空中に足場を創って反対の屋根に飛びうつる。


「そのくらい飛べるわよ!」

「知ってる、〖向かい風〗」

「なっ、ちょっ!」


 風の魔法で飛び上がった女目掛けて強烈な向かい風を叩きつける。

 女は飛距離が足らずに屋根に飛び移れず、建物の壁にぶつかる寸前でなんとか魔法で衝撃をやわらげたようだ。



 そのまま屋根の上を走……らずに見下ろすようにしている幻影を残して一旦路地に降りて隠れる……少し、休憩しないと……。


 ◇ ◇ ◇


「っとに厄介ね!」

「ヒルダ!ガキは!?」

「また隠れたわ…屋根のは幻影だった…」

「とんでもない嬢ちゃんだぜ…」


 ラリーも合流して一旦足を止める。

 追いかけても追いかけても寸前で逃げていく。おちょくられてるような動きに苛立ちがつのっていくわ…!


「っかし子供抱えてあんなに逃げ回るなんてとんでもない体力だな」

「あのガキめ…」

「………妙ね」


 あんなガキにそんな体力があるかしら…?

 それに途中から動きが良くなった気がする……もしかして…?


「…ラリー、一旦追いかけていた道を戻って……何か隠れられるモノ…箱とかバケツとか…空いてる家とか……ジョゼ君はたぶん隠れてるわ」

「あ?あの子が確かに抱えてただろ?」

「幻影よ……たぶんね。あたしとダズはこのまま探すわ。ラリーはジョゼ君を探してきて」

「…あいよ」


 ラリーを見送ってダズに指示をだす。

「ダズ。あたしは上、あんたは下で出来るだけ離れないように動く。無理に追いかけずに見失わないようにするのを優先。一旦目が離れたら幻影に入れ替わってると思ったほうがいいわ」

「…わかった」

「行くわよ…速さも体力もこちらが上。回りこんでこの辺りから離れられないようにする。必ず捕まるわ」


 ◇ ◇ ◇


 急にやりにくくなった…。

 屋根の上を逃げているけれど女が付かず離れずの距離で…大回りだけど必ず前に出られる……。

 それに女か獣人がこちらを目で追ってるから隠れられない……。

 煙幕や分身の幻影を出してもすぐに女が打ち消してしまう……。

 闇街から逃げられない…自力の差が出てきたみたいだ……。

 それにもう1人の男の姿が見えない…不安だ…どこかからこちらを窺っているの?


「〖風弾エアロショット〗」


 しまっ…!ここに来て女が攻撃魔法を!

 衝撃が肩を掠めてバランスを崩す…。

 あっ…屋根が……!


「〖風布団クッション〗!!」


なんとか地面に落ちるのを防いで着地する。

下には獣人がいるから…早く逃げないと…!


▽ ▽ ▽


「ハッ…ハッ…ハッ…」

「手こずらせてくれたなガキ…」

「ようやく追い詰めたわー」


なんとか路地を利用して逃げ回ったけど…

行き止まりに追い詰められてしまった……。

屋根に上がるのは女に妨害されるし……。

15m程の距離を挟んで人さらいと向き合う。

質の悪い魔星石の常夜灯がいくつか並んだ幅の狭い道だ…。

何か打つ手は……声をあげても闇街じゃ誰もこないだろうし……戦うしかない…!


「ダズ、待って」

「あぁ?ようやく追い詰めたんだぞ」

「いいから落ち着いて…。ねえ!お嬢ちゃん!あなた大した腕だわ!お名前は?」

「………シズ」

「シズちゃんね!いい名前だわ!」


急に名前なんて聞いて…なんのつもりだろう?


「今日のお昼、大道芸をやっていたでしょう?あれ、あたしも見ていたのよ!凄かったわ!あれはシズちゃん1人でやってたの?」

「…………そう」


見られてたのか………それが今なんの関係が……?


「ふふふふ、そうなのね!シズちゃん、あなた天才よ!それでねシズちゃんをこのまま痛めつけたり殺しちゃったり売り払ったり…そんなことするのは勿体ないなって思ったのよ!」

「……」

「だからね?あたし達と一緒に傭兵をやらない?シズちゃんの腕なら幾らだって稼げるわ!」


勧誘…?わたしがおとなしく従うと思ってるの?最悪、従ったフリだって出来る……。


「……来たわね」

「!?ジョゼ!!」

「ヒルダ、当たりだったぜ!」

「シズおねえちゃん!!」


ジョゼ…!1人いないと思ったら…読まれてた……!


「というわけよ?ジョゼ君が大事なんでしょう?大人しく従いなさい。そうしたらジョゼ君は助けてあげるわ」


……どうする?どうしたらいい?

わたしが従えばジョゼは助かるの?

このままこいつらと行動したらいい?

ジョゼは?このまま人質としてずっとこいつらと一緒に?……こいつらがジョゼの面倒まで見てくれる?……違う……二人で逃げ出すことだって出来るんだ……。

非道な奴らは依存性のある薬で無理矢理いうことを聞かせるってクレアさんが教えてくれた……。だから…捕まれば…わたしは……薬を使われる。ジョゼは売られる。


「シズちゃん、返事を聞かせてくれないかしら?」

「……」


これは危険な賭け…この状況ではやりたくなかったけど……やるしかない。


「わかった」


 わたしは身に纏っていたジョゼの幻影を解き手を上にあげるポーズをする。


「シズちゃん!!良かったわ!」

「シズおねえちゃん!!」

「うるさいぞ、ガキ」

「あがっ」

「おい、ダズやめろって…」


ジョゼが殴られた…やっぱりこんなやつらまともじゃない。


わたしは掲げた手から上空に赤い光を3発、立て続けに放つ……“マイファミリー”の救難信号だ……。

本当は振り切ってから出したかったけど…トニオさんが伝えてくれていれば…必ず近くにメンバーはいるはずだ。


「…シズちゃん…それは何のつもりかしら…?」


「……わたしは!!クラン“マイファミリー”所属!6等級冒険者のシズ!!今のはクランへの救難信号!!直ぐに仲間がくる!逃げるなら今のうちだぞ!!人さらい!!」


カバンからハサミを取り出して刃先を向けて精一杯の啖呵を切る……。


これで引いて………!



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