29話 大道芸

 冒険者登録をしてから2度目の安息日。今日もジョゼの声で目が覚める。


「シズおねえちゃん!起きて!起きて!」

「んーーー…ジョゼ……?」

「安息日だよ!起きて!」

「ん…わかった…おはよ」

「おはよう、シズおねえちゃん!」


 朝からジョゼは凄く元気だ。今日は同年代の子と広場に行くって言ってたな…。

 それで楽しみでしょうがないのか…。


 家を抜け出すとまだ少し暗くてそれに静かだ。冬の空気に肌がピリピリする。

 アマンダさんもまだ起きてないのかな。

 わたしから解放されたジョゼはそのままアマンダさんの家に飛び込んでいった。

 そういえば今日の引率はトニオさんとトンマさんだっけ……たまには早起きするといいよ、うん。


「シズおねえちゃんは今日は何するの?」

「受けたい講習が今日だからギルドにいくよ」


 ギルドに行くから着替えて黒革コートを羽織っておく。

朝ごはんを食べているとジョゼが今日の予定を聞いてくる。


「シズおねえちゃんは広場にこないの…?」

「講習は午後からだからお昼ごはんまでは広場で一緒だよ」

「やった!シズおねえちゃんと一緒!」

「なぁシズぅ。どうせなら引率もしてくれよ」

「そうだぞシズぅ。俺たちは昼寝がしたい」

「わたしはまだ12歳、引率は成人の人がやるんでしょ」

「だってなぁ、シズの方が人気あるだろ?」

「そうそう、面倒見がいいし見た目が近いし」


 成人年齢は18歳だ。……まだ6年も先。だいたいスラムの10歳くらいの男の子にはわたしより大きい子もいるからわたしが引率は無理があるんじゃない?……成人するころにはお姉さんになれるだろうか?


 ▽ ▽ ▽


「ほーら、行くぞチビッ子ども!」

「だー!ほら、足にまとわりつくな!」


 広場までの道のりを行きながら子供達が集まってトニオさんとトンマさんにまとわりついている。

 その少し後ろをジョゼと並んで歩く。


「ジョゼは混ざらなくていいの?」

「ううん、シズおねえちゃんと一緒に行く」


 ジョゼにはわたしよりスラムの皆に懐いてほしいんだけどな……わたしは冒険者になって忙しくなるからあまり構ってあげられないし。


「シズぅ!なんとかしてくれ!」

「シズぅ!歩けない!」


 ズボンが半分脱げかかって動けなくなったトニオさんとトンマさんにあきれながら幻影魔法で猫をたくさん出していく。猫は子供たちに近づくと「ニャアン」と一声鳴いた。

 練習中の音を出す魔法だ。レパートリーは、まだ猫の鳴き声とお腹の鳴る音の2つだけどね。


「ほら、追いかけろー!ジョゼも!ほら!」

「わぁああ!猫がいっぱい!」


 猫が広場までの道を一斉に走りだすと、子供達は夢中で追いかけはじめる。

 わたしは身体強化で子供達の前に躍り出て猫と一緒に先導する。

 トニオさんとトンマさんもなんとか後ろからついてくる。ズボンちゃんと履かないと…まだ脱げかけてるよ。

 子供達の少し前を行くように速さを調整しながら道をひた走る。


「到着っ」


 広場に到着した。幻影の猫は子供達の目の前でトンッと跳んでクルっと回ると風船に姿を変えて空へと浮き上がっていく。

 子供達はその場で跳び跳ねて風船を取ろうとしたり目を輝かせて風船を見上げていた。

 そこにようやく追いついたトニオさんとトンマさんが追いつく。


「遅いよ、二人とも。ちゃんと引率しないと」

「シズ、速いって…ま、ありがとな」

「シズ、今の大道芸みたいだな!広場でやったらどうだ?」

「……そうかな?」


 考えたこともなかったな。幻影で人を楽しませる……グランマ用の猫ちゃん幻影みたいなのでいいのかな?


 子供達は早く広場に行きたいようでウズウズしている。ジョゼも子供達に混じって楽しそうだ。


「…二人とも、ちゃんと面倒見てよね?帰りは大丈夫?」

「…いやあ自信ないなぁ」

「…帰りも来てくれ、頼む!」

「ハァ…わかった…講習終わったら広場に来るから」

「さすがシズ!」

「助かるぜ、シズ!」

「じゃあ皆、ちゃんとお兄さん達の言うこと聞くんだよ?」

『『はーい!』』

「あ、わたしも午前中は広場で用があるから一緒に来たい子はおいで」

『『はい!はい!』』


 アレ?全員??

 さすがに全員は厳しいから半分の人数だけにしてもらった。ジョゼはもちろんわたしと一緒だ。


 さてと午前中いっぱいは広場にいるから何してようかな?

 ペニーさんとこに作ってた小物を持っていって…それから…幻影で何かやってみようかな?


 ▽ ▽ ▽


 ジョゼと子供達を連れてペニーさんのお店に行ってお店を冷やかし……騒がしたり

 …騒がしいなんてものじゃなかったな。ごめんペニーさん…壊れた置物はちゃんと直せたから…うん。

 さすがのペニーさんも子供達を叱ってた。

 それにまたシザーハンズの話をしてた。

 効果は覿面だ。

 今は青い顔をしてる子供達を連れて広場の中央、大道芸人が集まっているところに向かっている。


「シズおねえちゃん、アレ!凄い!」


 ジョゼが曲がったナイフを何本も放り投げて回している男性を指差して興奮している。

 子供達も大道芸人達の芸に夢中だ。

 うわ、あの人、火を吹いてる…魔法じゃないよアレ。どうやってるんだろう?


 よーし、わたしも何かやってみよう!


 立ち位置を決めて深呼吸をしていると、トニオさんとトンマさんも子供達とやってきた。

 うん、誰もはぐれてないね。


「シズ!何かやるのか?」

「シズ!稼げたら何か奢ってくれよな」

「集中してるから!黙ってて!」


 ……あ、トンマさんがトニオさんを肘で小突いてイタズラを思いついたようにニヤリと笑って……


「「さぁさぁ!さぁさぁ!!」」

「寄ってっらっしゃい!」

「見てらっしゃい!」

「これより御覧にいれますは魔法使いの少女の大道芸!」

「変幻自在の幻の乱舞!」

「猫に小鳥に果ては魔獣まで!」

「何が飛び出すかは見てのお楽しみ!」

「これが見れるのは本日、今日この場限り!」

「見なきゃ絶対に損するよ!」

「「お代は見てのお帰りだよ!!」」


 や…やられたぁああ!!

 双子の息ピッタリの口上にどんどん人が集まってきてる!?

 もももももう!やるしかない!


 ◎ ◎ ◎


 灰色の髪の少女が大勢の観客の視線を受け、緊張した面持ちで手をパンパンと叩く。

 するとどこからか「ニャアン」「ニャアン」と猫の鳴き声が木霊する。

 観客が辺りを見回すと足元をすり抜けて黒猫があちらこちらから少女の元へ駆けてゆく。

 黒猫は少女の周りを駆け回りながらどんどんと数を増やしていき、さらには宙を駆け回り少女は黒猫の渦の中に隠れてしまう。

 少女が完全に見えなくなった途端、黒猫の渦は弾けるように光となり、姿を現した少女は黒いローブにおとぎ話の魔女がかぶるような帽子を身に纏っていた。


 どよめく観客に向かって少女は深くお辞儀をすると、空中に手を伸ばすような仕草をする。

虚空から沸きだすように小さな捻れた木の杖が現れ少女の小さな手がそれを握る。


 少女はクルリクルリと演舞のように舞いながら杖を振るう。

 杖の動きに合わせて地面からピョンと小さな芽が飛び出す。

 それは杖が振られる度に大きくなり、さらに数を増して少女の周りは緑の鮮やかな森へと姿を変えてしまった。


 繁みが揺れて様々な動物が姿を見せる。

 ウサギ、リス、小鳥、鹿、キツネ、さらにはツノのついた魔獣のウサギまで。

 動物達は現れては観客の方へと跳ねていきまた光となって消える。


 一際大きく繁みが揺れて、巨大な灰色のクマがノッソリと姿を現す。

 少女は慌てた様子で観客の方へと駆け出した。

 その後をクマが猛然と追いかけはじめ、観客達はたまらず道をあけるが、少女とクマはそのまま観客の目前で空中へと駆け上がり追いかけっこを演じる。


 ぴょんぴょんと跳ねるように逃げ回る少女の周りには先ほどまで姿を現していた動物たちまで一緒になってクマから逃げ回っている。


 やがて森へと逃げ戻ってきた少女が杖を振ると琥珀色の雫のしたたるツボが現れ、少女はそれをクマに差し出す。クマは鼻を鳴らしてツボを抱え込むと大きな手をつっこんで中身をなめはじめた。その様子を不安そうに少女と動物達が見つめている。

 クマは満足したのか少女に向かって頭を下げるようにしてその頭を少女が恐る恐る撫でる。


 最後に少女や動物達、クマまでもが横一列に並び深く頭を下げてお辞儀をする。

 途端、パッと光が弾けてあとには少女も、森も、動物達も何も残ってはいなかった。




____________________



[挿し絵風AI絵]


シズの大道芸


https://kakuyomu.jp/users/Yutuki4324/news/16818023211947257682

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