28話 クラウスという男
◇ ◇ ◇
私が注いだ酒を少し口に含み味わった後、カサンドラは話を続ける。
「今にして思えば…クラウスには悪いことをした…そう思ってる。だがクラウスを護るには厳しくするしかなかったのさ」
「存在を知られるわけにはいかなかったからか」
「あぁそうさ。あの子の死んだ後、クラウスはアタシの拠点に住まわせていた。遊びたい盛りの子供に、拠点から出ないように、親でもないアタシやアタシの仲間が厳しく厳しく言い含めてね。クラウスにすれば面白くなかっただろうね」
「仕方のないことだ」
「一応はアタシも考えたさ。クラウスには父親が公爵であることは隠したまま、魔法の手解きをして、目の色を隠せるような魔法を教えこんだんだ。クラウスが12になる頃にはちゃんと意識をすれば瞳の色を隠せるようになった」
「才能はあったのだな」
「……そうだね。それが良くなかったのかも知れないね」
「どういうことかね?」
カサンドラは顔に後悔を滲ませて話を続ける。
「アタシはクラウスが街から出られるよう、冒険者として旅ができるようにしようと思った。そうすればある程度は安全だし、窮屈じゃないだろう?それで同年代のスラムの子なんかと一緒に冒険者としての技術を仕込んだのさ。旅の仲間になってくれればいいと思ったんだよ。だがクラウスはアタシに魔法の手解きを受けていた分、ほかの子よりも強くなっていたのさ」
「増長したわけか…」
「クラウスはほかの子を子分の様に扱ったのさ…あるいはアタシ達に押さえつけられていた反動だったのかもしれないね。冒険者登録をして……18で街を旅立ってからもそれは変わらなかったようでね…10年くらいしたある日、クラウスと一緒に旅立った子達が街に帰ってきて…話を聞かされたよ…クラウスは横暴が過ぎてパーティーを追い出されていたのさ」
「……冒険者ではよくある話ではあるがな」
「それで13年前だ…クラウスが街に帰ってきたのは…どこかで聞きつけたんだろうね…「俺はこの街の領主の子だろう!隠していやがったな!」ってね…金が無いのか、こけた頬にあの蒼い瞳をギラギラさせて、アタシのところに詰め寄りに……」
「それで、どうしたのかね?」
「……さすがに隠せなくてね。教えてやったよ。出自も母親の死んだ原因も。だから、そうだとしても絶対に公爵の屋敷に行ったりするな、殺されるだけだとちゃんと教えてやったよ」
「……従わなかったのだな」
「少し金を持たせてやって…仮住まいも用意してやって…冒険者の方は活動停止処分をくらっていたからね…あとは傭兵にでもなるか…普通に力仕事でもして働くか…そんなとこだろうと思ってた。が…しばらくして、あの処刑があった………虚しくもあったが、これで何もかも済んだと思ったよ」
「だが少女が産まれていたわけか」
「街に帰ってきて、アタシのとこに来た後すぐだったんだろうね。スラムの女を襲ってやがったのさ…アタシか、あの男か、あるいはロクサーヌへの当てつけのつもりだったのかね……」
「それが少女の母親か…」
「シイラという名だそうだ。アタシは全く知らない女だ……どういうつもりでシズを産んだのか、
「なんと…………」
「それで7年程前だ…色街に変な子供が来てるってウチの者が言ってきてね。金がどうしてもいるから働かせてくれって、4つか5つの子供が独りで娼館を尋ねて回ってるって言うんだよ。ほっといたら良くない輩にさらわれるかもしれないんで一旦ウチの娼館で預かってるって。で、話を聞きに会いに行ったのさ…びっくりしたよ、心臓が飛び出るかと思った」
「それは…そうだろうな」
「あの子に雰囲気がそっくりな子供が氷の蒼の瞳でジッとこっちを見てるんだ……さすがのアタシも頭を抱えそうになったよ…」
カサンドラは一旦言葉を切ると、強い決意を感じさせる顔になる。
「…だが、だがね、今度こそ間違えまいと…ちゃんと愛してやろうと…そう思って…アタシなりにやってきたつもりだよ」
「冒険者登録もか」
「あぁそうさ。これでシズは冒険者として保護を受けることができる…容易に貴族共が手を出せなくなる」
「まだ6等級だ…さすがに公爵家や王家の要求を退けるほどの価値は…」
「シズなら何年もしないうちに2等級くらいにはなるさ」
「……できれば1等級…いや特級が必要だ」
「天下の冒険者ギルドがえらく弱腰じゃないか?えぇ?」
少し苛立ちを滲ませ、挑発するようにカサンドラは言う。
だが、事はそう単純ではないのだ。
私は表情を動かさずギルドとしての対応を伝えていく。
「少女は間違いなく王家の血を引いているのだ。それを理由に身柄を要求された場合、突っぱねるにはそれなりの理由が必要になる」
「…ふん、シズなら特級だってすぐだよ。今の言葉、ちゃんと聞いたからね!」
「あぁ、私とて彼女の忘れ形見をむざむざ失いたくはない」
やはり、駄目だな……私情が混じった私の返答にカサンドラは少し笑う。
それはいつもの嘲るような笑いではなく、むしろ楽しそうな笑いだ。
「おや?そいつは公私混同じゃないかい?」
「どの口が言う」
「ふん…ま、シズも瞳の色は隠してるし、公爵家の間諜もここしばらくは見ちゃいないがね」
「君がめぼしい者は狩り尽くしたのでは?あの手の職は熟練に時間がかかる。いるかいないかもわからない子供を探させるのに切れる札ではない。まして領主は10年も前に代替わりしているのだ。実権は息子に移っている。心配し過ぎではないかね?」
「あの男は蛇だ。どこまでも周到で執念深い…油断は出来ないね」
「少女が火種となりうるのはわかった…警戒しておこう」
「頼んだよ、ジョシュア……アンタ顔真っ赤じゃないか。弱いのに一気なんかするからだよ」
「む……勿体ないが魔法で抜くか…」
「ったく昔からしょうのないやつだ、ほれ…他の回復系は苦手なんだがこれだけは得意なんだよ」
カサンドラが魔法で酒を抜いてくれる。
全く…この人には昔からかなわないな…。
「それじゃ、邪魔したね」とカサンドラは来たときと同じように足音を鳴らして颯爽と出ていってしまった。
正直なところ、このまま酒を飲んでいたいが……。
カサンドラが出ていったのを確認したのだろう、職員が部屋の扉を叩く。
…気は進まないが仕事に戻るとしよう。
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[挿し絵風AI絵]
スラムの少女 シズ
https://kakuyomu.jp/users/Yutuki4324/news/16818023211928541036
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