27話 支部長と家長と昔話

 シズが屋敷でクランの説明を受けている頃……


 ◇ ◇ ◇


「邪魔するよ」


 書類に目を通していると扉の向こうから声をかけられる。不遜だが妙な色気と迫力を感じる女の声だ。

 声の主は返事も待たず支部長室の扉を開き、カッカッと足音を響かせて部屋に入ってくると、応接用のソファへ深く腰かける。

 30代半ば程に見えるその女は燃えるような紅い髪に紫のドレスに黒い毛皮のマフラー巻き、刺すような視線をこちらに向けている。


「…私は支部長で君は一冒険者なのだが?」

「ハッ、若僧が。一丁前なことを言うじゃないか、ええ?」


 相変わらずの不遜な態度だがこの人の実績を考えれば仕様がない話か…。


「……まったく…あぁ君、すまないが大事な客だ。少し席を外してくれたまえ」


 秘書をしてくれている職員を部屋から出す。

…これからする話はあまり人に聞かせられるものじゃないだろう。

 職員が部屋を離れるのを確認し、女の向かいのソファに腰かける。


「カサンドラ、この街最大の冒険者クランの長がわざわざ支部長室に押し掛けたのだ。さぞ重大な用件なのだろうね?」


 女、カサンドラはマフラーをほどいて応接机に放り投げる。細めた目はこちらを見透かすようだ。…本当にこの人の相手はやりにくい。


「とぼけるねぇ…分かっているだろう?あの子をよく知るアンタなら」

「……シズという冒険者の少女のことだな。昨日登録をした」

「そうさ……じゃあやっぱり分かったんだね」


 やはり用件は昨日、ただ1人登録をした彼女のことだったようだ。窓辺に佇んでいた彼女の姿は今も鮮明に思い出せる。

 あぁ……あれは………かつて密かに思いを寄せていた女性ひとにそっくりだった……。


「……一目で分かったよ……いや、顔じゃないな…雰囲気だ…幼い日の彼女に…君の妹…ロクサーヌにそっくりだった」


 私が認めるとカサンドラは「ふん」と鼻を鳴らし、ソファに預けていた背を離して前のめりになる。

 話はここからが本番だろう。


「そうだ。シズはあの子の、ロクサーヌの孫にあたる子だよ。そしてこの街の領主の血も引いてる子だ」

「…前領主だ。今は家督を長男に譲っている」

「変わらないさ、シズが公爵家の…つまりはこの国の王族の血を引いてるってことには変わりはない」

「少女はこのことを知っているのか?」

「まさか。シズ自身はスラム生まれスラム育ちだと思ってるし、生活自体も実際にそうだ…あの男もシズのことは知らないはずだ…まだね」

「あの日から君が徹底的に間諜を排除しているからな…」

「もとはあの子の復讐の為だ…その為にクランを作った」

「……一等級冒険者になり街に帰ってきて…彼女の死を聞かされたときは愕然としたよ」

「アンタがもっと早く帰ってきてくれたら!!」


カサンドラは語気を荒げ、私を責めるように睨む。

私は謝罪を口にするしかなかった。


「…すまない」

「いや、今のはアタシも悪かった……あの子は、ロクサーヌは刹那的な子だった。アンタの気持ちには気づいてたかも知れないが、帰りを待つような子でもなかった……アタシだって街を離れていたんだ。アンタを責められる道理はないね」


 カサンドラは深く息をつく。

 私はコップを2つ用意して魔法を使い水を注ぐ。


「なんだい、水かい」

「朝から酒を飲む趣味はない」

「素面で話したい内容でもないがね…」


 カサンドラは水を一息にあおり話を続けた。


「発端は知ってるんだったかね?」

「…いや…君の口から聞きたい」


「いいだろう」とカサンドラは目を一度瞑り、語り始めた。


「……アタシが特級になって少しした頃だ。ロクサーヌからギルド経由で手紙が届いたのさ、子供が出来たってね。本当に短くそれだけの報せだった。あの子がここの色街で客を取ってたってのは知ってたんだが、娼婦達は娼館付の魔法士に避妊の魔法をかけてもらうものだろう?じゃなきゃ稼げなくなるからね。誰かいい人でも見つけたのかと思ってパーティーの連中と急いで帰ってきたんだ。アタシはもしかしたら相手はアンタかも、なんて思ってたよ」

「…だが違っていたと」

「街に帰ってすぐにあの子の住いを訪ねた。あの子は小さい男の子を抱いて迎えてくれたよ…可愛い子だと思った…瞳の色を見るまではね」

「…氷の蒼アイスブルーか…」


 瞳の色は男系に継がれてゆく。

 氷の蒼の瞳はこの国の王族の血を引く証だ。


「すぐにあの子に問いただしたよ。どんな相手だったか、なんで避妊をしなかったのか、その後何かなかったか。アタシの剣幕にもあの子はキョトンとしてねぇ…「冒険者でも無い、鉱夫でもない金髪の綺麗な瞳の男がね!ふらっと娼館にやって来てね!一目惚れしちゃったから子供だけでも授かろうかなぁって思ったのよ」なんて暢気にしてたよ。アタシが相手は貴族、それも公爵家の男だと、ことの重大さを説明してもまるで分かってないみたいに「姉さんは気にしすぎよ、別に認知しろ!身請けしろ!なんて言うつもりもないし」なんて言ってね…」

「……彼女らしいな…」

「アタシはすぐにこのことをパーティーの連中に伝えてあの子の周りを警戒してもらった。それと子供の父親が誰かも調べてもらったよ。で、父親が公爵家の次男だってわかった。あまりいい噂は聞かなかったね…」

「たしか…長男が事故で亡くなって次男が跡目を継いだのだったな」


「そうだ……子供が5歳を迎えた頃だったね…あの男が跡取りに繰り上がったのは……あの男は公爵家を継ぐのにロクサーヌとのことが汚点になると思ったんだろうね……公爵家当主が娼館に通ってたなんて言いふらされたら最悪だからね」

「そもそも公爵家の男が娼館に足を運ぶことが問題だろう、お忍びでもな」

「ハッ、違いない……それで、刺客が来たのさ。あの子の住いにね。護衛をしてくれていたパーティーの斥候はその時、刺客と相討ちになって、あの子も顔に傷を負った」

「…彼女が死んだのはその傷が原因で?」

「毒も使われていたからね…痛みと…殺されそうになった心労からだろう……心を病んだ末に…自ら命を絶った」

「………ロクサーヌ」


 あぁ…どうして私は傍にいてやれなかったのだ……。

 自責の念がジクジクと胸を苛む。


「だから…アタシはロクサーヌを名乗り始めたんだ。ロクサーヌは死んでいない、お前の狙う女はまだ生きているぞとあの男に思い知らせる為にね。拠点も色街に作って徹底的にやってやったさ。刺客も間諜も何人殺したかわかりゃしない」

「子供のことは気づかれていなかったのか?」

「あぁ、たぶん12年前まではね」

「あの公開処刑されたクラウスという男かね?」

「クラウスは…愚かな男だったよ……」


 話はまだまだ長引きそうだ。

 あぁ、クソ、たしかに素面でする話ではないな。

 私は一度席を立つと棚から取り出した琥珀色の強い酒を2人分コップに注いで自分の分を一気にあおる。あぁ、喉が焼けて涙が出てくる。酒はちびちび飲むのが好きなんだ、私は。

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