17話 おねえちゃん

「急いで!急いで!」

「そ…そんなに強く引っ張らないで」


 やってしまった。日が暮れて辺りはもう真っ暗だ。いつもは屋根の上を走ってるから移動時間を完全に見誤ってしまった。

 ジョゼの歩みもわたしよりかなり遅いから

 スラムまではまだ結構ある。大遅刻だ。


「ジョゼ、ごめん」

「わっ!?」


 身体強化を使ってジョゼの背中と膝裏に手を回して抱えて走る!すれ違う人がビックリしてるけど、もう知ったことじゃない!


「ハァハァ…つ…着いた」


 なんとかスラムの家に着いた…けど……あっ


「シズぅう?こんな暗くなるまで帰って来ないなんて…」

「あ…アマンダさん…」

「心配するじゃないかああああ」

「むぎゃ」


 アマンダさんの強烈なお仕置きハグだ。

 愛と怒りと優しさの込められたハグはたっぷり5分間続き解放された頃には窒息で頭がクラクラになっていた。

 …前はゲンコツを頂戴してたんだけど…つい身体強化で防いでしまってからお仕置きハグになったんだよね…。


 ▽ ▽ ▽


「それで?このチビッ子はどうしたんだい?」

「ジョゼっていうの。広場で独りだったから連れてきた」

「はぁ………ジョゼ、アンタ家はどこだい?この街にあるかい?」


 それからアマンダさんが色々尋ねてもジョゼは首を横に振るばかりであまり答えてくれなかった。

 結局わかったのは8歳だっていうこととジョゼっていう名前だけだ。


 改めてジョゼのことをよく見る。

 身長はかなり低い…わたしが言えたことじゃないけれど8歳には見えない。

 着ている服は特別上等というわけでもないどこにでも売ってるような服だ。

 肌の色は悪くはないけど、とにかく目の下の隈がひどい…ろくに寝てないんじゃないだろうか…。


「ジョゼ、ちょいと服の中を見るよ」

「あっ…」


 ジョゼの身体は…青アザがたくさんついていた。杖で叩いたような長細い青アザがいくつも交差していた……。


「…ひどい」

「やっぱり“迷子”か……」


“迷子”っていうのは、何かの理由で捨てられた子どものことをスラムではそう呼んでいる。たいてい捨てられた子は「捨てられてない」「はぐれただけ」って言うからね…

 “迷子”がでたら余裕のある誰かが面倒を見て、スラムで生きられるように色々教えることになっている。

 ただ、ジョゼはなんとなく普通の“迷子”とは違うんだよね……。



「ったく………ウチはさすがに狭いし年の近いシズのとこの方がいいか。シズが連れてきたんだ。ちゃんと面倒みてやんな」

「わかった」

「シズが仕事に行ってる間はアタシが面倒見てやるよ」

「うん」

「ジョゼ!とりあえずウチで夕飯を食べよう。ウチの家族を紹介してあげるよ、ついておいで!」

「…あの…ボク…」

「返事は!!」

「!…は、はい」


 ▽ ▽ ▽


 アマンダさんの家族とわたしとジョゼとで

 簡素な食卓を囲む。いつもの麦粥に、戻した干し肉と野菜くずのスープ。それとわたしが買ってきたワッフルが並んでいる。


「それじゃ改めて、アタシはアマンダだよ。こっちが旦那のウーゴ」

「よろしく、ジョゼ君」

「で、そっちがトニオとトンマ。双子だからどっちがどっちかわからないだろうけど覚えなくていいよ」

「あっ、ひっでえなお袋」

「そりゃないぜ」

「俺がトニオ、よろしくなジョゼ」

「俺がトンマ、髪型がちょっと違うだろ?」


 ウーゴさんはアマンダさんの旦那さんで

 ボサっとした茶髪、たれた目尻に深いシワのある優しそうな印象の男性だ。実際とても穏やかな人だ。

 トニオさんとトンマさんは双子で19歳、どっちがどっちかわからないくらい似ている。

 まぁトンマさんは耳の上に剃りこみをしているからすぐに分かるけれど。あんまりにも似てるものだから間違われないように剃ってるんだって。

 顔はアマンダさんに似て少し浅黒の快活そうな印象で目だけが少したれた優しそうな目だ。


「シズだよ、もうすぐ12歳」


 一応、わたしも自己紹介しておく。


「シズ、アンタ誕生月までまだ3か月あるじゃないか」

「3か月はもうすぐ」

「おいシズ、ジョゼに見栄張りたいからって先走り過ぎだぞ」

「そうだぞシズ、3か月はまだまだ先だ」

「もうすぐ」


 3か月はもうすぐだから。

 今が11月、わたしの誕生月は2月だ。

 スラムでは誕生月でお祝いをする。

 何日に生まれたかわからない人も多いからね。暑い日だったから8月を誕生月にしようか、みたいな人もいるし。


「ジョゼ君は誕生月はいつなんだい?」

「……11月」

「おや、じゃあ今月が誕生月だね」

「あら!じゃあお祝いしないとだね!」

「お?肉か?」

「肉だ肉!な、ジョゼも肉がいいよな!」

「………うん」

「アンタ達!ジョゼが困ってるよ」

「シズはいいよなぁ、結構肉食えて。ま、その割にチビなままだけどな」

「むっ」

「こら、シズさんはお前達よりも働き者なんだぞ?」

「まったくだよ。アンタ達はまずアタシと同じ時間に起きてみるんだね」

「「そりゃ無理だ!」」


 息がぴったりのトニオさんとトンマさんの調子にジョゼも少し笑っている。

 少しは気がまぐれたかな?


「さて、食べ終わったらサッサと寝るんだよ。ジョゼはシズについていきな」

「シズおねえちゃんに……?」


 ジョゼ…何その呼び方?なんだかムズムズするよ。


「ジョゼ、シズでいい」

「……でも」

「ワハ、ワハハハ、シ…シズがおねえちゃんだってよ!」

「ウハハハ、シズおねーちゃん!ウハハハ」

「二人ともウルサイ」

「なんだよ?それに昔はシズも俺たちを“おにいちゃん”って言ってたよな」

「言ってない」

「いいや、言ってたね」

「そうだぞ、言ってたね」

「むっ」

「ほら!いつまでもバカ騒ぎしてるんじゃない!シズもこんなバカ共に付き合わなくていいから早く寝な!明日からまた早いだろ?」

「わかった…皆おやすみ、ほらジョゼも」

「……おやすみなさい」

「あぁ、お休み」

「「またな!」」

「二人ともお休み!」


 ▽ ▽ ▽


 ジョゼの手を引いてわたしの家につれてきた。

 …今から水浴びは面倒だな…また魔法で済ませてしまおう。…ごめん、クレアさん。


「ジョゼ、家に入る前に体を綺麗にするから」

「…うん」


 ジョゼが裾から手を抜き始める、待って待って。


「ジョゼ、服は脱がなくていい」

「……湯浴みじゃないの?」


 湯浴み…?ジョゼはお湯使ってたのかな…?


「違う、こうする…〖清浄〗」

「わっ」


 ジョゼに魔法をかけた後、自分にもかける。ジョゼは自分の体を見回して驚いている。わたしの〖清浄〗は小さな光がいくつも纏わりつくような感じだからビックリしたんだろう。


「すごい…シズおねえちゃんは魔法が使えるの?」

「うん、グランマに教わってる」

「グラ…?」

「ほら、綺麗にしたら家に入るよ。〖開け〗」

「ほわぁ…勝手に穴が開いた」

「ほら、入るよ」

「あ、うん」


 出入口をしゃがみながらくぐって家に入る。

 さすがに二人だと狭いかな……?


「靴は脱いで、そこの箱にいれて」

「これ?」

「うん、それ」


 入り口を閉じて、耳飾りを外して壁にかける。

 ジョゼは物珍しそうに壁を見回している。

 わたしは毛布をめくって床の敷物にジョゼのスペースを空けてさっさと横になる。


「ほら、早く寝るよ」

「えっ…シズおねえちゃんの横で寝るの!?」

「そうだよ…外で寝たいの?」

「……でも」


 ジョゼはなんだかモジモジしてる。

 まだ昨日の疲れが残ってるからか眠いんだよね……少し身を起こしてジョゼの手を引いて催促する。


「ほら、早く」

「……うん」


 ジョゼを寝かせて毛布をかけてあげる。


「ほらもっと寄って、毛布からはみ出しちゃうから」

「…うう」


 そのまま背を向けたジョゼに手を回して抱き抱えるようにする。

 昔はアマンダさんによくこうしてもらった。

 体をくっつけると暖かいし不安が和らぐんだ。

 少し手を伸ばし、魔星石の灯りに布をかけて暗くする。


「おやすみ、ジョゼ」

「うん、おやすみなさい…」




 









 



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