15話 第2の怪物
ペラ、ペラ チョキ、チョキ
ペラ、ペラ チョキ、チョキ
本のページを捲る音と、ハサミの鳴る音だけが静かな店内に響いている。
カウンターの空いたスペースに防具屋さんで買ってきた革の端ぎれを広げて、ハサミを入れていく。今日は革のリーフポーチを作っている。薬草を採取した後に戦闘があっても潰れないような、しっかりとした造りにしたいから革を重ねてみようかな。
誰も訪ねてこない店内は静かで集中できる絶好の作業スペースだ。ペニーさんには悪いけどね…。
チラリとペニーさんを見やる。まだ本を読み切るまでかかりそうだ。仮縫いくらいは出来るかな…。
シュッシュッと重ねた革に糸を通しているとパタンと本を閉じる音がしたので、作業の手を止める。
「ときに、シズお嬢さん。」
ペニーさんは本を読み終わるとすぐに話かけてくる。いつものパターンだ。
「君はハサミをいつも使っているね?」
「うん」
「そのハサミが一体どのような原理でモノを切断しているか、考えたことはあるかね?」
「ううん…刃が付いてるからじゃないの?」
「残念だが少し違う。説明してあげよう」
こんな感じで、ペニーさんは色んな知識を教えてくれる……というよりは仕入れた異邦人由来のうんちくを垂れたいだけだと思うんだけど面白いし実際役に立つからしっかりと耳を傾ける。
〖
あっ 話が終わった… 『テコノゲンリ』っていう小さな力でより大きな力を発揮できるモノがあるらしい。まるで魔法だね。
……シテン?リキテン?…ハサミは刃の根元がよく切れるってことは分かったからいいよね?
いつもならここでまた読書に戻るペニーさんだけど今日は様子が違うみたいだ。
「ところでこんな話を知っているかね?あるところに人を騙しては金を巻き上げるひどい女がいた。詐欺師というやつだな」
急に話が始まった…なんの話かな?
相槌を打って続きを促していく。
「詐欺師…」
「あるときその詐欺師が惨殺されて見つかった…喉を切り裂かれていたそうだ」
「うわ…」
「またあるところに、盗みばかり働く男がいた。スリもやるし空き巣もやる、そんな男だ」
「悪いやつだね」
「で…その男も惨殺されて見つかった。両手両足が切り取られていたそうだ」
「…」
「またあるところに、女ばかり狙うような人殺しがいた」
「…もしかして」
「そう…そいつも惨殺されて見つかった。
目玉がえぐられ、性器も切り落とされ、その上で首を切り落とされていた…」
えぐいよ!?なんて話をしてくれるの!?
でも続きは気になる……。
「犯人は?」
「…なんと…怪物がその3人を襲ったというんだよ」
「怪物…!」
「その怪物はね…両手が大きなハサミになっていてね」
「ハサミ!」
「なんと!頭までハサミだったんだ!」
「頭まで!?」
「それ以来、悪いことをしたらハサミの怪物がやってきて…殺されてしまう…そんな噂がされるようになったのさ、人々はその怪物を“シザーハンズ”と呼んで恐れたそうだ」
「………!」
ひぇ…そんな怪物が……!
「どうだったかね?恐かったかね?シズお嬢さんも悪いことはしちゃあいけないよ?シザーハンズがやってきてしまうからね?」
「ううう……ブルっときた…!」
「そうかね!恐かったかね!いやはや話を考えた甲斐があるというものだね!」
「え…作り話??」
「その通り!異邦人の文化にね、あえて子どもを恐がらせるような話をして躾をする、そういうものがあるんだよ!ほらそこに、オーガのお面があるだろう?あれは“ナッマハゲ”と言って異邦人の世界のオーガだそうでね、冬になると……」
わたしの反応を見て満足そうにすると、さらに早口になっていく。完全に自分の世界に入ってる…こうなるとペニーさんは止まらない。1時間はこの調子で話続けるんだ。
でもお話は本当に恐かった……。
もう、お仕事で忘れ物見つけても持っていかないようにしよう……。
「えーーー、どこまで話したかね?」
作業の続きをしてポーチが完成した頃、ようやくペニーさんが自分の世界から戻ってきた。
「シザーハンズの話」
「そうだそうだ、その話だったね。話自体は作り話なんだがね?なんと両手と頭がハサミの怪物は異邦人の世界にちゃんといたようなのだよ」
「本当?」
「本当だとも!実はあるツテで異邦人の画家が描いたという怪物の絵を手に入れたのだよ!さきの話もその絵から着想を得たものなんだが…見てみたいかね?」
「…見る」
「よろしい!持ってくるから少し待っていたまえよ」
そう言うとペニーさんは奥の部屋に引っ込んでしまった。
怪物…どんな恐ろしい見た目なのかな?
魔獣は見た目は動物だったし…魔物はまだ実際には会ったことはないけど絵図ではそんなに恐くはなかった。
ペニーさんは布のかかった絵を抱えてすぐに戻ってきた。あらかじめ用意してあったに違いない。
そういえば、今日はハサミの話ばっかりだったな…もしかして、この絵を見せる為の前振り?相変わらず回りくどい人だ。
「これがその絵…異邦の怪物絵師『Q』による作…“第2の怪物”と題されたものだ、とくと見たまえ!」
バッと絵にかかった布を取り払うペニーさん。布に隠された絵が姿を現す。その絵はたしかに怪物の絵だった。両手は大きなハサミ状になっていて頭もたしかにハサミが開いたようになっている。でも…なんというか…その見た目は……
「……セミ?」
その怪物は…前に絵図でみたセミそっくりだった。
「……ふむ」
布を捲った体勢で固まっていたペニーさんもわたしの隣にならんで絵を見る。
「セミかね?」
「セミだよ」
「…セミ…か」
「うん、セミ」
ペニーさんは絵に布をかけ直すとそそくさと奧にしまいこんでしまった。
「おお、もうこんな時間だ!シズお嬢さん。広場までお昼を食べにいこうじゃないか!」
「行く」
あからさまに話を逸らしたペニーさんと広場にお昼を食べに行くことになった。
あの絵はまた日の目を見ることはあるんだろうか……さようなら第2の怪物。……第3、第4の怪物がペニーさんを待っているよ、きっと。
ちなみにペニーさんは外出するときは付け鼻を外す。恥ずかしいらしい。
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