14話 シズの休日

……目が覚めて、いつもの低い土壁じゃなくて見慣れない部屋にいることに気づく。

昨日は…グランマのうちで夕ごはんを食べて、それから…………。

 ハッ!と一気に目が覚める。ごはんの後、眠っちゃったんだ……!


 ふかふかのベッドは名残惜しいけど…誰か探して……あ、服も着替えさせられてる…肌触りが良すぎるよ…なにこれぇ…はっ…いけ ない…!

 部屋をでるとお屋敷のスーツメイドさん達がパタパタと動き回っている。


「おはようございます、シズ様。よくお休みになられましたか?」

「あっ、えっと、はい…クレアさんは…」

「クレアですね。呼んで参りますので、部屋でお待ちください」


 見慣れないメイドさんだったからうっかり人見知りが出てしまった…最近は知ってる人としか会わなかったから……。


「おはようございます、シズちゃん。よく眠れましたか?」

「おはよう、クレアさん」


 部屋に戻って待っているとすぐにクレアさんがやってきた。


「クレアさん、わたしの…いつもの服は…」

「持ってきていますよ、はいどうぞ」

「手触りが違う…」


受け取った服は、暖かくてお日様の匂いがする。


「ちゃんとお洗濯して干しておきましたからね。清浄の魔法だけではダメですよ?」

「服一枚だけしかないし…」

「いま着ている寝間着と昨日の森に行くときに着ていた服を差し上げますから、ちゃんと着替えてくださいね」

「そんな…!貰えない…」

「マダムがシズちゃんの為に作らせたんですよ?シズちゃん以外にサイズが合う人はお屋敷には居ませんよ」

「グランマが……」

「そうですよ。だから遠慮しないでくださいね」

「…わかった」


 またお世話になってしまったみたいだ………うぅう。


「アマンダ様には伝えておきましたから、食堂で朝食を食べていってください。シズちゃん、今日は安息日だって気づいていますか?」

「あっ」


 週に1日、安息日にはお仕事も訓練もお休みだ。全然気づいてなかった…


 クレアさんと一緒に朝食のタマゴサンドを食べた後、門まで行く。門にはグランマとブルーノさんがいる。お話中みたいだ。


「おはようございます、グランマ…昨日はごめんなさい…えと…疲れて寝ちゃって…」

「おはよう、シズ。謝ることなんて何にもないよ、全く。子供のくせに気を遣いすぎなのさ、アンタは」

「でも…」

「でももヘチマもないよ!ほら、今日は休みだろ!さっさと遊ぶなりなんなりしてきな!あーほれ、今週分の小遣いだよ」

「ありがとうございます……それじゃあグランマ…また明日。ブルーノさんも、また明日」

「ああ」

「気をつけてお帰りよ」


 お小遣いをもらってお屋敷を後にする。

一旦、スラムの家まで帰ってアマンダさんに挨拶をしてからお出かけしようかな。


▽ ▽ ▽


 家に帰ってから、貰った服なんかを置いて

またすぐに出かける準備。

 お気に入りのハサミと縫い針と縫い糸に、穴あけ針の入ったポーチを大事な物入れから出して肩掛けカバンに詰めて、お小遣いもお財布に入れてカバンの中に。あとは……耳飾りを着けて行こう。


「アマンダさん、おはよう」

「おや、おはようシズ、それとお帰り。昨日は疲れて眠っちゃったんだって?シズにも子供らしいとこがあったんだねぇ。それで今日はお出かけかい?」

「うん、防具屋さんと…それから広場に行くよ」

「あぁ気をつけてね、夕飯はいるだろう?」

「うん」

「いってらっしゃい!」

「いってきます」


▽ ▽ ▽


 領都『エルドスート』を出て西へ向かうと魔域、魔鉱山『エルドマイン』が広がっている。

 だから領都の西地区は冒険者や鉱夫の出入りが激しくて、特に人の多い場所だ。

 冒険者ギルドや鍛冶屋、防具屋に道具屋、それと余所の街から出稼ぎに来る人が大勢いるから宿屋がとにかく沢山ある。

 その辺りのことを『冒険街』なんて呼んでいる。

 正直グランマが仕切ってる北地区のほうがよっぽど治安がいい。

 『裏街』なんて呼ばれてるけれど、グランマの配下の人が見回りとかしてるからね。昔はもっと、危ない薬のお店とか非合法な組織が沢山あったらしいんだけどグランマとその仲間達で一掃してしまったんだって。

 ちなみにわたしの住んでるスラムは北西の外壁近くに広がってる。

 冒険者ギルドと裏街の勢力圏がちょうど重なるあたりが壁になって悪い人が手を出しにくいから自然とそこに身寄りがなかったり貧しい人が集まって出来たらしい。

スラムの人は男の人が簡単な力仕事なんかをしながら生計を立てて女の人は家の事をしている。

 スラムから見て、領都の中心部のほう、ちょうど色街と冒険街の境目あたりに“広場”はある。

 ちょうど空白地帯みたいになっていたところに誰かが屋台なんかを出し始めたのが始まりみたいで、今では勢力関係なく色んな人がいるところだ。冒険街や裏街の人達はモチロン、普通の領都の住人や東の商業区にお店を構えてるような商人まで来てるらしい。

さすがにお貴族様は来ないみたいだけど。


 ややいびつな円形の広場には人がギリギリすれ違えるだけの幅をなんとか確保して、車輪付きの屋台や、敷物に品物を並べただけのような構えの店が乱雑に並んでいる。売っているものも、とにかくバラバラでまるで規則性がない。

 早い者勝ちで場所をとるから来る度に店が変わっていたりするんだ。場所取り競争に負けた店が広場から街に続く路地に侵食している。


 そんな路地の、並ぶ店も無いような奧に、わたしのお目当てのお店はある。


 色とりどりの風船で飾りつけられた、濃い青の日除け屋根に、『奇妙な道化師ストレンジ・クラウン』という金色の縁取りの文字が踊っている。

 『OPEN』と見慣れない文字の木札のかかった、少し古くなった入り口のドアを開けるとカランカランとドアベルが鳴った。


「ペニーさん、いる?」


 声をかけるけれど返事はない。まぁいつものことだけれど。


 薄暗いランプに照らされた狭い店内には棚が等間隔で3列並んでいて奧にカウンターが少しだけ見える、縦に長い造りのお店だ。

 店に入ってパッと目につく壁にはたぶんだけど、魔物の“オーガ”のお面がかかっている。

 赤と青に塗られてるから上位種のレッドオーガとブルーオーガかな?

 クレアさんに見せて貰った魔物絵図とは見た目はかなり違うけど…飛び出たツノとキバっていう特徴は一致する。

 そのお面のすぐ下、壁際には動物の置物がたくさん並んでる。あ クマ……昨日はまだお肉が固いから食事に出なかったんだよね…じっくり煮込んで明日のお昼ごはんに出してくれるみたいだ。楽しみ。

 置物のラインナップは……クマ、クマ、魚を咥えたクマ、フクロウ、フクロウ……クマとフクロウが多いなぁ。

 あとは金貨を抱えた可愛くないネコ、カエルの親子に帽子をかぶったラクーン。うーん、あんまり欲しいと思わないな。


 他の棚には…刃物を象った木製の棒きれ、ドラゴンが絡み付いた意匠の剣のアクセサリー。つるはしを持ったシロネコの飾り、頭にランプをつけた赤ん坊の飾り。長い三角の色んな柄の旗。それ以外にも統一感があるようなないような品々がひしめいている。


 カウンターに向かえば、臙脂色のベストにストライプのシャツ、撫で付けた黒髪を7対3くらいに分けた黒ぶちメガネに真っ赤な丸い付け鼻をした初老の男性が読書に集中している。

 銀色の呼び鈴をチンと鳴らすとようやくこちらに気づいたようで本から顔を上げた。


「やぁ、シズお嬢さん。いらっしゃいませ」

「こんにちは、ペニーさん」


この人がこの異邦人ストレンジャー文化専門店、『奇妙な道化師ストレンジ・クラウン』の店主のペニーさんだ。














 





 

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