13話 料理長と晩餐会
さすがのグランマも巨大なクマを運び続けるのは厳しかったみたいで、途中でクレアさんが合図用の魔法を打ち上げて配下の人に迎えに来てもらった。
今は魔獣運搬用の大きなリアカーにクマを乗せて引いてもらっている。
わたしとグランマもリアカーに乗せてもらって並んで縁に腰掛けている。
「アタシも歳をとったもんだねぇ」なんてボヤくグランマに〖
▽ ▽ ▽
お屋敷に着いたのは少し日が傾き始めたくらいの時間。
門ではバーノンさんが「お帰りなさいませ!!」と出迎えてくれる。
「いやはや!!実に見事なクマでありますな!!」
「みんなでやっつけたよ」
「おお!!それは素晴らしい!!」
そんな風にしていると「やぁ、お帰りお帰り」とコックコートの男性が扉を開けてやってくる。
少し立てた髪も太い眉毛も豊かな口ひげも全部白髪で、ぽっこりお腹に陽気な笑顔、身長はカルロスさんより少し大きいくらい。
この人がこのお屋敷のキッチンの長、
ちなみに
「お帰り、マイハニー!ケガはしてないかい?」
「やめとくれ、暑苦しいったら」
グランマをハグして出迎えるジェフさん……あのグランマがタジタジだ。
「シズちゃんもお帰り!」
「わぷっ」
そのままわたしもハグされる…ジェフさんは妙に体温が高くて、確かに暑苦しい…。
「ただいま、ジェフさん」
「うん、お帰り。初めての森はどうだったかな?」
「いっぱい戦ったよ、ほら」
「ほぅほぅ、ウサギにイノシシにクマ…これは料理のしがいがあるね!」
「ウサギはシチューがいい」
「そうかいそうかい!じゃあウサギはシチューにしようね」
「料理長、この後解体をシズちゃんに教える予定でしたよね」とクレアさんが尋ねる……解体、難しそうだな。
「そうそう、夕食の支度までにやっちゃいたいからね。早速教えてあげようか。ブルーノくん、運ぶから手伝っておくれ」
そう言ってジェフさんはリアカーに近づくと「ヨッコイショ」とクマを肩に担ぎ上げてしまった。
「じゃあウサギとイノシシは持ってきてね、裏の解体場だよ」とそのままズン、ズンと地面を揺らして歩いていってしまう。
「…ブルーノ、あれ、できるか?」
「まだ無理だ」
「グランマも魔法で持ち上げてたよ」
「あぁ、お嬢も試しにやらせてもらってたけど上がらなかったもんな」
「みんなで筋トレだね」
「うむ」
「いや…筋トレでどうにかなるのか?」
「ほらほら急がないと夕食に間に合いませんよ!」
「む、急ぐぞ」
「わっ」
パンパンと手を叩くクレアさんに急かされる。そしたらブルーノさんに持ち上げられてそのまま肩に座るような形で走って運ばれた。
「おーーーー!高い!」
これは楽しいかもしれない。またやってもらおう。
▽ ▽ ▽
「じゃあ早速やっていこう!難しく考えなくてもいいからね!失敗してもお肉は食べられるからどんどんやっていくよ!」
ジェフさんに教わりながら解体をする。
わたしはウサギを担当して、ジェフさんはイノシシで手本を見せてくれている。
少し離れたところでブルーノさんがクマを黙々と解体している。速いし上手だ…ブルーノさんって実はかなり器用?
「まず血抜きの時に開いたお腹側からナイフをお肉と毛皮の間に入れてね、背骨のところまで少しずつお肉と毛皮を切り離していこう」
結構、力がいる……ナイフに魔素を纏わせて切れ味があがるイメージで……
「うんうん、シズちゃんは魔法を上手に使っているね!腱のところ…そうそう、そのちょっと太くなってるとこは固いからね、気をつけて…よしよし、上手にできてるよ」
20分くらいで解体できてちゃんと一枚になったウサギ皮がとれた。戦ったときに結構傷がついちゃって売り物にはならなそうだけど…生きてる時についた傷はなぜか魔法でも直らないんだよね。生きてるときと死んだあとでは別の物なんだろう。きっと。
皮は配下の人が受け取っていった。なめしとかの処理をして後日初めての狩りの記念にくれるんだって!毛皮のラグにしようかなぁ。
「初めてにしてはとっても上手だったよ!じゃああとは夕食ができるまで休憩していてね!腕によりをかけて作るからね!」
みんなに清浄の魔法をかけて解散だ。
またわたしのお腹が鳴り出した。ブルーノさん…吹き出したの聞こえてたよ?
▽ ▽ ▽
「今日はシズの初めての森、初めての狩りの記念の晩餐だよ!そこに並んでるウサギもイノシシもシズが1人で狩ったもんだ!シズによーく感謝して、たらふく食いな!
乾杯!!」
「シズちゃんに乾杯!」
「お嬢に!」
「乾杯!シズちゃんありがとうございます」
「シズ様に乾杯!!」
「乾杯」
「…かんぱい」
ウサギのシチューにイノシシのステーキ、
色とりどりのサラダに、柔らかいパン、優しい味のスープ…食堂の大きな机を埋め尽くした料理にお屋敷の皆が舌鼓をうっている。
幸せで胸がいっぱいだ…。皆の優しさのお陰でわたしはスラム生まれなのにこんなにお腹いっぱいに食べられる。いろんなことを教えてもらえる。…本当に恵まれていると思う。
でも、わたしはまだまだ弱い。
グランマみたいな凄い魔法もブルーノさんみたいな怪力も、カルロスさん、クレアさんみたいな素早い動きも知識もわたしには、
ない…。
もっともっと強くならないと…強くなって…強くなって……なんだっけ…。
とにかくまずはお腹いっぱい食べよう。
はやく成長したいな…出来ればクレアさんみたいなカッコいい感じになりたいなぁ。
◇ ◇ ◇
「クレア、シズは?」
「よく眠っていますよ。ベッドまで運ぶときも眠ったままでしたから」
「よほど疲れたんだろ、うちの娘が遊び疲れたときもあんな感じだな」
「そういえばシズちゃんが屋敷に泊まるのは初めてですね。いつもは疲れていてもちゃんとスラムの家まで帰っていましたから」
「律儀なんだよ、あの娘は…。年にそぐわないほどにね」
酒を一口あおり、佇まいを正しながら「それでだ」と話を続ける。
「そのシズのことだが…生い立ちはある程度知っているね?」
「ああ、一応はな」
「はい」
「じゃあイノシシのときのアレが何を意味してるかもわかるね?」
「ここ数年で行われた公開処刑は……シズちゃんの父親の…クラウス氏の一件だけです…」
「なんてことだよ、全く…」
「でだ、シズがやたらと“力”だとか“強さ”に拘っているのはね、おそらくこの一件のせいだとアタシは考えてる」
「…どういうことでしょうか」
「マダム、どういうことだ?」
「あれだけハッキリとしたイメージ……4歳の子供が公開処刑の人ごみの後ろからハッキリ見えたってのは無理があるだろうね」
「…まさか“継承”ですか?」
「おい、どういうことだよ」
「シズはおそらく処刑の見物の最前列…それこそ顔のわかる距離にいたってことさ」
「死の際の強い情念…血縁のような強い繋がり…“継承”の条件は満たしているかと」
「マジかよ…」
「あの男は処刑される瞬間、おそらくシズを認識した…あの娘からは誰かわかっちゃいなかったろうが…そのときにあの男の魂がシズに流れこんだんだ。年齢不相応の態度や魔素量、なにより“強さ”への渇望も、これで説明がついちまうんだよ……クソ忌々しい…あの男も、その父親も!アタシの『家族』を苦しめやがる!」
「どう…しましょうか」
「どうにかなるのかよ?魂のことなんてよ」
「……幸い……シズは優しい、いい娘に育ってくれてる。力への渇望も…別に悪いことじゃないさ…力の使い方さえ誤らなきゃね」
「見守るしかないのですね、私達は」
「ああ、そうだな」
「頼んだよ……ハァ…さすがに疲れたね、アタシはもう寝るよ。アンタ達もさっさとお休み」
「お休みなさいませ、マダム」
「あいよ、お休みマダム」
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