11話 慈悲の刃

「シズ、ちょっとこっちにきな」


 休憩を切り上げて、クレアさんが片付けをしているとグランマに呼ばれた。


「これから使う魔法をよく見ておきな」

 

 そういうとグランマは赤く光る壁を目の前に出現させた。


「何に見えるね?」

「壁?」

「そうさ、アタシは〖魔法壁マナウォール〗と呼んでいるが、まぁようするに壁を出すだけの魔法だね」

「簡単そう」

「そうさ、炎やら風やらを出すよりよっぽど簡単さね。だがコイツは使い方次第で化ける魔法だよ」


 そう言うとグランマは壁を横に倒して、その上に乗る。


「こうやって動かせば…どうだい?」

「あっ 走ったときの…!」

「そうだ。シズ、あんたはイメージする力はかなりのものがある。なら次に必要なのは魔法をどう使うか考える力だ。同じ魔法でも使い方次第で色々なことができるもんだ。ま、色々やってみることだね」

「うん!色々……」


 わたしが使うことができる魔法で何ができるか…頭の中で考えていたら「お嬢!」とカルロスさんに呼ばれる。どうやら何度か呼ばれてたみたいだ。集中していて気づかなかった…。


 森を歩き出した。「あと1度くらいは戦わせたいね、次は魔法も使わせようか」とグランマが言う。

「お嬢、まだいけそうか?」とカルロスさんは心配そうな顔を浮かべている。

「大丈夫」と答えると「無理はするなよ」と頭をポンポンとされた。


 今度は魔素を感じながら歩いていく。

 しばらく歩いていくとまた魔獣の魔素を感じる。ホーンラビットより大きそうだ。


「正面に何かいる。20mくらい先。さっきのウサギより大きいかも。こっちには気づいてなさそう」

「私も同じ意見です。シズちゃんは優秀な斥候スカウトになれそうですね」

「はぁあ、すげえな。俺には何かいるってことしかわからん」

「向き不向きはありますが…カルロスはもう少し鍛えるべきです。マダム、どうしますか?おそらくはホーンボアですが、先制しますか?」

「いや、さっきと同じにシズだけにやらせるよ。シズ、今度は身体強化以外も使っていい。いけるかい?」

「やる」

「シズちゃん、今度はホーンボアです。ホーンラビットより大きく突進も強力ですよ」

「わかった」


〈プギイイイイ!〉


 あえて大きく音を立ててやると繁みを突き抜けて、頭からお尻まで1.5mは確実に越えている大きなイノシシがこちら目掛けて猛然と駆け込んでくる。立派な牙が2本、さらに頭には15cmほどの1本ツノが生えている。

 …こいつがホーンボア!


「デカいぞ!お嬢!」


 わたしは真正面からイノシシを見据え


「〖魔法壁〗」


 さっき教わった壁を出す…ただし斜めに…。


 イノシシはそのまま登り坂になった魔法の壁を駆け上がっていき、壁の途切れたところで宙に飛び出した。


「ダハハハハハっ!イノシシが空を飛びやがった!」

 カルロスさんが爆笑している。


「〖魔法壁〗」


 わたしは振り向いて、イノシシの着地点に魔法で箱を作り出す。〖魔法壁〗を箱みたいに並べてみた、イノシシが丁度入る大きさの箱だ。


「捕まえた」


 イノシシが箱に飛び込むとさらに壁を追加して蓋にする。


 突進を壁で受け止めることも考えたけど、

 わたしが出せる壁じゃ壊される気がしたんだよね。

 スラムの子が車輪付きの板みたいなおもちゃで坂を飛び上がってるのを思い出してやってみた。


 イノシシは牙とツノを振り回して壁に叩きつけているみたいで、ガンガンとすごい音をさせている。


「やるねぇシズ!それで?ここからどうするんだい?」

「う~ん」


 グランマの問いに頭を悩ませる。

 そうだ、ちゃんと仕留めないといけなかったんだ…。


「えと…高ーーく持ち上げて…落とすとか」

「潰れて色々ダメになっちまうよ、却下だ」

「う……何か別の魔法で…仕留めるとか」

「早くしないと壁が壊されちまうよ、ほら」


 見ると壁に亀裂が入りそうになっている。は…早くしなきゃ!でもわたしの〖魔法刃〗じゃ、一発で首は斬れそうにないし……。

 

「お嬢、水だして沈めちまえよ」

「ダメ。苦しんじゃう」

「ってもなぁ」

「シズちゃん、これほどのホーンボアともなれば私やカルロスでも一撃で、というのは難しいのですよ?ブルーノは……」

「拳一発だ」

「ブルーノは例外です。とにかく!一撃に拘らず仕留めることを考えましょう」


 ……今のわたしじゃ無理なのかな?

 でも、出来ることなら苦しませたくない。

 一つだけ思い付いたことがある。上手くいくかはわからないけど……。


「やる、一撃で」


 ◇ ◇ ◇


 4歳の頃、グランマ達と出会う前。

 うっかり表街に入りこんでしまったことがある。歓声みたいな声が聞こえたからフラりと向かってしまったんだ。そこではとにかくたくさんの人が集まって同じ方向を向いて大声を出していた。

 人垣をくぐり抜けてなんとか前にでると、少し高くした木製の台の上に据え付けられた二本の柱とその柱の間に目隠しをされた男性が1人、うつ伏せにされて、板で押さえつけられていた。そしてその上には大きくて重そうな、斜めの刃が鈍く輝いていた。

 

 もう1人、豪華そうな服の男性が何かを読み上げている。目隠しをされた男性はこの街の領主様の暗殺を企てたらしい。

 

 口上が終わる。人々が静まる。

 そして、刃が落ちた。


 男性の首が落ちる。目隠しがずれて目がみえる。目が少し動いたような気がする。そして、その透き通った蒼い目と、目が合ってしまった。

 わたしは怖くて気持ち悪くなって、大歓声から逃げるようにその場から離れた。

 

 ◇ ◇ ◇


 昔の記憶を思いだしながらイメージをする。昨日、吐いてしまったのはこの時のことを一気に思い出してしまったから。

 でも、今ならわかる。あの刃は一切の苦しみを与えない。重く鋭い刃は苦しむ間もなく首を斬り落とすだろう。


「シズ…アンタ…」


 〖魔法壁〗の形を変えて、記憶の中の柱の様にしていきイノシシの首と胴体をしっかり固定する。柱はあの時よりもずっと高く高く高く。イノシシの首はとても太いから。

 柱の上、手を掲げて魔法壁を出して、斜め刃の形に変える。

 鋭く、重くなるようにありったけの魔素を込める。

 刃はあの時と同じように重く鈍く輝いている。


「魔素の実体化……マジかよ」

「シズちゃん…なんて集中力」

「…」


「〖慈悲の刃〗」


 イノシシの目を見つめながら手を振り落とす。


〈ザン〉


 刃が落ちてイノシシは静かにその命を終えた。


 




 

 











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