10話 初めての

 ボロボロの無惨な姿になったホーンラビットの足を、ブルーノさんが掴んで持ち上げている。ダランと力なく伸びてブラブラと揺れる様はさっきまで飛びかかってきた生き物と同じとは思えないほどだ。


 わたしは少し地面から飛び出した木の根に座っていて、クレアさんが顔についた血や土を拭ってくれている。


 初めてのウサギ狩りはなんというか壮絶だった。


 まず、いきなりお腹に突進を受けて地面に転がされた。ツノを切ってなければそれで死んでしまったんじゃないかってくらい痛かった。棒で思いきり突かれた様な衝撃にナイフを取り落としてしまう。

 一瞬、息が出来なくなって咳き込んでいるところに容赦なくウサギは飛びこんでくる。

 頭に目掛けての突進に、考えるより先に体が動いてなんとか横に転がって身を躱す。

「ナイフを手放すんじゃないよ!」とグランマが檄を飛ばす。なんとか身を起こしてナイフを拾う。

 ウサギは躱された勢いのままに繁みに飛び込んで逃げ出そうとしたみたいだけど、ブルーノさんに逃げ道を塞がれて立ち止まり、また、わたしの方に向き直る。

 「身体強化を使うんですよ!」というクレアさんの声にハッとして慌てて身体強化を使う。

 ウサギは死にものぐるいでわたしに突進を繰り返しては誰かに逃げ道を塞がれて、またわたし目掛けて突進をする。わたしはなんとか躱しながらナイフで切りつけるけれど、突進の勢いと固い毛に刃が滑ってしまう。


「拳でも足でもなんでも使ってまずは動きを止めるんだよ!」とグランマの声がする。


 身体強化を強くして足を踏ん張る。ウサギの突進に合わせて思い切り足を振り上げる。


「こ…のぉっ!」


 足にグニャリとした感触が伝わる。ウサギの腹を蹴り飛ばしたみたいだ。今度はウサギが地面に転がった。でも、まだ起き上がろうとしている。

 ウサギ目掛けて走りこんでもう一度お腹を蹴り上げる。

 度重なる突進の疲れとダメージにウサギは起き上がることが出来なくなったようだ。


「止めをさしてやりな」


 わたしは肩で息をしながらナイフの刃に魔素が行き渡るようイメージをして刃を強化し、動けなくなったウサギを見下ろす。

 黒い瞳が恨めしそうにこちらを見つめている。ウサギに跨がってナイフの柄を両手で握り、しっかり垂直にウサギの首に刃を刺し込んでいく。切れたところから血が吹き出して顔に少しかかった。

 そのままジッと首に刺さったナイフを握ったままでいると「よくやったね」とグランマが力が入ってほどけない手をナイフから外してくれた。


▽ ▽ ▽


 ブルーノさんがホーンラビットウサギの内臓とか血抜きの処理を終わらせてくれていた。

 そのままだと血の匂いに肉食の獣が寄ってきてしまうから、クレアさんが皆に清浄の魔法をかけてくれる。

 いつもなら自分で出来るんだけどいまはちょっと余裕がない。


 内臓をその場に放置して、その場を離れる。内臓のほうに獣が寄っていくから獲物を持ち帰るときは少し安全になるらしい。


 しばらく歩いて、木の根が椅子みたいになっているところで昼ごはんを食べることになった。

 クレアさんがお弁当の包みを開いてくれる。中には真四角に切った小さなサンドイッチがたくさん詰めてあった。


「…お肉が無いね」


具は野菜とかタマゴばっかりでお肉が無かった。チキンのやつが好きなんだけどな。


「お嬢…さっきの今でもう肉が食いたいのかよ」

「吐いた後すぐに首斬って4人前食える子だよ、今更だねぇ」

「にしたってな…」

「コイツを焼くか?」


 ブルーノさんが皮袋に詰められたホーンラビットを持ち上げて言う。


「やめな、ブルーノ」

「…シチューがいい」

「いいですね!持って帰ってシェフに頼みましょう!」

「ウサギ肉のシチューは旨いぜ、肉が柔らかいし、少し甘いんだ」


 ワイワイと食べているとあっという間にサンドイッチは無くなってしまった。

 ちょっと物足りないけど、我慢だ。

 そうしてるとブルーノさんが立ち上がってポケットをごそごそとやって四角い包みを手渡してくる。ん、飴じゃない?

「チョコレートだ」

「チョコ?レ?」

「甘いぞ」


 包みを開くと濃い茶色の四角いのが入っていた。スンスンと鼻をならして匂いを嗅ぐ…いい匂いだ。口に入れると、飴とは比べられないくらいの甘さが口一杯に広がった。あっ溶けちゃった…!


「これ好きかも」

「そうか」


 ブルーノさんも一つ食べて満足そうにしている。


「ほう、チョコレートかい?珍しいものを持ってるじゃないか」

「何百年か前の異邦人ストレンジャーが広めたという触れ込みのお菓子ですね。ブルーノ、高価ったのではありませんか?たしか材料のカカオがこの国では育たず輸入に頼っている為、かなり値が張るんだとか」

「たまに嫁にせがまれるなぁ、それ。なぁ、一つくれよ?実は食ったことないんだよ」

「アタシも一ついいかい?」

「でしたら私にも一つもらえますか?」


 皆、珍しいお菓子に興味津々だ。

 ブルーノさんが一つずつチョコレートの包みを手渡していく。ん……ブルーノさんの口角が少しあがってる?これ…酸っぱい飴くれたときと同じ顔だ…!まさか…!

 3人がチョコレートを口に放り込む。

すぐにブルーノさんが何をしたのかわかった。


「なっゲホっなんだこれ!?カハっ」

「ちょ…ブルーノ!何ですかこれ!?甘いのに…辛い?」


 カルロスさんとクレアさんが口を押さえて呻く。


「唐辛子入りチョコレートだ」

「嘘だろ…?なんだってそんなもんがあるんだよ!」

「私、辛いモノは嫌いではないのですが…これは…甘いのに辛くて舌がおかしくなりそうです」


 2人が抗議の声をあげているとグランマがポツリと呟く。


「ふむ…悪くないね。酒に合いそうだ。ブルーノ、あとでいくつか寄越しな」

「了解、マダム」


 ブルーノさんがまさに「してやったり」という様なニンマリとした笑顔をしている。こんなブルーノさんは初めてみた。


 カルロスさんとクレアさんの愕然とした表情との落差が面白くて思わず「アハハ」と声を出して笑ってしまった。皆も釣られて笑顔になる。


あ、言っておかないと。


「ブルーノさん」

「なんだ」

「わたし、辛いのはダメだから」

「…わかった」




 

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