9話 灰の森

 ブルーノさんを先頭に、わたし、グランマ、わたしの左右をクレアさん、カルロスさんという並びで森を歩く。

 ブルーノさんが手に持った鉈で背の高い草や枝を払ったり踏み潰しながら道を作っていき、その後ろをついていく。


「んー」

「どうしたね?シズ」

「なんか……ふつう」


 15分ほど歩いているんだけど、魔獣の影も形もない。ところどころ小動物や野鳥がいるんだけど、こちらに気づくとパッと逃げ出すだけだ。もっと森に入ったらバアアアっとたくさん魔獣が襲ってくるんだと思ってたんだけど…。

 そうグランマに伝えるとグランマは大笑いする。

「アッハハハ!シズの考える魔域はとんでもなく恐ろしい場所だね!そりゃあんなに緊張するわけだ!アッハハハ!クレア、教育が足りなかったようだね」

「ですから道中に教えようとしたんじゃありませんか」

「アハハ悪かったね、だがまぁ油断するよりはよっぽどいいさ。その緊張感を忘れるんじゃないよ?シズ」

「うん」


 歩きながらクレアさんが少し説明してくれる。


「魔域は通常、冒険者による魔獣の間引きが行われているのですよ。支部ごと魔域ごとに目標が決められているので、冒険者は頻繁に魔域に赴いて狩りをしなければなりません。ですから浅域に少し踏み込んだ程度で大量の魔獣に出くわすことはまずありませんよ」

「なるほど…あれ?でも…他に冒険者…いないみたい」


 森への道中も森に着いてからもわたし達以外に人がいる様子はない。


「良い着眼点ですね。…ですがまた今度、お話しましょう。マダムに叱られてしまいます。カルロス、顔がうるさいですよ」


 カルロスさんが口の動きだけで「く・ど・い・ぞ!」とやっている…顔がうるさい。



 さらに15分ほど森を進むと少し開けた場所に出た。「この辺でいいかね、止まりな」とグランマが指示を出す。


「さてシズ、ぼちぼち魔獣の気配があるが、わかるかい?」


 わたしは首を横にふる。


「だろうね、やり方を教えてあげよう。大事なのは魔素を感じることだよ。アタシ達の魔素、周囲の魔素、草木の魔素、大地の魔素、そして魔獣の魔素。それぞれ感じ方が違うハズさ」

「魔素を…感じる」

「イメージするんだ、魔素の違いをね。人によって感じ方は違うから、ちょいと説明は難しいんだが……魔獣の魔素はなんだかザワザワとしてるかね?アタシにはそんな感じだね」

「やってみる」


 目を閉じて意識を集中する、いつもよりもっともっと集中させていくと、最初に暖かい何かがわたしに向けられているのを感じた。

これは…皆からの…魔素?

 目を開けると、皆が優しい目でこちらを見つめている。これが魔素の感じ方の違い…暖かいな……。

 もう一度目を閉じて、魔素を感じる。草木や大地からは、「こっちのことなんか気にしてないよ」みたいにあんまり温度を感じないそんな茫洋とした魔素。

 むしろわたしのすぐ周り、周囲の魔素からは、皆とは違う暖かさを感じる。これはなんだろう?

 不思議に思いながらも、集中を続けていると……これは。


 「あっち。カルロスさんの横の繁みの…けっこう奥…なにかいる」


 繁みの奥に温度は感じないけど、草木とも違う魔素を感じる。あんまり大きくはないみたいだ。

 あっ 感じ方が変わった…!熱いようなチクチクしたような…もしかしてこっちに気づいた?


「こっちに来てる…たぶん」

「お嬢すごいな、初めてでもうそこまでわかるのか」

「シズちゃんは優秀ですからね」

「うむ」

「シズは元から魔素と親和性が高かったし訓練もちゃんとやってる。このくらいはすぐにできるだろうさ」


 すぐにガサガサと繁みを掻き分けて、何かが姿を現す。えと、ツノのついた…ウサギ?

 繁みから出てきたのは70cmくらいの大きな灰色のウサギでその額からは10cmくらいの長さのツノが生えていた。


「ホーンラビットか、こいつはシチューにすると旨いんだよなぁ。丸々としてやがるぜ」


カルロスさんは呑気にそんなことを言ってるけど…


〈キュキイイ!〉


 ツノの生えたウサギ…ホーンラビットは、バンっと音がなるほどに地面を蹴ってカルロスさん目掛けてその尖ったツノを突き出して飛びかかる。


「よっと」


 カルロスさんは飛び込んできたホーンラビットの胴体を、伸ばした両手で挟みこむようにして受け止めて、そのまま前足の下に手をいれて抱き上げるみたいな格好で捕まえてしまった。


「どうだ、お嬢!捕まえたぜ!」


 ホーンラビットは〈キュイキュイ〉と鳴きながら、後ろ足でカルロスさんを蹴飛ばそうとするけど、カルロスさんの腕のほうが長いので全く届いていない。


「カルロス、そのまま捕まえていなさい」


 クレアさんが、小振りなナイフを取り出しながら近づいていく。

 わたしが固唾を呑んで見守っていると、クレアさんはそのままホーンラビット目掛けてナイフを一閃した。「あぶねぇ!」とカルロスさんが抗議している。

 ポロリとホーンラビットのトレードマークだったツノが2cmほど残して切り落とされた。


「大きく伸びたホーンラビットのツノは薬の材料になったり、彫刻にしたりと結構高く売れるんですよ」とクレアさんがわたしにツノを見せてくれる。


「シズちゃん手を出してください」

「うん」


わたしが手を出すとツノ…じゃなくてツノを切り落としたナイフが渡される。


「えと…」

「シズちゃん頑張ってくださいね」


 そう告げるとクレアさんは繁みの少し手前に移動する。いつの間にかグランマとブルーノさんも繁みの手前にいて、3人はわたしを中心にして囲むように立っている。


「シズ!そのウサギはアンタが仕留めるんだ!ただし攻撃魔法は使うな!ナイフ一本でやるんだよ!」

 

 グランマが大きな声で指示を飛ばす。

「悪いなお嬢」とカルロスさんが申し訳なさそうな顔をしながら、ホーンラビットの顔をわたしの方に向けて、手を、放した。


〈キュッキイイ!!!〉

「へ?」

 

 わたしはホーンラビットの猛烈な突進をモロに受けて地面をゴロゴロと転がった。


 





 




 








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