6話 スパルタ

 グランマは書類作業の手をとめて、わたしの横に並んだ。


「シズはなぜ炎を使った?」

「…すぐに…済むから…?」

「そうだね、その考えは正しい。無駄に時間をかけるのは意味が無い。実際に戦いともなれば尚更だ。相手を苦しませたいなら別だがね」

 わたしはブンブンと首を横に振る。

グランマは少し微笑んで「だがね」と続ける。

「炎はね、あんな風に人を一瞬で殺せるものじゃない、むしろ苦しませるもんだ」

「…え」

「シズは一瞬で崩れ落ちるイメージを持ってたようだが、そこまでの火力はアタシでも出せないよ。イメージする火力に体内魔素の消費が追い付かないのさ」

 グランマはわたしが出したのと同じような“的”を創ると、炎を放った。

「炎で死ぬときはね、息が出来なくなって死ぬんだ。呼吸の為の空気を炎が焼き尽くすのさ」

 “的”が炎に包まれる、悶えるようにして倒れこみ、喉をかきむしる。

「息が出来なくて、吸おうとすればするほど炎と熱が喉を焼くんだ」

“的”が完全に動かなくなる。形は…崩れないままだ…。

 “的”が消えてから少し気分を落ち着かせてこみあげる吐き気を堪えながら、なんとか言葉を絞り出す。

「どうしたら…」

「うん?」

「どうしたら、苦しまないの?」

 グランマは「優しい子だ」と頭を撫でながら、新しい“的”を創りだす。


「簡単だ、首を飛ばすのさ」


グランマが腕を振ると紅い光が疾走はしり、“的”の首がポーンと飛んでわたしの目の前に落ちる。少し遅れて、無くなった首から盛大に血が吹き上がる。


「アタシの十八番〖魔法刃マナエッジ〗だ。これなら痛みを感じる暇もないのさ」


ドヤ顔のグランマと無表情に転がる“的”の顔を交互に見る。もう無理…我慢…できない…!


「シズ?」


 わたしは、今日のお昼ごはんをその場に吐きもどした。


◇ ◇ ◇


「なぁマダム、お嬢さ、なんか怒ってなかった?」

「先ほど食堂に案内したときも少し機嫌が悪そうでしたね…なぜかまた4人前ほど食べていかれましたが」

「はぁ?!昼もあんなに食べてたのにか?

マダム、どんな訓練させてんだよ」

「いや…ちょっと、ね」

「「マダム?」」


帰っていくシズの背中を門で見送っていると、カルロスとクレアが詰めよってくる。

チッ…無駄に気の回るヤツらめ‥。


「わかった、わかった!言えばいいんだろう!“予殺”の訓練だ、アンタ達にも殺らせたろう?それに幻影を殺らせただけだ。アンタ達の時みたいに野盗狩りにいったわけじゃないよ」

「ばっ…はぁ!?正気かよマダム!俺がやったのは18の時だぜ?それより先に森で狩りにいってからだったし」

「私も18歳でしたよ…シズちゃんまだ11歳でしたよね?子供に何させてるんですか、バカマダム!…ハッまさか食堂に来たのは」

「あー、その、昼に食べたのを全部戻しちまったんだよ」

「マダム…あなた…清浄魔法使えましたか…?」

「…シズにやってもらった…」

「無いわぁ」「無いですね」「無い」


ブルーノまで加勢してきやがる…

クレア、素が出てるよ‥バカマダムとはなんだい。だいたいシズは力を求めてる。だったらどのみち避けられない道だ。いつか殺らせなきゃならんだろうに‥‥


「こりゃあ何か埋め合わせしたほうがいいんじゃないか?」

「…飴は?」

「ブルーノにしては気のきくアイディアですね、ですが少し物足りないかと」

「甘味ってのはいい線だな。となるとケーキか?」

「いい店を知っている」

「ブルーノ、店だけ教えなさい。私が買いに行きます」

「お前…その顔で何件その手の店に行きやがった‥?」

「ちょっとアンタ達、なに勝手に話進めてるんだい?シズなら平気だよ、吐いた後すぐに幻影の首飛ばしまくってたからね」

「「「…」」」

「…なんだい?黙り込んで?」

「シズちゃんの心のケアが必要です!」

「クレア、お前とりあえずケーキ買ってスラムの家に持ってけ。おいブルーノ店どこだ!」

「ここだ」

「なんだこの地図…この印全部甘味処か?」

「とにかく行ってきます!ブルーノ、地図を借りますよ」

 クレアが慌ただしく走っていく。おー、なかなか速いじゃないか、訓練はサボってないようだね。


「なんだかドっと疲れたねぇ」

「誰のせいだと思って…」

「まぁいい、カルロス、ブルーノ。クレアが戻ってきたら夕飯だ。仕事の報告はその後でいい」

「あいよ、マダム」

「了解」


▽ ▽ ▽


「さて、じゃあ報告聞かせて貰おうかね」

「はいよ、といってもまぁ取り立てて言うほどの問題はなかったな。売上あがりはいつも通り、トラブルも無しっ」

「娼館で何かあったのでは?シズちゃんがベッドがどうとか…」

「ありゃエミリアのバカぢからが酔っ払って暴れた客をボコボコにしただけだぜ」

「カルロス、それをトラブルと言うんです」

「っても部屋もベッドもお嬢が綺麗に直しちまったし、客も酔いが冷めたら平謝りだったし」

「まぁいいだろう。でクレア、シズはどうだったね?」

「はい、とりあえずケーキ屋を何件か回って30個ほど買ってスラムの家に伺いました。こちら領収になります」

「2つで十分だろ…買い過ぎだぜ」


クレア、こいつシズのことになると急に落ち着きが無くなるね…


「…それで?」

「はい、丁度シズちゃんはアマンダ様のご一家とご歓談中でしたので、ケーキは皆さまにお配りして参りました」

「30個、5人で食ったのか?」

「シズちゃんが24個、アマンダ様が2個、旦那さんと息子さんお二人が1個ずつ、それと私も1個頂きました」

「2つで十分だろ…食い過ぎだぜ」

「まぁ元気ならそれでいいんだよ…2人ともご苦労様」

「お疲れ様でした、マダム、カルロス」

「お疲れさん」

「っと言いわすれてたよ、明日はシズにちゃんとした戦闘させに森に入るからね、ブルーノも連れていくから伝えておいておくれ」

「「…」」

「…なんだい?」

「「少しは自重しろ(してください)!バカマダム!」」

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