4話 シズのお仕事

 カルロスさんの差し出す手を素通りして、食堂に向かって歩きだす。

 カルロスさんは肩をすくめて直ぐに横に並んでくる。


 「おはようお嬢、訓練お疲れさん」

 「カルロスさん、おはよう」

 

 カルロスさんはアッシュブラウンの髪を撫で付けた長身痩躯の男性でいつもニコニコと笑みをたやさない人だ。…若干胡散臭い雰囲気があるけれどいい人なのは間違いない。パッと見は20代だけど32歳で娘が2人いるらしい。わたしへの対応がすごく柔らかいのは娘みたいに思っているんだろう。わたしが話しやすいように言葉も固くないし。‥グランマへの態度もこんな感じだし単に素なのかもしれない。

 ちなみにブルーノさんは28歳。…グランマの屋敷には年齢が分かりにくい人が多すぎるんだけど、それにはちゃんと理由があって、魔素は人のイメージを反映するから。魔素の循環をちゃんとやっていれば理想の外見を維持できるし、健康でいられるし、傷も…自己保存本能…だったかな…それが働いて自分の傷なら魔素を循環させれば治せるんだって。他人の傷はまた別らしいんだけど……。グランマは部下の人達にも魔素循環の訓練をさせているから皆若い見た目なんだ。…ブルーノさんはどうみたって28には見えない老け顔なんだけど、あれが彼の理想の顔なのかな?



 食堂にはたまごサンドとアップルティーが用意されていた。グランマの好物で朝食は毎日これなんだって。ふわふわのパンに少し胡椒を効かせたタマゴ、甘い香りの紅茶が絶妙だ。

 食後にブルーノさんからもらった飴を1粒、口にほうり込んでカラコロと転がしているとカルロスさんが話しかけてくる。


「お嬢、その飴はマダムからもらったやつ?」

「違う、ブルーノさんから」


 わたしが答えると途端にカルロスさんはブフっと吹き出した。


「ブルーノあいつ…わざわざ表街に買いにいったのか、ブハハっ」

「そんなにおかしい?」

「お嬢、その飴は表街の子供連れがいくような店の飴だぜ。俺も娘と買いにいったからな。間違ってもあの巌ついのがいく店じゃない、子供が泣いちまうよ、ブハハッ」


 わたしにはイマイチわからなかったけど、カルロスさんには大ウケらしい。

 食事が終わったから屋敷を出る。

 ブルーノさんに挨拶をしてから出るんだけどカルロスさんがブルーノさんを見てまた笑っていた。ブルーノさんはまた飴をくれた。ミルク味だって。仕事の合間に食べることにしよう。


 カルロスさんと雑談しながら並んで歩くとすぐに色街の中心、娼館が立ち並ぶ区画だ。


「じゃあお嬢、俺は集金に回ってくるんで、昼前にまたここで」

「わかった、またあとで」


 カルロスさんと別れて娼館に足を運ぶ。娼館で仕事っていっても別にお客をとるわけじゃない。わたしみたいな小さい子供を抱きたいとか変態だよ。…そういうヤツもいるからスラムじゃ人さらいに気を付けろってよく言われるけど。

 色々とコトの終わった後のお部屋の片付けがわたしの仕事だ。普通にやるとあちこちベタベタベチャベチャで時間がかかってしょうがないんだけど魔法を使えばあっという間だ。


 「〖ルームメイク〗」


 ゴミ用の袋の口を開いて呟くと、部屋中のゴミが一気に袋めがけて飛び込んでくる。

シーツや枕からは汚れが消えていき、勝手に形を調えていく。


 最初の頃は清浄の魔法で綺麗にしてから手作業でベッドメイクとかしてたんだけど、魔法の腕前が上がってからはこの通り、1発の魔法で部屋全体が綺麗になって埃1つ逃さない完璧さ。ベッドまでバッチリとセットし終わるというわたし自慢の魔法だ。

 わたしの担当はグランマ直轄の高級娼館だけなんだけど、それでも全部で50部屋はある。移動の時間もあるしあんまりゆっくりはしていられない。

 仕事終わりの娼婦達がこちらに手を振ってくるのにてきとうに返事を返しながらどんどん部屋を巡って片付ける。…この部屋ベッドが完全にひっくり返ってるんだけど、どんなプレイしたらこうなるの?腕力を強化して元に戻さないといけないよ。うわ、ちょっと欠けてる…修理の魔法で直るかな…よかった破片が残ってたからなんとか直ったみたいだ。


 たまに起きられずにベッドで寝たままの娼婦がいたりお客とくっついたままとかあるんだけど今日はそういう面倒ごとは無かったからよかった。起こしたりするほうが部屋の片付けより時間がかかるんだ。


「ハイ、シズ。お仕事順調?」


 声をかけてきたのはNO.3人気のエミリアさんだ。


「だいたい終わり…疲れてるね、声にでてる」

「わかっちゃう??昨日はすっごく激しくって、もうヘトヘトよ…あっ、それでね、シてるあいだに耳飾りが片方どっかいっちゃって…シズ、見つけてない?大事ってワケじゃないんだけど結構高いヤツみたいでさ、つけていかないとお客が哀しむのよ」

 エミリアさんは左耳についた耳飾りを指で弾きながら尋ねてきた。


 わたしは肩掛けカバンをごそごそやって

月を象った耳飾りを取り出す。

仕事中には結構こういう風に忘れ物や落とし物が出てくる。銅貨とかアクセサリーとか。…可愛かったから持って帰ろうと思ったんだけど…持ち主がわかっちゃったら仕方ない…残念。


 わたしが渋々差し出すと「見つけてくれてたのね、ありがと」と受け取って、髪をかき揚げて耳飾りをつけるエミリアさん。仕草がやたら色っぽい、さすがNo.3。

 耳飾りを目で追っているとエミリアさんは視線に気づいたのか手を止めて、少し考えるような顔をしたあとに「しょうがないわね」とわたしの前に屈んで右の耳に月の飾りをつけてくれた。


「そんなモノ欲しそうな顔されたら返してもらえないじゃない」

「いいの?」

「片耳だけ付けてるほうがオシャレだって思ったのよ。ふふっお揃いね、シズも似合ってるわ」

「…ありがと」


お礼をいいながら耳飾りに触るとエミリアさんや様子を見ていた娼婦達がウッと胸を押さえる。皆、疲れているんだろうか?


「あと少し片付けが残ってるからもう行くね」

「引き留めて悪かったわね、お仕事頑張ってね」

「エミリアも皆もちゃんと休んでね」


 ゴミ袋を運びながら歩きだす。娼婦達は

「シズちゃんマヂ天使」「普段のジト目と笑顔のギャップヤバい」「天使に後始末させてるとか罪深い…」とか騒いでる。


 あ 言い忘れてた。

「エミリア、ベッド直しといたから」

「う"ぇえ"」

「No.3の出す声じゃないよ、それ」

 耳飾りが落ちてたのはベッドのひっくり返ってた部屋だった。あれだけ激しければ耳飾りも外れて当然だよ。

 

 もうひと頑張りしてカルロスさんと合流しよう。








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