3話 魔素循環の訓練
グランマは「入りな」と言うとそのままどんどんと先に行ってしまう。グランマはとてもせっかちだ。わたしは少し早足でグランマの仕事部屋までついていく。
偉い人の部屋のわりには質素な部屋だ。グランマはここでいつも書類仕事をしている。
部屋の一番奥にシックな仕事机があって、書類が綺麗に並んでる。その前に一人掛けの高価そうなソファがガラス天板のローテーブルを挟んで向かいあっている。わたしは肩掛けカバンをソファに置いて仕事机の前に立つ。
「さぁいつも通り、魔素の循環からだよ」
グランマは仕事机に向かうと書類を確認しながらすぐに指導に入る。
仕事の片手間の指導だけれど、知識の無いわたしにはとてもありがたい。
魔素の循環は魔法を使う上で最も大事な訓練だ。周囲に満ちた魔素を感じて、体内に導いて、静かに放出。これをひたすら繰り返す。
魔素を感じる力を養い、素早い魔素回復力を鍛える。魔素との親和性も上がるし、一度に体内に留めておける魔素量も増やせる。魔素への素早いイメージ伝達力も鍛えられる。
とにかく強くなりたいなら絶対やっておきなさいって言われている。
わたしは深呼吸して、魔素の循環をはじめる。わたしの循環のイメージは深呼吸だ。
大きく吸って、吸った空気が身体中を巡っていって、それを深くゆっくり吐き出す。
「速く」
まぁグランマはそんなゆっくりした循環なんて許してくれないんだけど…。
意識を集中して体内の魔素、周囲の魔素、両方をしっかり認識する。手を広げて指先から魔素を導いていく。体を流れる血の流れにのせるように身体中に魔素を巡らせて、また指先から放出する。
これがグランマに教わった循環のイメージだ。
「もっと速く」
グランマの声に従って循環の速さをどんどんあげていく。導く魔素と放出する魔素が釣り合ってないとどんどん消耗するのが辛い。
導く量が多いと魔素が暴れようとするし、放出が多いと周囲の魔素が乱れてしまう。
最初の頃は1分も持たない内に息が上がってしまっていたけど、今は10分は続けていられるくらいになった。
「30秒休憩」
休憩の合図だ。グランマはわたしの限界ギリギリを見極めるのが上手い。30秒しかないから休憩にも全力をかけないといけない。
休憩とは名ばかりの体力回復の訓練だ。上がった息を落ち着かせながら魔素の放出をゆるやかにして体力が回復するイメージを素早く練り上げる。
「もう一度、もう少し放出を押さえな」
魔素はあらゆるところに存在するエネルギーだ。空気中にも、生き物の身体の中にも、石や木、水、火なんかにも魔素は存在するらしい。とにかくこの世界のどんなものも魔素によって成り立っているんだそうだ。
魔素が完全に抜けきってしまうと生き物は途端に衰弱して死んでしまう。魔素が魂を体に繋ぎ止める役割を果たしているかららしい。
そして魔素はエネルギーにもかかわらず意思がある。といっても魔素自体が考えを持って行動することはなくて、生き物の意思やイメージを汲み取って、様々な現象を起こす…それを魔法と呼ぶんだって。
詳しいことはグランマも知らないみたいだけど、ずっと昔にスズナシっていうとても賢い学者さんだか発明家さんが解明したそうだ。
とにかく魔法っていうのはイメージ次第で
たいていのことは出来るようになる。もっともちゃんと訓練しないとイメージを汲み取ってもらえなくて魔法にならないみたいだけど。
魔素の循環と休憩を何度も繰り返して立っているのがやっとになった頃には1時間近く経っていた。
「このくらいにしておこうかね。お疲れ様、シズ。カルロスを呼ぶから食堂で何か食べていきな、この後は色街で仕事だろう?」
わたしは声を出す余裕もないのでなんとか頷いて返事をする。
「それじゃあアタシは人と会う約束があるからもういくよ。昼食は一緒に食べるからまた屋敷においで、時間厳守でね」
グランマが部屋から出ていってすぐにドアがノックされる。
「お嬢、いるかい?」
肩掛けカバンをかけ直して、息を整えて「いるよ」と返事をしてからドアを開けると、カルロスさんが人好きのする笑顔を浮かべながら手を差し出していた。
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