きょうだい
「お前…何言って…」
香の震える声に、僕は掴んでいた手を慌てて離した。
しまった。思わず力強く掴んでしまったが、痛かっただろうか。
「いや、香に似ている女の子がいるんだよ。まあ、性格とか髪色とか全然違うけどさ、笑った顔がそっくりで」
「女の子って、それ性別も違うからな」
「まあ、そうだな」
そこから会話が続かない。香はおしゃべりで、だいたい僕が相槌を打つのだが、その香が黙り込んでしまった。
だが、これで確信もした。
「香、あんた、星麗さんのこと知ってるだろ」
星麗のことは、同期たちには聞いていなかった。僕と同時期にこの王宮に入って、誰かを手引きする時間も余裕も根性も無いだろうと思ったからだ。
日々仕事を覚えることに忙殺されているというのに、余計なことをする労力はない。毎日泥のように眠っているのだ。
それに、李潤に怒られるだけならまだ良い方だ。更に上にまで話が行って、せっかくの王宮勤めのための努力が、全て水の泡になる可能性もある。
それもあり、同期のことは後回しにしていたのだが、思わぬ節穴だった。
いや、そもそもなぜ気付かなかったのか。こうしてまじまじと近くで顔を見たら、ますます星麗にそっくりだ。
そう思って、合点がいった。
星麗は珍しい白銀色の髪に対して、香はいたって普通の黒髪だ。それに、星麗は常に長い髪をまっすぐにおろしていたが、香は髪を1つにまとめてお団子にしている。 性格も言動も真逆で、結びつかなかったのだ。
香はためらったように口を開くことを渋っていたが、観念したのか、はあ…とため息をついた。
「まあ、遅かれ早かれこうなるとは思ってたけど…。まさか、1カ月で看破されるとはなあ…」
「じゃあ、やっぱり」
「ああ、そうだよ。オレは星麗を知ってる。よく知ってる」
「じゃあ、星麗さんを王宮内部に手引きしたのは、香なのか」
「手引き?」
香は一瞬きょとんとした顔をした。あれ、違ったのか。
「あーまあ、手引きになるのかなあ…。そういうことでいいや」
と、なんとも雑な返しをされたが、まあいいだろう。
「で、どうするんだ。星麗を追い返すか?オレを李潤に突き出すか?」
「いや、そんなこと、するつもりは全くないな」
「は?なんで」
「星麗さんと話をすることが、僕の癒しの時間だから」
至極真面目に言ったのだが、香は一瞬何を言われたか分からないという顔をした。
しかしその直後、盛大に吹き出した。そして、火がついたように、声を辺りに響かせて笑い始めた。
見たことが無いほどの大爆笑である。
「な、おい、そんな笑うことないだろ!」
「いや、だって…!ヒ―!そんな真面目な顔して言うことか⁉こっちが恥ずかしくなる!」
「ああ~言うんじゃなかった!」
「あっははははは‼‼」
僕が頭を掻きむしっている間、香はずっと笑っていた。ようやく笑いを収めると、香は目尻に滲んだ涙をぬぐった。
「ま、笑わせてもらったお礼に、良いこと教えてやるよ」
「なんだ」
それはもう盛大に笑われた僕は、ジト目で香を見た。すると、存外穏やかな顔をした香が目に入り、息を吞む。
「あー、えっと。星麗もさ、蘭秀と話すの、楽しいって言ってたぜ」
一瞬、香の言葉が頭に入らなかった。
脳みそに言葉が沁み込んだ瞬間、僕は香に食ってかかっていた。
「え、え、星麗さんがそう言ってたのか⁉本当に⁉」
「お、おお…」
「そうかあ、そうかあ…!」
「お前…大丈夫か…?」
幸せを噛みしめていると、香にドン引きされてしまった。解せない。
王宮に戻る道、僕は疑問に思ったことを、そのまま口にした。
「なあ、星麗さんと香って、どういう関係なんだ?」
「んー?」
先をたったか歩いていた香が、くるりとこちらを振り返った。赤紫色に変色した夕焼けが、香を照らす。
「ああ、そう言えば、言ってなかったな」
「きょうだいだよ」
「ごめんなさい、お伝えしなくて。少し、言い出しづらかったと言いますか…」
「いやいや、こちらこそ、勝手に探るようなことして、ごめん…」
その夜、僕はいつもの場所に、いつもの時間に、再び星麗を訪れていた。星麗も、すっかり恒例となった僕の訪問を待ってくれていた。いつも岩に腰掛けて、僕が踏み込んですぐにこちらを振り返ってくれる。
本日は開口一番、星麗に謝られてしまった。
曰く、「香ときょうだいだということを言わなくてごめんなさい」、と。
僕としては、正直、知り合って1カ月しか経っていない男に、兄弟関係についてとやかく言う必要ないだろうと思っているため、謝られて逆に申し訳なくなってしまった。
僕だって、星麗について、周りの人にそれとなく聞き込みをして、探るようなことをしてしまったのだから。
それに、誰にだって、内緒にしたいことなど、1つや2つ普通にある。わざわざそれを暴く必要はないのだ。
「にしても、驚いたな。香と星麗さんがきょうだいとは…。性格とか全然違うから、気付かなかった」
「ふふ、そうですよね。わたしと香の共通点と言えば、目の色くらいでしょうし」
「でも、目鼻立ち似てるよ。まあ、髪色とかで印象だいぶ変わるから、やっぱり分からないけど」
こうして見ても、星麗と香は立ち居振る舞いから違うため、きょうだいと言われてもピンとこない。だが、目鼻立ちはしっかり見ると瓜二つだ。今まで気づかなかった自分を殴り飛ばしたいくらいに。
「でも、やっぱり、蘭秀さんは香と同じお仕事をしている方なんですから、一言くらいは言っても良かったと思います。驚かせてしまって、本当にごめんなさい」
「いやいや、そんな謝られても困るよ…。大層なことを秘密にしていたわけではないんだから」
そうなだめても、星麗のしょんぼりとした様子は直りそうにない。
どうしようかと一瞬考え、そうだと閃く。
「じゃあ、僕の秘密も教えるよ。それでお相子ってことでどう?」
「え、蘭秀さんの秘密、ですか?」
星麗の顔が上がった。黄金の瞳が、まっすぐに僕を見つめてくる。
純粋な好奇心の光った目にクラッとするが、今は、そんなことより、だ。
「僕、実は、虎雹国出身じゃないんだ」
「え…?」
どういうこと?という疑問符をありありと浮かべる星麗に、僕は穏やかに笑って見せた。
「本当は、隣の華信国出身なんだ。この国に、5年前に滅ぼされた国だよ。知ってる?」
「華信国…!」
星麗の瞳が、驚きに見開かれた。
「もちろん、知ってます。え、ならどうして、自分の国を滅ぼした虎雹国の王宮に勤めているのですか?あ、まさか…!」
「復讐とかは、特に考えてないよ。何の力も持たないただの人間が、巨大な権力を持つ人間相手に敵うはずないからさ」
星麗が想定したであろう言葉を、先に言って制する。
一時期は、復讐に燃えた時もあった。だが、そんなもの、もう数年前に消えている。
今の僕には、何の力もない。ただの15歳の男だ。そんな奴が、一国の王に一矢報いることは不可能だ。
それでも。
「でも、自分の国を滅ぼした奴がどんな人なのか、興味はあったんだ。どうして華信国が滅ぼされたのか。華信国が滅びなければならない理由は何だったのか。虎雹国との違いは何なのか。それを知りたい。その一心だから、殺傷沙汰を起こそうとか、そんなことは考えてないから、安心して」
そう言って穏やかに笑うと、星麗はなおも言いたげな顔をしていたが、1つ頷くだけにとどめた。
しばらく沈黙が続き、この話は失敗だっただろうかと焦り始めた頃、星麗が口を開いた。
「あの、蘭秀さんが華信国の方なら、この人物はご存じですか?」
「え、誰?」
「華信国王位継承者、『真珠の姫君』と言われていた、蘭姫です」
息を吞んだ。まさか、星麗からこの名前が出てくるとは。
とっさに誤魔化そうにも、そうはいかなかった。星麗は、はっきりと、僕の異変を察知していた。ぐいっと僕の方に身を乗り出してくる。彼女の滑らかな銀髪が僕の頬にかかった。
「やっぱり、ご存じなんですね?彼女が今どこにいるのか、知りませんか?」
「…どうして、その人を探しているんだ?」
その理由を聞かない限り、この質問には答えられない。
いや、この質問の答えは、もうはっきりとしている。恐らく、星麗の望む答えは言ってあげられない。
だが、星麗が蘭姫を探している理由によっては、別の答えを用意することもできるのだ。彼女には、今ここで簡単に答えることはできないが。
星麗は苦し気に目を細めた。辺りが静寂に包まれ、冷たい空気が流れる。全ての生き物が息を潜めたような沈黙の中、ようやく星麗がか細い声を発した。
「…実は、今、彼女の力が必要な状況なんです」
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