第3話 アステカ王国と雪姫


 アステカ王国の王宮は、二階建てになっていて場所によっては屋上に出られる。毎朝のお勤めが終わると、エナは屋上に出て日向ぼっこをするのが好きだった。


 手すりに寄りかかり、南方を見やると広大な湖の大部分が、畑と花の場所ショチミルコという埋め立てられた畑になっていて、無数の人が働いている。

 畑と言っても、半分は水田のようなものではしけと呼ばれる小舟が縦横に行き来し、作物を運搬したり、肥料となる泥を運んでいる。

 建国当時から埋めてたてられている場所は、内陸の畑と変わらず、背の高い木が生い茂っている場所さえあった。

 インカやマヤ比べても、アステカの作物は大きく甘く、食べやすくて美味い。

 品種改良を繰り返し、栽培方法や肥料にも工夫がされているようだった。


 地平線のあたりには、大きな山が万年雪を背負ってそびえ立ち、そこから澄んだ風がいつも吹いてくる。そのおかげで、首都テノチティトランの、澱んだ空気は吹き流されていくのだった。


 屋上から、すぐ下を見ると中庭になっていて、戦士養成学校テルポチカリを卒業した新兵の訓練場になっていた。

 ここ最近、エナが雪姫と名付けた白豹が、なぜか教官役として新兵と向かい合って訓練をしている。


 牙と爪は使わず、体当たりと尻尾、殴り倒しのみで対応しながら、次々にほどよく蹴散らしているようだった。


「インカ帝国でも、やってたな。そういや」


 どういうつもりでやっているのか分からないが、出会った頃からエナと組み手を繰り返していた雪姫は、インカ帝国でも兵士とよく遊んでいた。


 獣と向き合うのは、人間相手とは全然別の第六感のようなものが必要で、雪姫のようにしてくれる獣がいるのであれば、ちょうどいい練習相手ではある。


 雪姫は、熱帯雨林の木登りに適応した黒豹とは違い、白い毛に黒色の豹紋があり、手足は短く尻尾が長い。そのどちらもが太く筋肉質で、直撃を受ければ、丸太がぶつかって来たような衝撃がある。


 仙術気身闘法で言うところの、流水という攻撃を受け流すような技が使えないと、いとも簡単に吹き飛ばされる。受け流せず、体内に入った衝撃は、波紋のように全身を巡り、やがて立ち上がれなくなるのだ。


「ちゅうか、あれ、なんかの術になってね?」


 訓練の様子を眺めながら、思わず感想が口を突いて出た。


 はっきりとは分からないが、仙術の“望”で見ると、ぶつかる瞬間に雪姫の気が一点に収束し、爆発するかのように解放されて見える。


 そう言えば、動物園の奥で戦った灰色熊も、エナの仙術を無効化させるような術を身にまとっていた。獣が術を使うとは、考えたことがないが、もしかすると人間より優れた術を持っているものなのかもしれない。


 ひとしきり、訓練兵をなぎ倒すと雪姫はエナを見つけ、岩山を駆け登るように身軽に外壁を上がってきた。


 成獣になった雪姫は、胴体だけでエナと同じくらいの身長がある。黒豹と比べて、倍の毛が生えていて、抱きつかれると柔らかな毛に埋もれてしまいそうになる。


 エナにとって、雪姫は姉妹のようなもので、アステカ王国で再会できたことは何よりうれしいことだった。


「よーしよしよしよし。よーしゃ、よしゃよしゃよしゃ!」


 両手両足でエナも抱きつき返し、撫でながらゴロゴロ転がっていると、腕を甘噛みされた。


「あ痛ぁ! お? やるんか? んん?」


 素早く離れて距離をとり、転がりながら立ち上がって軽く拳を構えた。


 被っていた灰色の貫頭着を脱ぎ捨て、胴着姿になると、一瞬で仙術の元になる気を練り上げた。

 

 仙気を身にまとってから雪姫を見ると、目の端に写る揺らぎのようなものがある。やはり、なにかの術を身につけたのは間違いなさそうだった。


「久しぶりに、一本やろか」


 雪姫も、うれしそうに一声吠えた。







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