第2話 殴り巫女の三ヶ月


 エナは最初、上級神官学校カルメカックに所属して上級神官として、巫女職の訓練を受けることになった。


「一ヶ月(20日)で、退学になったって聞いたよエナちゃん!」


 しばらく王宮を留守にしていた知人のマリナリが、深夜帰還するなり嬉しそうにエナの部屋にやってきた。

 旅装を着替えもせず、砂に汚れた貫頭着のまま、実に楽しげな顔をしている。

 青い腕輪と貝殻を加工して作った首飾りを身につけ、マヤ地方由来の赤い布の髪飾りはいつも通り豪華なものだったが、さすがに全身がほこりでくすんでいる。


「まぁな……」


 客室ほどではないが、住み込み用の部屋がエナには与えられていた。しかし、一般用ではなく、動物園寄りのポツンと離れた死臭漂う陰気な部屋だった。

 それでも、寝台と暖炉はあり、綿入れの座布団は十分な数がある。

 標高の高いアステカ王国の夜は、真夏でもかなり冷え込む。今も七輪で火をおこしていて、上に水を入れた土鍋を置いている。脇には紫芋を置いてあぶり、湯呑みにお湯と甘い味が出る蔓草つるくさの欠片を放り込み、焼けた芋を食べようとしていた。

 マリナリがやってきたのは、そういう時分だった。


「次いで、王宮呪術師のとこに回されて、そこは十日!」


 王宮を留守にしていても、長距離武装商人ポチテカという諜報部隊に所属しているだけあって、マリナリはエナの状況をよく把握していた。


「ま、まぁな……」


「音楽院は、五日」


「…………」


「見習い巫女として、行かせるとこがなくなって、厨房の下ごしらえが十五日」


「……………………」


「あんたの後見人のヴィオ爺は、なぜか痛風の発作で寝込んで音信不通、養父のハゲ隊長は極秘任務で不在。どうにもこうにもならなくなって、名誉しかない、誰もやりたがらない、毎朝の生け贄執行の補佐に無事就任おめでと。おもろ!」


「う、うるっせぇぇえ!」


「あー、私も任務じゃなければ、王宮にいたかった!」


 両手を握りしめ、腕を振り回して心底残念そうにマリナリは悔しがった。


「う、うちはわるないねん!」


 カルメカックでは教育係に、とうとき方の中から一人の老婆が選ばれ、付きっきりでご指導された。同年代の若い学友からも丁寧な鞭撻べんたつを受け、あっという間に一ヶ月が終わった頃には、素行の悪さを理由に退学を言い渡されたのだった。

 王宮呪術は基礎理論が根本的に合わず、音楽院は音楽の方向性が違い、厨房はつまみ食いを理由に出禁になった。


「なんちゅうか、貴き方々の、おっしゃることは複雑でよう分からへんやろ? うちは、それでも言われたことを忠実に実行してたんやで? 出来る限り」

 

 弁解を始めたエナを、マリナリは真面目な顔をしてから、一息ついて見返した。


「今ここに来る途中に見てきたけど、王宮から神官学校に行く通廊の壁に、大穴が開いてたけど?」


「それはあれや。学校の貴き方が、「エナさんは、とてもお強いんですってね。ワタクシにも一度その仙術とやらを見せていただきたいものだわ」と壁を撫でながら道を塞ぐもんで、うちも目上の方のご所望とあらば無碍むげに断ることあたわず」


 程よく焼けた芋を、素焼きの皿に乗せマリナリに渡し、エナもマリナリを習って腕を組んで真剣な表情で述べた。


「で」


 もう必要充分な説明は終わったような顔で、芋の皮を剥き始めたエナに、マリナリは先を促した。


「でとは?」


「それで、どうして壁に穴が開くことになったの?」


「その貴き方は、学校の中でもうちによくし続けてくださってた方やったから、うちとしても、お礼を差し上げたいと思っていたので」


「ので?」


「ので、上級神官学校にちなんで、うちも上級仙術の双極をご披露したったってわけ。致し方なく」




金銀細工技術が高度に完成の域に達していたこの国では、男女とも耳飾り、首飾り、ペンダント、腕輪、くるぶしの環飾りなど、数多くの宝石類を身につけていた。

白水社「アステカ文明」p67より


女性(の普段着)は、胴着とスカートをまとっていた。(中略)熱帯地方から輸入された木綿は原料として普及し、(中略)アステカ職人は、ウサギの毛を紡ぎ、覆いやマントを作る布を織った。

白水社「アステカ文明」p65より




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