第40話 電話帳、潤う
作業の手だけは止めずに、一朗は疑問に思っていたことを訊ねる。
「ところでなんだが、なんで野原は時代劇口調なんだ?」
「気分を害したのなら、謝罪するでござる」
「いやいや、むしろ面白くて好きだよ。普通に理由が知りたいだけなんだ。時代劇好きなのか?」
「時代劇が好き……という訳では無くも無いが、拙者、隣家の幼馴染みのおのことチャンバラを嗜んでいた幼児期の頃の癖が抜けぬまま、男子と話す際にはこのような口調になってしまうのでござる……」
「えぇ……。そんなことってあるのか?」
「そもそも拙者、異性と話すことが苦手であったのだが、この口調なら普通に話せると気付き、それからは時代劇口調に甘えてしまい、もはやこれでしか男子と話せなくなり、今に至るでござる……」
至って真面目かつ深刻そうに語った野原だが、それが逆に面白い。
この口調なら普通に話せるって言ったけど、その口調の時点で全然普通じゃ無いからな!?
「ふふっ……そうか、そんな頃の癖がまだ残ってるんだな……」
「今笑い申したか?」
「あっすまん。気分を害したんなら謝るよ。お前は真面目に話してくれたのに、つい面白くて笑っちまった」
「いや、引かれたのかと思っていたので、笑ってくれたことに安心したでござるよ……」
「そうなの? まあちょっと引きもしたけどな」
「やはりでござったか!?」
「でも面白いが勝ってるから気にすんな。いい個性だと思うぞ?」
「そ、そうでござるか? ならばよいが……」
そう照れたように言った野原だったが、突然作業の手を止めると、表情にも陰を落とした。
「……? どうかしたのか?」
「……あの、斉木殿」
「ん?」
「あまり人前で拙者と話すと、よくないことが起こるやも知れぬでござるよ……」
言いたいことも事情もわかっていたが、ここはあえてとぼけてみせる。
「どういうことだ?」
「拙者、あまり周囲の者……主に女子に快く思われておらぬゆえ、拙者に関わることで斉木殿まで同じ目に遭うというか、危険が及ぶかもしれぬでござる……」
「なるほど、だが俺には関係ねぇ」
そう即座に否定した一朗。
予想外だったこの反応に、野原は大きく動揺する。
「なっ!? えっ!?」
一朗は構わず続けた。
「俺はぼっちだからな、離れるようなダチがそもそも居ない。だからそんなこと気にすんな」
「そ、それは何と申すか……」
「なんも言わんでいい。……だがまあ、何があっても俺から離れないであろう、同志は二人ばかし居るがな」
「なんと同志が!? それはよきことにござるな」
「まあな。……とにかくだ、さっきお前がしていたような心配は俺に当てはまらないから安心しろよ。クラスは違うが、これからも普通に話したりしようぜ?」
野原が驚いた顔でこちらを見る。
「斉木殿……」
前髪の間に覗いたその目は、確かに潤んでいた。
「そうだ、連絡先交換しようぜ?」
「えっ、よいのでござるか? 拙者のデータなど入れれば、電話帳が汚れるでござるよ?」
「そんな訳あるかよ。むしろお前みたいな美少女が登録されたら、汚れるどころか潤うっつーの」
野原がカァッと顔を赤くする。
「び、美少女……? せ、拙者が……?」
「他に誰が居るんだよ。お前んち鏡無いのか? ってそんな話はいいから、ほれ、スマホ出して……っと、作業が終わって手を洗ってからの方がいいか」
「……かたじけない」
「いや、かたじけないは変じゃね?」
「そ、そうでござったな!」
そう言って野原は、初めて口元に笑みを浮かべた。
……ほらみろ、やっぱ可愛いじゃねぇか。
そう一朗は再認識させられるのだった。
◇
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます