第13話 無理、尊い

 登校した一朗達一年生は、校庭に並んだバスへとクラス毎に乗り込む。

 オリエンテーションという性質上、仲のよい者でまとまらぬよう、席順は教師によって決められていた。

 行き帰りのバスで隣になった子と恋が始まることだって無いとは言えないとは、黒戸談。

 一朗の席は通路側。

 窓側は鈴木という無口な男子。

 そして問題の、通路を挟んだ女子の座席。

 一朗の隣、通路側に座っているのは――。

「よろしくねっ! 斎木君っ!」

 雪野栞だった。

 一朗は心の中で愚痴る。

 何が隣になった子と恋が始まるだよ!? 

 始まる前に終わった相手じゃねぇかチクショウ!? 

 そんなこととは露知らず、雪野は普段通り明るく話し掛けてきた。

「私の隣の席の高橋さん、風邪で休みになっちゃったし、明美も遠くの方の席に行っちゃったから少し寂しかったんだけど、斎木君が隣でよかったよっ!」

「お、おう……」

 ……真に受けていいですか。

「オリエンテーション楽しみだねっ!」

「……うん」

 ……まあ、少しはな。

 担任教師によりクラスメイト全員の搭乗が確認されたのち、バスは合宿地である清里へ向け発車する。

 その車中。

 常にニコニコと雪野は上機嫌だった。

「なんかバスでみんなとどこかへ行くのって、遠足みたいで楽しいよねっ」

「そうだな」

 めっちゃ雪野話し掛けてくる!? 

 その事実に一朗は嬉しくも動揺する。

「おやつも持参できたらよかったのにねぇ」

「まあ、学習の延長戦ってことだろうからダメなんだろ」

「ケチだよねっ! ぷんっ!」

 ぷんってなんだよ可愛過ぎかよ。

「でもいいもんっ! 水筒に砂糖入れて甘くした麦茶入れてきちゃったもんね!」

 小学生かよ……だがそういうところも可愛い! 

 雪野は鞄からおもむろに水筒を取り出すと、早速それを飲もうと中身を蓋に注いだ。

 しかもなみなみと――。

「あわわっ、溢れちゃうっ!?」

「ちょっ」

 一朗は慌ててハンカチを取り出し、雪野の膝下に放った。

 ――間一髪。

 それが溢れた麦茶を受け止める。

「ありがとぉぉぉーっ……。スカートが染みにならずに済んだよぉ……」

「揺れるから気を付けろよ……」

「ごめんなさい……。あとハンカチも濡らしちゃってごめんね」

「いいさ」

「優しいんだね、斎木君っ!」

 ……好きな子にはな。

 それから雪野は子供のように容器の蓋を両手で包むように持ち直し、くぴくぴと麦茶を飲んだ。

 ぽわぁと、とろけたような顔になる。

「甘ぁい……」

 尊(たっと)い……。

 そんな雪野の言動に、一朗はいちいち悶えてしまうのだった。

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