第14話 関係ないけど、どう森のヒャクパーちゃんかわいいよね
甘い麦茶を飲んで、おやつ持参不可であることの溜飲が下がったのか、雪野が上機嫌で訊ねてくる。
「斉木君はさ、季節はどれが一番好き?」
急だなとは思ったが、真面目に答えた。
「……難しいな。まあ、寒いのは嫌いだから、夏かな……?」
「夏はいいよねっ! プールとかかき氷とか海とか夏休みとかっ! 私の好きな季節ベスト10に入ってるよっ!」
「いや10は多いな!?」
そう反射で突っ込んだが――。
「そんなことないよっ! 季節の前後の変わり目も含めれば十二はあるんだよっ! 二十四節気もあるし!」
ボケじゃなかったのか……。
「――にしたってベスト10はやっぱり多いだろ!?」
「……じゃあベスト5にする」
「普通は一位だけ発表するものだから……」
「でも桜も海も紅葉も雪も好きだし、一つだけは無理だよぉっ!?」
それを決めるからこそ意味があるのだとは思ったが、雪野に対して一朗は麦茶よりも甘かった。
「……仕方ないな、じゃあ特別に十位から聞いてやろう」
「やったっ! じゃあ行くねっ! けっかはっぴょーっ!!」
その瞬間、前に居た担任の蓬沢から怒声が届く。
「雪野さん、うるさいですよ! 遊びに来たんじゃないですからね! それとも今すぐここで降りますか!?」
「……ごめんなさい」
雪野は素直に謝り、しゅんと可哀想な程に小さな体を更に小さくした。
それがまた一朗には、可愛くて堪らない。
くっ……!?
悶え殺す気かよ……!?
落ち込んだ姿まで可愛いとか……可愛いの詰め合わせじゃねぇか!?
再び担任が話し出す。
「えー十時のおやつには少し早いですが、今から皆さんにみかんを配りますので、ぜひ食べて下さい」
みかんって……。
なんでみかんなんだよ……。
もう少しマシなおやつのチョイスしてくれよ……。
みかんが好きでも嫌いでも無い一朗はがっかりしたが、周囲の者も概ね似たようなリアクションだった。
ただ一人雪野を除いては――。
早くも彼女の表情には笑顔が戻り、みかんを受け取る時など「わーい」と漫画のように喜んでいた。
……みかん好きなのかな。
一朗が横目で見ていることにも気付かず、雪野が早速みかんの皮を剥き始める。
その実を一欠摘まむと口の中へヒョイと放り込み、幸せそうな顔でモグモグと咀嚼していた。
食感と果汁を最大限存分に楽しんでいるのだとわかる。
雪野はおばあちゃん子なのかなと、そう一朗は感じた。
その後も一定のペースと、最初の一口目のリアクションを保ったまま、最後の一欠片まで、雪野はあっという間にみかんをペロリと平らげてしまう。
釘付けだった。
こんなにみかんを食べる姿が、魅力的な子がこの世界に存在するのだろうか?
いや、いない。
雪野ただ一人を除いて……。
そう一朗が思ってしまう程に――。
先生、みかんをありがとう……。
なんでみかんなんだよとか思ってまことにごめんなさい。
そう心から謝罪する。
やがてみかんを食べ終わり、少し寂しげな雪野へ、気付けば一朗から声を掛けていた。
「雪野、もしよかったら俺の分のみかんも食べてくれないか?」
「えっ! いいのっ!? あっ、でもホントにいいの……?」
「もちろんいいよ。嫌いって訳じゃないんだけど、好きでもなくてさ。どうせなら好きそうな人にと思って。だからどうぞ」
一朗がみかんを差し出すと、遠慮がちにはにかみながらも、雪野は小さな両手で大事そうに受け取る。
「ありがとっ……」
ギュウと、一朗は胸の辺りが締め付けられた。
……ああ、やっぱ余裕でまだ雪野が好きだわ……。
二人にとっての幸せな時間は、もう少しだけ続く。
◇
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